この世界の勇者とは
熱を出して寝込んだ翌日、チョコはおとなしく寝ていた。
さらにその翌日、すっかり元気になったチョコは、お外へ連れて行けとうるさく騒いだ。最後はぐずる始末。
晩ゴハンの席でもぐずっていた。クロに甘える事を憶えたと思えばよい傾向なのだろうが、当事者は大変だ。
とうとうクロも折れてしまった。明日お出かけしようということになった。
「さて、行くには行くが、どこへ行こうか? チョコちゃんに心当たりはあるかな?」
「うーんとね、んーとね……」
クロ以上にアリバドーラの地理に疎いチョコが、景勝地を提案できるはずもなし。
「だったら、魔宮へ行ったらどうだい?」
隣の席で具の少ない薄いスープを食べている客が話しかけてきた。筋骨隆々とした中年男性だ。
「魔宮って子供用の遊具設備が備わっていましたっけ? ブランコとか」
「いやね、今、勇者様とやらが大魔界を攻略してるだろ? 一目見ようと連日見物客が詰め寄せてるんだ。屋台がたくさん出てるよ。俺も行ってきた。凄い賑わいだ。まるでお祭りだった」
「やたい? いきたいきたい! 勇者さま見る!」
「チョコは屋台が目的だろう?」
「え? なんでわかったの?」
「はっはっはっ! お姉さんには何でもお見通しさ!」
何考えているかよくわかる妹だ。
「ところでお兄ちゃん。ちょっと教えてもらえるかな?」
「お、お兄ちゃん? な、なんだいお姉さん?」
「君の年齢からしたら、わたしは妹だろう?」
「あ、ああ……」
男の目がキョドる。
「でさ、勇者って何?」
「そこから!?」
この世界、魔王はいる。魔界に潜ればかならず一匹居る。
クロのいた世界だと、おおむね魔王を倒す事のできる超越した戦士の事を勇者という名の称号で迎えられている。
クロも魔王を何匹か討伐した。ならば、クロも勇者かというと、そんな称号は一向に降りてこない。
じゃぁ、魔王を倒す役割を担うのが勇者ではない。量産型勇者のように、倒すべき、ものすごく強い敵がいるわけでもない。あと、魔王の地位がやたら低い。
この世界の勇者とはなんぞや?
「簡単に言えば、個人戦闘力で一番強い人のことだ。それもずば抜けて」
「勇者リーグ戦のチャンピオンかい?」
「リーグ戦というのがよく分からないが、他者を一切寄せ付けない強者だけが勇者という称号を得られる……らしい。勇者が居ない時代もたくさんある……らしい。称号を与えるのは国からだね。それも複数の国がこの人が勇者にふさわしいと推薦された場合だけだね。どっかの国が代表して勇者の称号を与える……らしい」
この中年男、詳しそうなのだが、語尾が怪しい。
「ここから勇者である、とされる目盛りはあるのかい?」
「目盛り? うん、まあなんだ、1人で騎士団相当の戦力を持っているとか、右に出る者との力量差が大人と子供くらいの差があるとか、魔王討伐数、魔界攻略数、攻略した魔王や魔界の質なんかが、総合的にあって、総合的に判断されるらしいよ。総合的に」
「ふーん」
なんだ、結局チャンピオンだ。
「じゃあ、当代の勇者の実力って、スゴイの? どれくらい?」
「スゴイというか、何というか、俺に言わせるの? というか……」
中年男は頬を赤らませながら目を泳がせ、考えを頭の中でまとめている。
「勇者にも仲間はいるが、基本、彼ら抜きの1人で大魔界を攻略できる力はあるような?」
「ゴハン無しで?」
「ゴハン有りで。仲間がいる方が確実に攻略できるからいつも一緒にいる、のかな? 仲良し、みたいだし? 強さは、そうだね……」
中年男は真顔になった。ちょっと人を寄せ付けない雰囲気を醸している。
「魔界騎士団が3個がかりで倒せない魔王を単独で倒したことがある」
「ほほー。騎士団と言うからには、大剣はもちろん弓や長物、ハンマーのような質量兵器を使う手練れ揃いだろう。そんな集団より個人の方が強いのか? 化け物だな! 何食べたら強くなれるのだろうね?」
化け物のクロが化け物に何か言ってる。
「何食ったらって、クロさんは面白いことを言うね。たぶん魔界に長いこと潜ってるからじゃないかな? 勇者は10代の頃から潜ってるって話だから、20年は潜ってる計算になる。しかも、潜ってる時間は人の倍とか言われてるから魔力を浴びる時間が相当長い。お仲間さんとの違いはそこだ。俺は、ここいら辺に強さの秘密があると思うんだよね」
「雷は怖いねぇ」
「……なにそれ?」
「鳴れば鳴る程」
残念ながら、ここ、異世界では日本語が使用されていないッ!
魔力、つまり魔素を長い間吸収するような生活をしていると、肉体や神経に何らかの影響を及ぼす説は正しい様だ。勇者で立証された。
「それだけじゃないよ」
「ほほう、聞きましょう」
この筋肉中年、勇者に詳しい。……これがこの世界の常識なのかもしれないが!
「勇者は、この世に9つ有るとされている神鎧の一つ、音速の鎧を装備している」
「音速の鎧? 神鎧?」
初めて聞く言葉だ。そしてクロの心を高ぶらせる。……いや、クロは光速を超えた速度で移動できる能力を持っているので、音速程度はカタツムリ並みの速さなのだが、9つの数字だとかシンガイとかのワードが心を荒ぶらせるのだ。
「その名前の通り、音速の鎧は、装備した者の動きを速くする魔力を持ってるってさ。音速アロンと呼ばれている所以だよ」
「音速アロン。それが勇者の名前か」
「あれ? 勇者の名前知らなかったの?」
「うん」
これには解説してくれている中年男はもとより、話を盗み聞きしていた女将さんまで呆れてしまった。
「チョコちゃんもしってるよ!」
チョコちゃんもしってる!
「その神鎧とやらは、どこで売ってる? 金なら有る!」
「売ってませんって! 魔界で極々たまにドロップする超レアアイテムなんですって!」
魔界でドロップ? 超レアアイテム? 良い感じに仕上がってきたじゃないか異世界!
「おっと、もうこんな時間だ。仕事があるんで、俺はこれで!」
筋肉中年男が席を立ち、あっという間に宿を出て行った。
「あの身のこなし、ただ者じゃないな。それより女将さん、9つの神鎧ってご存じかな?」
「もちろんさ! なんかものすごい鎧らしいよ」
「なるほど!」
時と場所を改めて別の人に聞こうと思った。




