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夜の訪問者


 いつもの宿のいつもの部屋。


 濡れたタオルで丁寧に体を拭いた2人は、部屋着に着替え、ベッドの上に転がっていた。

 時計の短針が、てっぺんを過ぎていた。


「ふうー、今日は大変だったね」

「たいへんだったねー」

 魔界から帰って、ブローマンと戦って、レニー君をお見舞いして、ギルドで調査を受けて、魔晶石を換金してと、大変濃い1日だった。魔界より娑婆の方が濃いってどうゆう事?


「レニー君はお姉ちゃんのことすきなのかな?」

「本体の脳はどうなんだろう? 下半身の脳は好きみたいだし」

「男の人は脳が二つあるの?」

「いいかい、チョコちゃん。男の子はね、頭の中の脳と、お股の脳の二つがあってね。お股の脳は絶対間違えるんだ。でね、女の子はどちらの脳が命令しているのかを見分けなきゃならないんだよ」

「みわけるのたいへんだね」

「コツさえ掴めば簡単さ。そうだ、今度レニー君で実際に勉強してみよう」

「おべんきょう? おもしろそう!」

「はっはっはっ! さて今日はもう遅い。このまま寝てしまおう……おや?」


 遠隔感知力場に引っかかったモノがある。

 下から順に各部屋の中を覗きながら、クロ達の部屋に近づいてくる者がいる。やがて、クロ達の部屋の前に立った。


「ドアの向こうでへばりついている君。用があるならノックをしたまえ」

 コンコンとノックの音。

「どうぞ」

「失礼します」

 入ってきたのは長身の男。体は細いが引き締まっている。動きもきびきびしている。

 それがお面をかぶっている。真っ白ののっぺらぼう。口がやや笑みの形。目のところだけくりぬかれている。


 クロに何か言われる前にお面を外した。

 顔は女性形のイケメン。年は20代の半ばか、もう少し後ろか。血の気がまだ足りていないのか、青白さが抜けていない。それが彼に幽玄的な印象を与えている。


 男は、ドアを閉めて、膝を床に着け畏まった。

「勘の良さ、気配の察し方、殺しのテクニック、あの手際。私の完敗です。クロ様を我が主と認めました。どうかお仕えすることをお許しください。わたくしに生きる道標をお示しください! 生きる意味を与えてください!」

 この男、見覚えがある。仮称ブレス。ストーカー君だ。


「君、主を裏切るのかい?」

「とんでもございません。もうすでにあの男は我が主でも何でもありません。わたしを使いこなせない男など主ではありません。こちらから願い下げです。あやつはただ息をするだけの男にございます。ほら、この首筋の傷――」

 仮称ブロスは首に巻かれた包帯をゆるめ、首の傷を露わにした。

「この傷こそクロ様と私めをつなぐ絆。クロ様がお与え下された勲章にございます」

 男は打ち震えていた。目がイッてる。それとコイツ、こんなに良く喋るキャラだったか?

 クロのなかでこの男の評価が、変質者から筋金入りの変質者へとランプアップした。


「迷惑なんだけどね。死んでくれる?」

「ありがたき幸せ!」

 男は、顔を上げ唇をわななかせた。頬に血の気が差し、紅潮した。

「主が死ねと言えばそれは主よりのご命令。そうです! 甘美なご命令。わたくしめの生きる道標!」

「おいおい」

「これを喜んでお受けしない理由が見あたりません! すばらしい! 嬉しい!」

「ちょっと待ちたまえ! 一旦、深呼吸をしよう!」

「ああ、主が、わたしめのような息をするだけで悪意をまき散らす虫けらに生きる希望を! なんてお優しい。なんて――」

「はいストップ! ストップでーす! わたしの話を聞きましょう。はい傾聴!」

 クロは両手を頭の上で振り、会話をやめさせた。

 こいつ、手に余る男だ。


「死ぬときはどこか遠くの国で、人知れずにね。はい解散!」

「ちょっとまって、お姉ちゃん!」

 チョコがクロの袖を引っ張った。

「お姉ちゃん、このストーカーさんがかわいそうだよ! ストーカーさん、行くところがないんだ。お話しできる人がいないんだよ!」

「チョコちゃん……」

 男は笑顔というモノを顔に貼り付けて、そして口を閉ざしている。


「ストーカー君、キミ、親はいるのかい?」

「いいえ?」

 男の表情に変化はない。

「兄弟は? 親戚とか、友達とか?」

「おりません」

「恋人とか、いいなと思う人とか、君が死んだら悲しむ人はいないのかい?」

「おりません。物心付いた頃には親も居ず、暗殺や潜入などの仕事に就いておりましたから」

「うーん、これは困った」

 クロは腕を組んで首をかしげた。


 チョコにも親はいない。兄弟も友達も、仲間と呼べる者は一人たりとていない。

 実を言うとクロも同じで誰もいない。母の顔を見たことはない。最愛の父はすでに死んでこの世にも異世界にもいない。

 便利な人はいたが、友達と呼べる人はいなかった。恋人っぽいのもいたにはいたが、先立たれている。つまり、何も無し。クロを記憶にとどめる人もいない。

 偶然であるが、ここに集いし3人は、死んでも涙を流してくれる人はいない。記憶に残してくれている人もいない。

 似た者同士が集まっていた。

 だから困った。クロのキャラらしくないぞ、と困っていた。


「ストーカーさんは、きっと村からにげてきたんだ。お姉ちゃんにことわられたら、村にかえるしかないんだ。かわいそうなことしてあげないで! おねがい、お姉ちゃん!」

「チョコ……」

 チョコはストーカー君と自分を重ねている。チョコは、あの獣人の村で爪弾きにされていた。いらない子だった。

 ストーカー君は、その性格と習性のため独りぼっちだった。人と違う人。理解できない行動をする人。

 クロもストーカー君を理解できないが、チョコの身の上に置き換えると気持ちは分かる。理解できないが。

「ふむ」

 クロは腕を組んだ。

 こいつ変質者だが能力は高い。使い物になるか否か、試験採用してみてはどうか?


「ストーカー君。君、チョコちゃんの下になるけど、それでいい? 小さい子だし、君が嫌う獣人だよ」

「かまいません!」

 間髪を入れず返事が返ってきた。

「主のために仕える者同士。なんの偏見を持ちましょうや!」


「そこ違うよ」

 クロからだめ出しが入った。


「チョコはわたしの妹。そして、将来立ち上げるブラックチョコレート商店の副店長だ。ちなみにわたしが店長ね」

「これは失礼を! チョコ副店長、お許しください」

「いいよー」

 いいらしい。


「チョコの許可も出たことだし。……それでかまわないなら、君を試験採用として仮雇用しよう。どうだね?」

「あ、ありがたき幸せッ!」

 唾を飛ばした。

「ではこれより、クロ様が我が主! 一生お仕えいたします!」

「うん、うん、まあ主だわな? 店主と使用人だからね」

「さすがクロ様。立場をはっきりさせるお方。前の主、いえ、元主ですが、仕えると決めたとき、主従関係は性に合わぬ。仲間だったら受け入れようとか抜かす始末!」

「いい主様なんじゃないかな?」

「なぁにをおっしゃる! 私は仲間ではなくて主を求めているのです! それを『主従関係ではなく、友としていっしょに戦おう!』等と甘っちょろい事をぬかす始末。とりあえず、一時的に『仲間』という関係で自分の心を妥協させておきまして、いずれ手柄を立てて主と従者の関係へ出世しようと努力していたのですが、どれほど手柄を立てても出世はできず! 憤懣やるかたなし!」

「ふん、ふん、ふん、それでそれで?」

 ストーカー君の本性は、よくしゃべるキャラだった。あのクロが、相づちを打つだけの完全な聞き役となってしまっていた。

 

「ですが、これで、やっと、わたくしを導いてくれる主に――」

 ストーカー君が涙をこぼした。


 彼は彼なりに……いや、心が弱い……繊細な心を持った「幼子(おさなご)」なのだ。自分の手を取り、行く道を照らしてくれる「大人」を求めているのだ。

 前の主殿は、それが出来なかった。善意という悪意で、対等の関係を求めた。ストーカー君の望む物を与えることが出来なかったのだ。

「やっと、主と従者の……」

 すーっと一筋、二筋、涙が流れ落ちる。

「これはお見苦しいところを。すぐに止めますのでしばしお待ちを。……うん? わたくし程の者になると涙なぞ自由自在に……あれ?」

 涙は止まらなかった。それどころか、より多くあふれ出てくる。


「お、おかしいですね。いつもはすぐ止まるのですが。私の汚い血を流しすぎて体調が悪いからかも?」

 意志の力で止められなかったので、目の周囲に点在するツボを押し込んでいる。だが止まらない。


「お兄ちゃん!」

 チョコがストーカー君の前に立ちっていた。そして、ストーカー君に抱きついた

「泣いていいんだよ」

「え?」

「ほら、声をだして泣くとすっきりするよ!」

「あ、ああ、あ……」

「チョコをだっこしたら、お姉ちゃんがいやされたんだよ。お兄ちゃんも、チョコを抱っこしたら楽になれるよ!」

「あああ、あ、あ、あ、こ、声を出します。胸が、なんかきつくて。たまらなああああ」

 チョコに腕を回すストーカー君。彼の腕に、胸に、チョコの温もりが伝わっていた。


 ……生きてる人って、こんなに温かいんだ……。


 ゆっくりとストーカー君の顔が歪んでいく。目が情けない形になり、口がへの字に歪む。


 初めて見るストーカー君の感情表現だった。



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