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一姫視点です。
ほんのり空気を入れたくて。
とりあえず逃げておる。
闇雲に逃げておる。
私を追いかけてきておるのは、ワームクローラーという芋虫のような魔物じゃ。
団子みたいに身を丸めて、転がって追いかけてきておる。
どう察知しておるのか分からんが、ちゃっかり方向変換までしよる。
急な方向変換にも対応するとは敵ながら天晴というほかないのう。
しかし、斑目が参入してからというもの、週に一度は逃げておる気がするわい。
とは言うても、斑目のおかげでピンチを脱出できたことはその数倍以上にあるので、実のところ感謝しておる。本人を目の前にそのことを言うと、斑目が馬鹿みたいに調子に乗ってしまうので言わないようにしておる。あ奴はお調子者だからの。
まあ、斑目とこの一年一緒に暮らしていて、悪態はつくが仲間思いなのはよく分かっておる。
年寄にも、女子にも、幼子にも、あ奴は優しい。
おかしな話じゃ。本人は余裕など全然ないくせに、他人に優しいのじゃから。
たまに出る悪態は最悪じゃがな。
斑目が参入してから一年、成長した私たちはゴブリンで苦労することはなくなった。
レベルアップすることによって、私たちの身体能力は向上しておるからの。
いつまでもひ弱ではないということじゃ。
しかし、途中で気付いたことなのじゃが、私の筋力は偶数レベルの時に1しか上がらんのじゃ。
これは斑目以外の仲間もそうじゃった。
私の筋力のように、フィリーは知力、佐々子は幸運が、偶数レベルの時に1しか上昇しておらん。
何たる所業、何たる運命か。
斑目は「お前らがポンコツだからじゃないか」と悪態をついたので、みんなと一緒にお仕置きして報いを与えておいた。
レベルやステータスが上がれば、戦闘は確かに楽になる。
今まで苦労していた敵が弱く感じられるのじゃ。
一撃の重さにしても体感的に軽く感じられるのじゃ。
非力な私でも刀技を覚えてからというもの、ゴブリンの2匹や3匹くらい相手にならぬようになった。
それまでの私は力で刀を振り回そうとしておった。
非力な私は刀の重さに簡単に負けておったのじゃ。
刀技を身に着けてからは、今までのように力で無暗に振り回すことはなくなった。
斬るという概念が、ほんの少しだけ理解できたのじゃろうな。
今でも我が愛刀「三日月」と共に日々修練しておる。
この街に来てすぐの頃、異世界転移に気付き、自分は勇者とかチート能力の持ち主だと信じ込んで、先人たる佐々子やフィリーが止めるのも聞かず、ゴブリン退治に出かけた。
たかがゴブリン、魔物の最弱種ではないか。
我が愛刀「三日月」で切り裂いてくれる。
使ったことはないのだがの。
私がいた元の世界では、刀いじりは女子高生の嗜みの一つだったのじゃ。
鞘をてからせてみたり、柄に紋様を入れたり、編み紐を絡ませて着飾らせてみたりと、自分の所有する刀の見栄えを加工して個性を出すのが手段じゃった。
まあ、実際に元の世界にも魔物はおったから、緊急時の自衛用というのが本来の目的だったんじゃがな。
魔物の出現頻度が低い都会では単なる飾りにしかならんかったという訳じゃ。
フィリーや佐々子を引き連れて大森林の入り口へ。
私は期待と野望を胸に抱いて足を踏み入れた。
斥候に出ていたフィリーがゴブリンを2匹見つけた。
森の入り口からそんなに離れておらぬのに、もういるのかと驚いたものじゃ。
抜刀し、堂々とゴブリンに近づく。
佐々子とフィリーは、私のそんな態度に青い顔をしながら後ずさっていく。
何をビビっておる、こ奴らの命は風前の灯火なのじゃぞ。
異世界デビューの相手がゴブリンというのも、ややしょぼい気がするがここは我慢。
ゴブリンたちも私に気が付いた。
薄気味悪い邪悪な笑顔を浮かべ、耳障りな雄叫びを上げる。
どうせ一撃で死ぬ。
どうせなら苦しまぬように殺してやろう。
刀を構え、学校の授業で習った上段切りをしてみる。
違和感なく振れる、今までと全く同じ感覚じゃった。
刀の重さにフルフルと手が震える。
後ろにのけぞってしまい、タイミングがずれる。
体が先行して、遅れて刀がひょろひょろと振り下ろされる。
そんな弱々しい私の刃をいともあっさりとゴブリンは避けたのじゃ。
「な、なんじゃと!?」
何で元の世界と一緒なのじゃ。
こう。『ひゅっ!』とか、『ズバ!』とか、勝手に刀が走るのではないのか。
下卑た笑いを浮かべてゴブリンが近づいてくる。
今度は横に水平切り、途中までは振れたのに重さで刀を水平に維持できぬかった。
バランスを崩した次の瞬間、私の身体は大きな衝撃を受けて宙に浮いておった。
横からゴブリンの一撃をくらってしまったのじゃ。
私の身体は地面に打ち付けられ、ほんの少しバウンドしたのを感じた。
痛い――こんな痛みは知らぬ。
怖い――ここから逃げたい。
死ぬ――誰か助けて。
「わぁあああああ!」
佐々子が大声を上げながら武器をぶんぶんと振り回しながら、ゴブリンを威嚇し始めた。
驚いたゴブリンは佐々子から距離を取る。
その隙に倒れる私をフィリーが抱き上げた。
「しっかり捕まってくださいデス! 佐々子逃げるデスよ!」
フィリーは私を抱きかかえたまま、走り出した。
もうこの後のことは覚えておらぬ。
フィリーに抱えられ、逃げる最中に気絶してしまったからの。
目が覚めたときには、私の面倒を見るとか言っていたビレンさんが目の前にいた。
体から痛みは既に抜け、傷も何も残っていなかった。
ビレンさんが治癒魔法をかけてくれたようじゃ。
ビレンさんの脇に佐々子とフィリーの姿があった。
良かった――二人とも無事だった。
そして記憶が蘇る。
ゴブリンに殴られた時の痛みが蘇る。
あの時に感じた恐怖が蘇る。
私は震えが止まらなかった。
涙がボロボロと勝手に溢れ出した。
私はそっと包まれた、佐々子とフィリーに包まれた。
この愚か者の無事を涙して喜んでくれたのじゃ。
「……巻き込んですまぬ。助けてくれてありがとうなのじゃ」
「いいんや、一姫が無事ならそれでいいんや」
「フィリーさん力持ちデスから、一姫くらい平気デス!」
落ち着いてから、佐々子とフィリーから話を聞いた。
二人とも私と同じようなことしたそうじゃ。
やはり元の世界でのアニメとか、ラノベとかの知識がピンチを招いたらしい。
その日、ビレンさんから説教を受けた。
命を粗末にするなとか、もっと頭を使えとか。
修行しろとか、金のことは気にするなとか。
ビレンさんが優しすぎて、ぐうの音も出なかった。
それから私は他の仕事を試みたが、まあ結果は色々と言うのが辛い。
その辺は佐々子もフィリーも同じだったらしい。
斑目の言う不器用者の集まり――ポンコツ集団というのは、悔しいが的を得た言葉だったのじゃ。
私は先人である佐々子とフィリーに知恵を借りた。
二人は冒険者としてゴブリン退治に毎日出かけている。
討伐依頼である三匹倒すというのは、いまだに達成できていないが、週に一度、一匹くらいなら倒してきているのだ。二人で週に10銅貨、悲しすぎるのじゃ。
私はこの二人に知恵を借りようとしたことを後悔した。
だが、私にも他の手段でお金を稼ぐことなど何もない。
二人のことを見下すことなどできない――その資格はないのじゃ。
ならば、せめて協力しよう。私の命を救ってくれたせめてものお礼じゃ。
「私も手伝うのじゃ。みんなでやれば成功するかもしれぬじゃろう?」
今となっては懐かしい。
斑目が来るまで、よくぞ生き残れたものじゃ。
対峙即撤退を常にしたのが正解だったのじゃろう。
まあその斑目のせいで、今の私の現状なのじゃが。
何が、囮が必要じゃ。囮にされる身にもなれ。
まあ確かに囮役というなら、斑目以外に私しかおるまい。
脳味噌筋肉のフィリーに知的な作戦は無理じゃし、佐々子はここぞというところでドジをして作戦を失敗しかねん。そうなると私か斑目が囮になるしかないのじゃが、今回は私が立候補した。今回の作戦内容がタイミングを必要とする一手にあるのが理由じゃ。斑目がいるなら失敗しても大きな失敗はせんじゃろう。
怖いものは怖い。
追いかけられるというのは、それだけで怖いものがある。
ワームクローラーが加速して、私の背中に段々と近づく。
以前の私なら、恐怖に足がすくんで足を止めていたかもしれぬ。
だが、それ以上に私にはあるものがある。
仲間に対する信頼というやつじゃな。
「今だ! やれフィリー!」
「はいデス!」
回転するワームクローラーの横っ腹を、隠れていたフィリーが渾身の力を込めて突き刺す。
外殻は硬いが、比較的腹の部分は柔らかい。ここなら私たちの攻撃が通じるのじゃ。
弱点を守りつつ襲ってくるのがワームクローラーなのじゃから。
フィリーの攻撃はワームクローラーの腹部に突き刺さる。
そのままフィリーは持ち上げて、一本背負いのように地面に叩きつけた。
こういう力技はフィリーの得意分野なのじゃ。
ぶつんと音を立ててワームクローラーの身体を切断した。
「とどめ刺すぞ! 各自総攻撃!!」
斑目の総攻撃の合図に従って、一斉に攻撃を加える。
こうして今日の目的であるワームクローラー討伐依頼を完了したのじゃった。
「「「「かんぱーい!」」」」
冒険者ギルドで報酬をもらって屋敷で乾杯じゃ。
もうこれも毎回と言ってもよい。
その日の依頼が成功するたびに宴会はしておる。
たまに失敗することもあるが、その時はその時で反省会じゃ。
その時の斑目は私たちのことを「ポンコツ」と連呼するのでよく喧嘩になる。
今となってはその喧嘩すら楽しい思い出じゃ。
私たちの課せられたノルマ――一人銀貨2枚というノルマは余裕で払えておる。
今日のワームクローラー退治の総報酬は銀貨4枚。
私たちが成し遂げられる依頼の中で上位の報酬じゃった。
今ではビレンさんへの返済も済ませ、貯えも少しばかりではあるができてきておる。
もう一人前の冒険者と認められていいのかもしれぬ。
宴会も終わり、一人裏庭で柔らかな月光を浴びながら我が愛刀「三日月」と対話。
頭の中でイメージトレーニングを日課としておる。
今日は活躍の場はなかったが、我が愛刀「三日月」の好む動きというのが少し見えてきた気がする。
刀が示す動きをなぞるように動ければ、相手が今日のように硬い魔物であって斬ることができるという。
瀕死になった斑目を助けてくれた冒険者の一人――刀使いが再会した私に教えてくれた刀技だった。
我が愛刀「三日月」とともに仲間を支えよう。
それが私の命を救ってくれた仲間への恩返しとなろう。
そんな殊勝な気分に浸っていると、それを台無しにするやつが現れた。
「あ? 一姫何やってんだ?」
「斑目か……見て分からぬか? 日課のイメトレじゃ」
「ああ、刀との対話とか言ってるやつか。お前も痛い奴だな」
「斬るぞ?」
両手を上げた斑目は私の横に腰を下ろす。
「まあ、それはともかく、今日はお疲れさん。かなり長いこと走っただろうから疲れたろ」
「ふん、普段どれだけ逃げていると思っておるのじゃ。斑目ほどじゃないが逃げ足は鍛えられておるわい」
「はっ、それは違いねえな。確かに毎週アホみたいに逃げ回ってるわ。不思議なことに仲間であるお前らから逃げることの方が多いのなんでだろうな?」
「それは斑目の日頃の言動が悪いからではないか」
「言っとくけど、俺が言ってることは真実だぞ。お前らのポンコツぶりに俺がどんだけ苦労してると思ってんだ」
「斬るぞ?」
三日月を向けると、斑目はすぐに両手を上げた。
馬鹿者が余計な一言が多すぎるというのじゃ。
「なあ、斑目」
「なんだ?」
「私たちはこれからどうなるのじゃろうな」
「どうもこうもねえよ。生きるために足掻くしかねえって。俺もお前らもまともな仕事はできねえんだから、魔物狩りして食ってくしかねえよ」
たまに斑目は平気で嘘をつく。
何がまともな仕事はできないじゃ。
お前は何でもできるではないか。
私たちが流行り病に伏せた時、お前はあちこちで働いて日銭を稼いでいたではないか。
――私たちの薬を買うために。
あの件以来、どうも調子が狂っているのじゃ。
こういう風に二人で話すのがなんだか気分がよい。
まあ、決して私の口からは言わんよ、お前はすぐに調子に乗るからな。




