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とりあえず、今書いてある分は全部出してみました。
とりあえず逃げている
街の中をあてもなく逃げている。
この世界に来た時を思い出す。
まるであの時のように街の中を駆けずり回っている。
あの時と違うことといえば、俺がこの街の地理に少し詳しくなったということだ。
どこをどう逃げればいいか、俺の頭の中である程度はできあがっている。
俺を追いかけているのは俺が世話になっているビレンさん。
それから俺の仲間でもある剣一姫、フィリー・ラポーズ、古場佐々子だ。
それぞれが血走った目で自分の得意武器を手に追いかけてきている。
ビレンさんは細身の剣、一姫は刀、フィリーはハルバート、佐々子は薙刀だ。
何故、俺が彼女らに追われる羽目になったかというと、またしても俺の失言だ。
仕事が休みのビレンさんを交えて、昼食に庭でバーベキューをすることになった。
和やかな食事をしているときに自分が稼いで買った肉を頬張っていて、あまりのうまさについ気が大きくなってしまった。
「自分で稼いで買った肉だっていうのがマジでうまいよな。しかし、バーベキューていうのは準備に手間はかかるけど、切って串に刺して塩コショウかけて焼くだけだからいいよな。うちのポンコツどもみたいに食材をゴミに変えないで済むもんな。あと、うちの料理は人を雇って作ってもらっているけれど、いい年齢の女性が料理一つできないというのもどうなんですかね? だから独身なんですよね。わはははははは!」
「「「「お前殺す」」」」
まあそういうこともあって、俺は逃げているわけだ。
ビレンさんが治癒魔法を使える事を俺の仲間は知っているのでマジで刺してくる。
ビレンさん自身もそのつもりだろう。既に経験済みだし。
最初にやられた時も俺を刺すことに躊躇してなかったくらいだ。
おそらく今回も実際に刺されるだろう。
しかし、そうは簡単に捕まらないぜ。
俺もレベルアップし、逃走スキルも上がっているのだ。
それに俺は経験を活かす男だ。
今までみたいに袋小路に逃げ込まないようにすればいい。
経験といえば、この間ひどい目にあった俺たちは、慎重に行動することを学び、その経験を活かすようになった。それからのゴブリン討伐は慎重に行動し、決して無理をしないように行動したのである。
そのおかげで今月の報酬総額が銀貨12枚まで達成したのだった。
一か月分の銀貨を全員分収め、さらにビレンさんへの返済も少しできたのである。
この調子で稼いでいきたい。
この過程において嬉しいことが二つあった。
一つは、俺のレベルアップの結果だが、やはり身体能力に変化が現れた。
ゴブリンを二匹同時に相手にしても、堪えられるようになった。
まだ余裕ではない。だが、前まで一匹で精いっぱいだったのが、何とか二匹までなら相手できるようになったのだ。これは正直大きかった。俺が二匹を相手にできれば、あいつらの相手は常に一匹で、不意打ちに失敗しても撤退という戦略がなくなる。これがゴブリン討伐依頼の成功率を跳ね上げたのだった。
嬉しいことのもう一つ。
つい先日、一姫、フィリー、佐々子のレベルが上がったのだ。
今まで三人で一匹ずつしか倒していなかったので、経験値は少なかった。
俺が参入するまで彼女らが倒していたのも数少ない。
この一か月積もりに積もってようやくレベルアップを果たしたのである。
ビレンさんもいる夕食の時にそれぞれ公開してもらった。
初めてみんなのステータスを見せてもらったのだが。
ステータス
名 前:剣一姫
職 業:冒険者
年 齢:16
レベル:2
筋 力:2
知 力:9
敏捷力:9
体 力:8
幸 運:7
スキル:邪眼[-]
ステータス
名 前:フィリー・ラポーズ
職 業:冒険者
年 齢:16
レベル:2
筋 力:11
知 力:2
敏捷力:6
体 力:11
幸 運:15
スキル:天眼[-]
ステータス
名 前:古場佐々子
職 業:冒険者
年 齢:16
レベル:2
筋 力:7
知 力:7
敏捷力:7
体 力:7
幸 運:2
スキル:白眼[-] 関西弁[9]
邪眼、天眼、白眼と、まあ凄そうなスキルがそれぞれ付与されている。
それでも能力値を見ると、やっぱりポンコツの匂いがプンプンするのは何故なんだろう。
やけに凄そうなスキルが付与されている中で一人ふざけたスキルがある。
なんで関西弁がスキルなんだよ。おかしいだろ。
しかし、スキルの後ろにあるレベルの数字が明記されていないのは何故だ。
関西弁にはちゃんとレベルの数字があるのに、眼が付くスキルはどれも数字がない。
「ビレンさん、このスキルの数字が入っていない表示って、どういう意味です?」
「ああ、これはだな。持っているけど使えないということだ」
「え、それ意味あるの?」
「いわゆる条件で解放されるスキルだと思えばいい。レベルだったり能力値だったりだな」
「ああ、つまりそのうち覚えるスキルが先に表示されていると」
「まあ、そういうことだ。スキルによって条件はかなり違いがあるから何が必要か分からんがな」
俺の仲間が持つ『眼シリーズ』は、いわゆる固有スキルというものらしい。
ビレンさんの魔法のように教われば使えるというものではないそうだ。
俺が持つこの間覚えた謎スキル『男華』と同じなのだろう。
効果は俺も分からない。どう使うのか、勝手に発動するタイプなのかも分からない。
ビレンさんが言うには『男華』は知らないが、『眼シリーズ』は過去に前例があるので知っているらしく、ついでに教えてもらった。
邪眼――そのスキルで敵を睨みつけると、障害を付与することができる。付与できる障害は使用者のスキルレベルによって異なる。
天眼――遥か遠くを見ることや未来予知ができる。距離や未来予知が可能な時間はスキルレベル上昇により増加していく。
白眼――味方や敵のステータスや弱点などを知ることができる。知りえる情報はスキルレベル上昇によって多くなっていく。
ほほう、なるほど。これはそれぞれすごく便利なスキルだな。
使えるようになったら、さぞかし冒険に役に立つことだろう。
早く使えるようになってほしいものだ。
一姫たちは自分のステータスカードをじっと見て、口々に「おかしい」と言い出した。
「何故私のステータスはレベルアップしたのに筋力が1しか増えてないのじゃ?」
「どーして、私の知力は1しか上がってないデスか?」
「なんでうちの幸運だけこんなに低いんよ?」
いや、お前らの特性ずばりじゃねえか。
当たりすぎていて怖すぎる。
ステータスというのは本当に個人の能力なのだと実感できた。
一姫は、指揮統率とかの能力はあると思うけど、力が全然足りず、未だに刀の重さに振り負けることがある。二の腕なんか細すぎだもんな。
フィリーは作戦をどれだけ説明しても理解できず、結果的に脳筋的な戦いしかできない。難しいことを言うと目が泳ぎだすので、多分脳が追い付いていないのだろう。
佐々子は、普段から何もない道でいきなりこけたり、ありとあらゆる大事な場面でドジやミスをする。運が悪いのだ。この間、俺が死にかけたときも佐々子のドジが一つの要因でもある。
あの時の佐々子のドジについては責めるつもりはない。
だけど、本人は随分と気にしていたのだ。
そんな佐々子に言ってやった。
「お前はドジだけど、誰も死んでないだろ。俺も死んでない。ピンチになるほど運は悪いけど、死ぬほど悪くねえんだよ。今度ピンチになったら、俺一人じゃなくて、みんなで何とかするから、お前も強くなる方法とか考えとけ」
そう言ってやったら、少し元気になった。
この一か月で俺のパーティーは随分とましになったと思う。
苦い経験を活かして、少しずつではあるが成長している。
しばらくはゴブリン討伐ばかりだろうけれど、いつかは上を目指したいものだ。
全員がレベルアップしたお祝いと、ビレンさんに日頃の感謝を込めた食事会への招待。
俺たちが稼いだ金で材料を用意してビレンさんに振舞う。
これが今日のバーベキューの目的だった。
しかし、俺の失言により台無しにしてしまった。
その報いを受けなければならないだろうが、俺の本能が捕まるとやばいことを示している。
おそらく体力が尽きたのだろう――佐々子、一姫、フィリーの順番で脱落していった。
これもステータスどおりだな。恐るべきステータスカード。
ビレンさんがしつこく追いかけてくる。
しかし、この人どんだけ体力あるんだ。
俺の逃走スキルに一定の距離をぴったりとついてきやがる。
こうなれば細い路地で撒くしかない。
右へ左へと、袋小路に入り込まないようにだけ意識して細い路地裏を進む。
いつしか、ビレンさんの姿が見えなくなった。
これは勝ったな。
なーに、一日、二日くらいなら、俺の手持ちの金で宿とか泊るところくらいどうにでもなる。
その頃にはみんなの狂気もおさまっているだろう。
細い十字路を右に曲がり、その先の大通りへと向かおうとする。
「待っておったぞ、斑目」
そこには刀を抜いた一姫が大通りに出るところで立ちはだかっていた。
俺はくるりと身を翻して、十字路でまた右に曲がる。
「ここは通さないデスよ」
その道の先にはハルバートを構えたフィリーが待ち構えていた。
俺はまたもくるりと身を翻し、十字路で今度こそと信じて右へ曲がる。
「地獄の一丁目へようこそ。待っとったで?」
その道の先では佐々子が薙刀をヒュンヒュンと振り回していた。
三方を塞がれただと!?
俺は素早く身を翻し、最初来た道へ戻ろうとした。
「ほほう――自分から戻ってきたか。えらいな、ご褒美はこの剣でいいよな?」
俺が向かった道には後ろから俺を追いかけてきていたビレンさんが追い付いてきていた。
十字路の四方向それぞれに敵がいる。
道幅も狭いうえに逃げ場がない。
じわりじわりと奴らは距離を詰めてくる。
それぞれの目にはいまだ狂気が宿っていた。
そして――とある街の夕暮れに俺の悲鳴と謝罪の声が木霊したのだった。