後日談
後日、攻略者ギルドの資材回収班が魔界へ潜った。クロが攻略し終えた大型ハ虫類系魔界だ。
ちなみに資材回収班とは、攻略済みの魔界で、攻略者が残したモロモロの資材を回収する組織である。ハイエナとか残飯漁りなどと、口さが無い者達がが呼んでいたりする。
今回の回収班は、特別な編成が為されていた。
通常、回収班には護衛と訓練をかねて、新人の騎士が2、3人ばかり付くものである。たまに攻略者の討ち漏らした魔獣が生きていて、非武装の回収員が襲われる場合があるからだ。
今回、護衛の騎士はただ1人。アレッジだ。
回収員にとって、実戦経験のない新人騎士を何人も付けられる事に比べれば、天国の回廊を歩くばかりの安心感を得られる。文句などあろうはずがない。どうぞどうぞであった。
アレッジを含む回収班が魔界を進む。大量出血跡を超えた一番目の襲撃地点で、早速の驚愕が待っていた。
「一撃?」
鰐のような巨体を持つ大トカゲが、頭をカチ割られて息絶えていた。
傷も致命傷もたった一つ。頭がYの字に割れていた。
回収班の人達は、素材が綺麗なままだったので喜んでいる。だが、アレッジの見方は違っている。
得物が斧である事を差し引いても、鮮やかな手口、もとい……手並みだ。
「うむ!」
唸るしかない。
ブローマンとやり合った現場を見たアレッジである。この程度のウデマエが無ければ逆に困る。自分は、なにを困惑しているのか?
回収班は時間をかけ、クロの取りこぼしを集めていった。
クロの入った魔界は喜ばれる。通常の攻略者達より目に見えて多くの取りこぼしがあるからだ。皮や爪、牙、棘や毒などが手つかずでそのままだ。
そうこうしているうちにアレッジ達素材回収班は、魔王の間に到着した。
ここまで一匹の討ち漏らしも無い。大多数が一撃。戯れに数撃が見られただけ。それも、魔獣の特性を観察していた形跡が見られる。アレッジ程の腕を持つ男なら、切り口を見れば判るのだ。
アレッジは困惑の度合いを深めながら、真っ先に魔王の間へ踏み込んだ。
ちなみに、年に数回は、魔王を攻略してないのに攻略したと嘘をつく攻略者が出てくる。そのため、魔王の間へは、戦闘担当者を先頭にして入る決まりとなっている。
「なんだこれは?」
アレッジの前に展開された光景。
「地竜じゃないか!」
ノーマル生物タイプで地上型最強の魔獣。それの代表格が地竜である。なんでそんな最強クラスが小魔界に?
興奮したアレッジは、地竜の周りをぐるりと一周した。
「なんですって!?」
回収員達がアレッジの声に喜色を浮かべる。
「おお、これは凄い! 儲けものだ!」
地竜のような高難度魔獣は、中魔界でもそうそう見受けられない。地竜より採れる素材は高価な物ばかり。回収員が色めき立つのも無理は無い。
「おまけに損傷が少ない! 首と足の一本だけだ!」
さっそくとばかりに解体作業へ入っていく。
このレベルの大きさの地竜なんて、小魔界には滅多に出てこない。十年に一度の出現率という。そして、出たら出たで、小魔界を潜ってるレベルの攻略者程度の実力では、束になっても勝てない。そんな化け物だ。
なんで出たのかと疑う前に、なんで死んでるんだと疑いたい。
アレッジの身分は迷宮騎士団所属迷宮騎士警備隊長である。コネも必要だが、就任要素の九割が剣の腕である。完全なる体育会系縦社会が騎士の社会。
アレッジは大部隊を率いる管理職の長である。会社に当てはめると部長の地位にある。よって、剣の腕も他の追従を許さないレベル。アレッジより強いのは勇者と勇者チームメンバーだけ。差は開きすぎているが。
よって戦いにおいて、その目は確か。
だから、魔獣の死骸を一通り見るだけで、戦いの趨勢が解る。
地竜の傷は合計2つ、いや3つだ。
まずクロは、頭部と口による攻撃を交わし、右側を通って後方へ抜けたのだろう。待ち構えて放たれた巨大な尻尾の攻撃を頭上か足下に……下だな……躱しつつ、振り向きざまに左膝の裏、筋を正確に切断。
倒れてくる地竜の後頭部を叩きやすい位置に素早く移動。この位置取りに、正確な未来推測能力を欠かせない。
目の前に落ちてきた頸骨部分を一撃で叩き切る。斧の刃渡りの関係で、太い首は一発で落ちない。動きを止めることを最優先目標とする。正しい判断だ。
そして動かなくなった地竜の太い首を切断する。試し切りとそう大して変わらない。ましてやクロの得物は戦斧。簡単な作業だ。
こうして、クロは地竜を狩った。時間にして10秒かかるかどうか。
……そりゃブローマンに圧勝できるわ……
アレッジは理解した。魔界へ潜ってからの困惑の理由を。
女、若い、軽装、性格悪い、恋人にするには良いが嫁さんにしてはいけないタイプ。アレッジが持つクロへの評価が低すぎたのだ。クロは、地竜を単騎で撃てる能力の保持者だった!
「それは世間一般、そしてギルドからの評価も低かったという事に繋がる。間違えていたのは俺だけじゃねぇ!」
納得。そして、アレッジの目的もここで終了した。
「もう危険は無かろう。私は先に帰らせてもらう」
回収員の返答も待たず、魔王の間を後にする。
彼は、クロが魔王の間に無傷で到着する為に、チョコの能力が大いに役立っていたことをまだ知らない。
時は前後する。
重戦士ブローマンは決闘があった翌朝、泥から這い出た肺魚のような目覚めを迎えた。
頭がくらくらする。胸焼けなのか? ムカムカする。
全身、脂っこい汗にまみれていた。
体を起こすと、これが重かった。鎧を装備していてもこれほど体が重いと感じたことはなかった。
井戸端で水を浴びたが、冷たさに悲鳴を上げそうになった。昼間の暑さは夏を感じさせるが朝夕はまだ寒い。その為だと思った。
なにせ、体が体だ。これまで風邪一つひいたことのない丈夫な体だ。30針縫う怪我をした翌日に、50針縫う怪我をしたが、酒を飲んで寝たら翌朝には30針の分が抜糸できた。
愛剣を持って庭に出る。
朝の日課の素振り千本が出来ない。20本も振ればクラクラしてくる。吐き気がひどい。でも吐けない。
「おいどうした、ブローマン。顔が灰色だぞ」
ブローマンに遅れて朝練に出てきた勇者アロンだ。
「いや、ちょっとな」
「夕べ飲み過ぎたんだろ。わかった! 悪い酒飲んだんだろう。そろそろ立場考えて店を選べよ」
「店は選んだ!」
ブローマンが噛みついた。立場という言葉に過剰反応したのだ。
「おいおい、どうしたんだ? 荒れてるのか?」
「いや、すまぬ。お主の言う通り、悪い酒だったようだ」
別の意味で悪い酒だった。
「……あいつのことは諦めろ。いつかああなると、貴様だって考えていたはずだ」
ブローマンの目尻がつり上がる。寝た子が起きた。
「アロンは! 仲間が殺られて悔しくないのか!?」
「悔しいよ! だって仲間なんだから! でもな、あいつのやってたことはルール違反だ。犯罪だ! 俺たちが表だって口を出すことは出来ない!」
「だから、私が戦った! 敵を討ってどこが悪い!」
「敵討ちが正しい事だと、ほんとに思ってるか? 違うね? そんな事貴様は思ってない。第一、貴様、負けたんだろ?」
ブローマンは顔を背けた。アロンはその事にかまわなかった。
「貴様の仲間思いなところは美点だ。でも、相手にとっちゃ逆恨みも良いところなんだ」
ブローマンはアロンへの視線を外したままで口を開く。
「あいつは仲間なんだ……。私は……」
ブローマンは自分の語彙力の無さを後悔した。違うんだ。そうじゃないんだ。せめて、自分だけは……、どう言えばいいのか? 仲間ってそういう……あいつの……俺の手で……せめて。
実は、それこそクロならこう言い返すだろう。自慰行為以外の何物でもない。自分の気が済むだけで、何物も生み出さぬ非生産的行為なんだよ、と。
「無理するな。今日は移動の予定だったけど、明日に延ばそう。俺に全て任せろ」
「すまぬ。少し横になってくる」
ブローマンは提案を受け入れた。背中を丸めた姿勢で、部屋に戻っていく。
「素直すぎて気持ち悪いぞ」
いつものブローマンなら、太い動脈が切れていてもスケジュールを曲げようとしない。勇者一行の予定変更は、各部署の調整も必要となる。色んな所に迷惑が掛かるからだ。そしてそれを一番気にするのがブローマンだった。
ブローマンは、ベッドに重い体を横たえた。
「あいつだ……」
クロから受けた衝撃が、翌朝になっても体に残っているのだ。
鳩尾とレバーに受けた一撃が最も厳しい。どんな技なのか解らないが、体の内側を痛める術である事が解った。内臓が出血しているのかもしれない。
当日は打撃によるダメージが、翌日は痛んだ内臓のダメージが表れる。実に嫌らしい攻撃手段だ。
「性格が悪い……」
ブローマンは目を閉じ、何も考えないようにして一日を過ごした。
「ふーんむ!」
「なにを唸っているのかしら?」
ブローマンを見送るアロンの横にマデリーネが立った。
「クロを調べなければならない、かなって?」
「あのボウヤが調べ上げたことを一度でも報告してくれていればね……ねえ、どうしたの?」
アロンは剃り残した顎髭を指の腹で擦っていた。何処か上の空だ。
「ギルドに……ギルドはやめておこう。ガドフリーに調べさせよう。あるいは……教会はだめだ。三つ巴はごめんだ。いや、それもアリかな?」
「もう!」
話を聞いてもらえなかったマデリーネはご立腹のご様子である。
「ギルドは知ってる。国と教会は知らない。毒になるか薬になるか……」
アロンの前面を銀の光が通過した。
高速の抜刀。握りは軽く、さりとて切っ先の揺れは微塵も無い。
「はたまたただの水か……」
クロの知らないところで、何かが動き出す……。




