勇者
そして、攻略者ギルドでは……
勇者担当調査員の一人が、ギルドの廊下を急いでいた。
勇者に調査員が数人張り付いている。そして毎日、決められた時間に報告を上げるのである。そのため、毎日順番でギルドへ戻ってくるのだ。
本日当番の調査員は、魔界攻略用の装備を解く間もなく、ギルドマスターの執務室のドアをノックした。
「……入りたまえ」
僅かに返答が遅れた。多少の違和感を抱きつつ、調査員はドアを開けた。
「失礼いたします」
奥にマスターの巨大な執務机があり、そこでギルドマスター・カシムがなにやら眉間にしわを寄せて調査員に視線をくれている。
机の前に豪華な応接セットが並んでいるのだが、そこに先輩の調査員が青い顔で立っている。調査部部長、魔界管理部長そして対外部長の、重役年寄り3人衆が腰掛けているからだ。
攻略者ギルドのトップといえば、王侯貴族相手に権利を守り抜いた化け物達。その化け物が全員集まっているのだ。プレッシャーが物理的な質量となって調査員の肩にのしかかってきた。
「ほ、報告いたします」
カシムは無言で頷いた。やはり不思議な齟齬を感じる。
「予想通り魔物の再湧出が始まっておりました。途中の魔物は騎士団が中心となって駆逐。勇者殿は『練習がてら』という名目で一部参戦。一度は魔王の扉まで攻略しておりますし、勇者も参戦してくれておりますため、進行速度が速く、本日中に行程の5割まで進めそうです。この調子ですと、予定よりも早く魔王の扉に到着するでしょう」
うむうむとカシムは重厚に頷く。
「道中、勇者に負担をかけさせるなと伝えよ。何せ、あそこは鉱物系の大魔界。……魔王は鋼鉄竜だからな」
魔王の間の門番までは騎士団により攻略できたのだ。さあ、残るは魔王だけ、と意気込んで踏み込んだのはいいものの、魔王が鋼鉄竜だった。
ドラゴンタイプだけでも大変なのに、その身は、中までみっちり詰まった鋼鉄の固まり。剣など打ち付ければ折れてしまう。戦槌でも芳しくない。振り回す四肢と尻尾の質量だけで騎士を倒していく。挙げ句の果てに高熱のブレスを吐く。こんな化け物相手にどうやって戦えと?
化け物には化け物を。勇者の出番である。
幸い、勇者は私用のため近くの町に滞在していた。頼みたくもない伝手を頼み、拝み込んで連れてきたのだ。
「鋼鉄竜に騎士の剣や槍は通じません。勇者の腕と竜棘剣の見せ所でしょう」
勇者は、質のよい剣限定だが鉄を斬るだけの腕を持っている。そして、勇者が所持する剣「竜棘剣」の切れ味が異常だった。
剣竜の棘を剣に作り直したのが「竜棘剣」である。竜棘剣の硬度は金剛石以上。さらにしなりがある。この切れ味と勇者の腕を持ってすれば、鋼鉄竜といえど切り刻むことができよう。
ただし、鋼鉄の体を差し引いても相手は竜。そこをどうやって攻めるかは想像の範囲外だ。
鋼鉄竜退治を頼み込んだとき、勇者は2つ返事でOKしてくれた。勝算有ってのことだろう。もちろん、勇者に対する信頼は絶対だ。
勇者が攻略出来るといえば出来る。疑う者は一人もいない。
「そうだな、勇者が出向いてくれたのだ。我らも君たちの報告を安心して聞いていられるよ」
やはり何か齟齬を感じる。この違和感は何だ? 後で同僚に聞いてみよう。
「ご苦労だった。引き続き調査報告を頼む。下がって休んでくれ」
「はっ! 失礼いたします!」
勇者担当調査員は部屋を出て行った。
カシムは、ドアを閉められたことを確認してから三役の1人に強い視線を向ける。
「さて、グロック君――」
調査部部長のグロックは攻略者上がりである。その昔、自ら率いるチームに、駆け出しの頃の勇者を所属させていたことがある。膝の大怪我で引退するまで、超一流の攻略者だった。
「――騎士や攻略者の腕で、剣を使って鉄は斬れるかね?」
「無理、ですね。斧でしたら傷を付けるくらいは出来るでしょう。ですが、剣のように長い斬り傷を付けることは出来ますかねぇ? 無理ですねぇ」
「ところが、金属製魔王の体に切り傷多数。魔晶石を取り出すため、切開までされていた。そうだな?」
カシムは、青い顔で控えていた調査員に声をかけた。彼は、クロによって攻略された魔界へ入った調査員だ。そこで、切り刻まれた金属製魔王の惨殺死体をその目で見たのだ。
「はい。その通りです!」
「異常だな」
対外管理部長のエンフィルドだ。
「私も魔晶石を見せてもらった。鉱物系魔獣の石に傷一つ付けないで切り開ける? その腕前が異常だ」
「ふーむ、今回と魔獣の村を含めて3回か? クロが魔界へ潜ったのは?」
魔界管理部長のウェブリーが調査員を見ながら口にした。
「3つとも攻略時間の新記録を出しております」
「しかもたった一人で、か。ふうーむ」
ウェブリーはため息をついた。
「お言葉ですが、獣人の子供を連れております。二人でブラックチョコレートと名乗っております」
「獣人の子供? そんなものは重しに過ぎん。ハンディキャップ付きで新記録出すか? 普通、ふぅー」
今度のため息は長い。
「うぅーふ。鉄馬の魔界は分岐の多い魔界だからなおのこと……。そう言えば、分岐を教えなかった案内係はどうなった? クロからクレームが出たろう? 厳罰で対処しろよ」
「その件ですが……」
調査員が眉をハの字にした。彼はクロの聞き取りをした調査員でもあるのだ。
「クロは説明を受けたと言い切るんです。あまりにも白々しいので、なぜ庇うのかと聞いたのですよ。その答えが馬鹿らしくて……」
「ずいいぶんストレートに聞くんだね。クロは、それで何と?」
「はい。面白いからですと。あきらかに役務違反したのに、クレームが入ってこない。いつ入るか、いつお咎めが来るかとビクビクしてる姿を見るのが楽しいのですと」
「性悪だな」
「まれに見る性悪女だ」
「度胸が良い。だが性悪だ」
重鎮3人衆が眉をしかめた。
「受付の懲罰はクロに任せておこう。そのほうが身にしみるだろう。では改めて君をクロの担当とする。全ての業務よりクロを優先してくれ」
「……承りました」
ちょっとだけ嫌な顔をしたが、調査員はカシムの命令を了承した。
「えーっと、君、ムナロン君だったね?」
「はい!」
「ちなみに、今日この事は極秘扱いとする。先ほどの小僧が聞いてくるだろうが、しらを切り通しておけ。しつこいようだったら我らの誰かに言え。対処する」
殺すと?
「帰ってよろしい」
「はっ! 失礼いたします!」
ムナロンは一礼し、部屋を出て行った。
廊下を歩く足が軽い。
名前をギルドマスターに覚えてもらえた! 出世によい影響がでる!
クロが芽を出せば出すほど、自分もつられて上に上がっていく!
クロに肩入れをしよう。それと、さっきの後輩調査員は何かと聞いてくるはずだ。彼の身のため、うまくごまかす方法を考えよう!
クロ専用調査員が部屋を出て行った後、カシムがおもむろに口を開いた。
「クロは生成されている魔界を見た。2例目の人物だ。妙な符丁だな」
「ああ、1例目は勇者だ」
グロックが遠くを見ている。
「そしてヤツは勇者になった。クロはどうだ? 前例を踏襲して勇者に成長するか?」
「ふぅーん、実例が少ない。可能性の話は出来ない。ふぅーん」
「ふっ」
カシムも短い溜息をついた。ウェブリーのがうつったらしい。
「あやつは第二の勇者たりうるか? 我らは次の勇者を求めている。あの勇者は道を踏み外している」
「そう言ってくださるな。アロンはアロンなりにこの世界のことを考えているのだから」
グロックがアロンを庇う。一緒に魔界で辛酸を嘗めた元仲間だ。情が移るのもしかたない。
エンフィルドが片手を上げて、議会の進行を止めた。
「……ザラスはどこにいる? あやつの見解も聞いておきたい」
「ザラスは今日から魔界です。そうそう、魔法系の小魔界でした」
腕を組んだままウェブリーが答えた。有名どころのチームがどの魔界を攻略しているか、すべて彼の頭の中に入っているのだ。
カシムが立ち上がり、3人の座るソファに移動した。
「ならば仕方ない。クロに関してだが、……美人だな」
ここから全員が声をひそめた。万が一の盗聴を考え、誰が発言しているのか解らないようにするためだ。
「見栄えが良いな」
「性格は悪いがな」
「それさえ何とかなれば、映えるのだがな」
沈黙が訪れた。まさにその一点に尽きるのだから。
「ザラスは『英雄』候補の一人なのだが、クロと組ませるという方法もある」
「ザラスとクロは一度揉めているぞ」
「その件だが、先日2者は和解したようだ。チーム構成員同士の交流が見られている」
「ならば、『暁の星』と『ブラックチョコレート』の、『仲が良いけど悪い振りして協力体制』路線でどうだろう?」
「物語の定番だな。悪くはない」
「反対はしない」
「引き続き様子を見よう」
会議はもうしばらく続くようだ。




