プロローグ
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「らいと、おはよう」
そういって、起こしてくれたのは幼馴染の佳穂……ではなく、美しい金髪をなびかせる王女のジュエルであった。
勇者として王女の隣の部屋をあてがってもらっているのだが、三年前に出会って以来こうして毎日起こしに来てくれるのだ。
そして決まってこう聞いてくるのだ
「あっちの世界は、楽しかった?」
こう聞いてきては、寝たら行き来する現世の、俺の平凡な学園生活を執拗に聞きそれに目を輝かせるのであった。
その様子を見ていると、世界を行き来するという大それた状況も悪くはないと思えてくるのだ。
それほど可憐で、可愛らしい笑顔を毎朝見ることができている。だから俺は、ジュエルいや、ハリス=エメラルドのことを守ると心に決めているのだ。
***
「来人、おはよう」
目覚めの気だるい朝日がカーテンの隙間を抜けて、目に突き刺す中。幼馴染の月ノ宮佳穂は、俺の起床の手伝いをしてくれる。
そして決まってこう聞いてくるのだ。
「今朝の夢はどうだった? またジュエルさんとやらとイチャイチャしてきたの?」
佳穂は俺が中学生の時、心臓発作で倒れてからというもの毎朝のように部屋に来て目覚めの悪い俺を起こすのだ。
本人曰く、安否確認だそうだ。
「あぁ、そうだな。昨日向こうの世界では、ジュエルの呪い解除する方法を探してて疲れたんだよ」
「はいはい、それは来人の夢の話でしょう? 楽しそうで良かったね」
皮肉交じりに言ってくる佳穂だが、これでもこちらの現世で唯一俺の話を信じてくれる良き理解者でも有るのだ。
そうして、俺の現世学園ライフと異世界での勇者ライフのダブルワークは続いていくのだった。
***
――世界は不思議なものに満ち溢れている
科学が発達し旧世代のパソコンを遥かに上回るスペックのスマートフォンが手元にある時代。
古来からあった怪異譚などは消え去り、なんでも科学的な根拠で実証される時代。
それが現代社会であろう。
そこでありふれた質問ではあるが、あえて問おうと思う
――あなたは幽霊を信じますか?
はいorいいえで答えが真っ二つに別れるであろうが、実はその答えになんの意味も持たない。
なぜかって?
それは不本意ながら、俺自身が幽霊として存在を証明してしまっているからだ。
そう俺、小桜来人は確かに一度死んだ。死んだのだ。
それは中学生の時だった。学校に登校していたとき、その日の前日は台風が来ており足元の水たまりが鬱屈とした俺の顔を写していた。
そうした水たまりを、ひとつ、ふたつ、みっつ……越えていった。
いくつかの水たまりを越えた先には、今までどんな大雨のときでも見かけないような大きな水たまりがあり驚きを隠せなかった。
最初は水道管が破裂し漏れているのかと思ったがどうやらそうではないようだ。
なぜなら妙に薄くきれいに張った水は、アスファルトの凹凸をなだらかにしているかのようで美しかった。
どのみち学校に行くにはこれを越えなければ、行くことができないと俺は、引き込まれるかのようにその凪のような美しい水たまりに足を踏み入れた。
――踏み入れてしまったのだ。
ふとそのときに、水面に映った家の塀の上にギラリと赤い目を光らせた黒猫がこちらにニヒルな笑みでケタケタ笑っていた……ような気がした。
踏み入れた足から、世界は反転した。
目の前の水面は、予想では二センチほどの深さだと思ったのだが底がなかった……
だからそこに落ちてしまった。
いや何者かに引き込まれたと言っても過言ではないだろう。
そこからは深い深い水の中に落ちていき、一人孤独になった。
なぜ自分がこんな目に合わなければらないのだろうか? なぜ自分はこんなことになっているのか。
自問自答を繰り返し、心のなかで両親に謝罪し、妹と幼馴染にも謝罪をした。その末に叫んだ
「俺は、俺は……こんなところじゃ終われねぇぇぇぇぇぇっ!」
その瞬間、落ちた。今度は地面に。
――なんの因果か、来てしまったのだ、異世界に。
「いててっ。な、なんなんだ……ここは…………どうなったんだ?」
あたりを見渡すと、とても広い室内のようだ。部屋の内装は豪華でまるで、なにかを祀っているかのような様子だ。
すると、倒れていた俺のとなりにあったものに目がいく。
やけに豪華な石造りがいくつか並んでいる。しかもよくわからない言葉が刻み込まれている。でも石はやけに大きい。普段自分が墓参りに行ったときに見た墓石のとも少し形が違う。どちらかと言うと西洋寄りで、土葬されたお墓のようだ。手厚く葬られている。
するとさしずめここは、貴族の墓ということだろうか? しかしわざわざ墓を室内に作るだろうか?
「まあいいか、とりあえずここはどこだか確認しなきゃな」
墓石になんか興味はなく、さっさと部屋を飛び出そうとした時だった。
扉に、手が触れられない!!!???
それどころか、貫通するではないか。
これはどういうことか。
びっくりして一度後退してしまったが、再度扉の取っ手を触ってみるとたしかに貫通する。
それどころか体ごと、扉の向こうへと移動することもできるではないか!
原理はわからないが、これはとても便利である。
扉を出た先には、一人の男が立っていた。仏頂面で、槍のようなものを持っており物騒だ。
しかしだ、扉を貫通して出てこれたということはつまりこの男も貫通したということだ。
そして、俺と目線が合わない。相手は西洋鎧、こちらは学校の制服。こんなに場にふさわしくない、俺がいるというのに。
「あの~、失礼ですがここはどこでしょうか??」
意を決して俺は話しかけてみたのだが、やはり返事はなかった。男はどこか上の空だ。
完全に俺のことが見えていないようだ。
なら俺がここにいても無駄だろう。もっと人の多そうなところに行くしかない。
そう決意し、さまよってみたのだがここはどうやらどこかのお城のようで。フラフラさまよっていると、メイド服を着た美しい女の人や、メイド服を着たおばあさんや、メイド服を着た可愛い少女などがいた。あ、あとは兵士っぽい人とか、執事っぽい人とかもいた。
だが俺はその人達には見えないらしく、なんにんとすれ違おうとなんて声をかけようと返事がなかった。
健全な中学男子である俺は、たまに可愛いメイドさんが通るとスカートの中を覗いてみたりしたのだが……なぜ世界はこんなにも残酷なのか、スカートの丈は長く、中に光が入らないから真っ暗でなんにも見えない始末だった。
しまいには、可愛いメイドさんに告白してみたのだがもちろん無視された。
告白で無視されるというのは一番つらい。
それはさておき、しばらく悩んだ俺はこの城を収めているであろう城の領主的な部屋を探し当てた。
といっても城で一番高いところに行っただけだが。
すると……
入った部屋は逆光で、一瞬よく見えなかったのだがスルスルと高級な布がこすれる音が聞こえた。
誰かが着替えているのだろうか?
「あなた……だれ?」
久しぶりに俺に向けられた言葉は、か弱くまだうら若き少女の声だった。その声を発した本人は……
「どうして、私の部屋にいるの……?」
とても可憐な容姿で、さらさらと窓から入る風になびく美しい金髪を落ち着かせながらなんとかドレスを一人で着替えようとする少女であった。
年は俺とそう変わらない、中学生くらいだろうか。しかしその美しさから、実年齢よりも多少幼い印象を与えられる。
「え、あの……どしてって言われても……」
「あなた、名前は?」
「俺の名前? えっと、小桜来人、だけど……」
「そうなんだっ! じゃあ私のこと知ってる?」
「えっ、いや知らないけど」
「ふ~ん、そっか。じゃあ、ジュエル、とでも名乗っておこうかしら。どうやってここに来たのかわからないけど、とりあえず、ドレス着るの手伝ってくれない?」
そういって彼女、ジュエルは左手で胸のはだけそうな部分の布を押さえて、俺の手を背中にあてがった。
「その後ろにある紐、引っ張っててくれるだけでいいから」
そういうとジュエルは、おぼつかない手でドレスを着飾っていく。
微妙に着崩れしている気がするが、あとであのたくさんいたメイドさんにでも直してもらうんだろうか?
「よし、じゃあらいと、そのまま後ろの紐結んで?」
すると風になびく髪をかきあげて、可愛らしいうなじをこちらに見せて早く結んでくれと急かしてくる。
髪をかきあげたことにより、女の子らしい香水か何かの匂いが漂い少しクラっとする。
だが動揺しているのをさとられまいと、傷一つないきれいな背中を見ながら丁寧にドレスの紐を結ぶ。
「これでいいのか?」
「うん、いいわ。どう、私ドレス一人で着れているかしら?」
言ったそばから名残惜しくも俺の手から離れ、目の前でくるっと回転してドレスのスカートと美しい金髪をなびかせる。
それはまるで、本当の宝石のようで彼女こそがジュエルそのものではないかと思わせるほどのものでまさしく感銘を受ける。
「あ、あぁ、上手く着れていると思うよ。そして、とても……綺麗だ」
しまった思ったことを口に出してしまった……
「そ、そう、えへへありがとう。ちょっと照れちゃうかしら」
それが彼女、ジュエルとの初めての出会いだった。
彼女がこの城の次期当主であり、王女であることを知ったのは何度もこのセカイを行き来してからだった。
この瞬間にさまよう幽霊だった俺は、このセカイで存在が確定した。
以後、睡眠という黄泉と隣合わせの行為を行うごとにジュエルのいるこのセカイと、現世とを行き来することになったのだ。




