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#04:視界ゼロの海に落ちて(前)(2)

この回は、短めです。

「ねえねえ、3人とも、どうだった? ほかの班は」

「……俺は楽しかったよ。あの4人とも、いい奴だった……と思う」

「篤は?」

「あんまり喋ることはできなかったな。『はんだごて貸してよ』とか『うまいね、見本みせて』とか、最低限な感じ」

「砂羽は?」

「もうわたしに話しかけないで。由香里のこと、もうずっと嫌いになる」

「ごめんって。でも、ああでもしないと、あたし達、いつまで経っても」

「……いつまで経っても、ずっとこのままでいいよ」


 空気が重たい。

 俺は、手元にある握り飯をほおばるのをやめて、


「な、なあ……ん、ぐっ!」


 喉の奥で、まだ米粒が舞っている。

 ここで割り込まなくて、いつ割り込むというんだ。


「俺、さっきさ。沖浦先生の気持ち、わかったんだ。あることに困ってて、でも、由香里の話を受けてなにか閃いて……って感じだった」


 ……沈黙。

 押し破ったのは、篤だった。


「砂羽。その考え方も正しいよ。僕たちはほかの人とは違うんだから。砂羽は悪くない」

「……」


 いじらしげに、篤に視線をやる砂羽。


「だから、由香里と仲なおりしよう。これだけの仲間なんだからさ」


 ここで、俺は後ろの席にいる女をチラリと見る。

 ……間違いない。机を蹴り飛ばしたいと思っている。そんな感じだ。


「……なにそれ、あたしが馬鹿みたいじゃん」

「由香里! 僕は、そんなこと言ってない。でもさ、色んな考え方があるだろ」

「いつもそうやって煮え切らないよね。篤はさ、いったいどっち寄りなの? こないだの地域学習会、参加したよね? うちの学校で来てる人は少なかったけど、みんなと一緒に勉強したり、ゲームしたり、喬木(たかぎ)議員の講演きいたりしたよね?」

「行ったよ。行ったさ。けど、それは国府高校の過去問題が目当てだった」

「……ふーん」


 由香里は、さっと立ち上がったなら、篤のすぐ傍へと。


「やめろ! 由香里」


 すんでのところで、ブロックに成功する。篤の机をめがけて、蹴りを打とうとしていた。


「由香里。やめよう。何人か、こっちを見てる」

「そうやって、いっつも冷静ぶって! それじゃあさ、篤はさ、砂羽と同じ考えなんだ……いつまで経っても閉じこもったまま。なんのためにこんな遠くに来たの!」

「……由香里」


 小さいながらも、確かな怒気をはらんだ声だった。

 篤は、教室全体をさっと見渡したなら、


「……よかった。本当によかった。昼休みが騒がしくて。せっかく由香里が頑張ってくれたのに、無駄になるところだった。ごめん」


 そう告げたなら、言い争っていた相手に笑ってみせる。

 かくいう俺は、耳を澄ませていた。


「……大丈夫だ。誰にも聞かれてない。念のため、途中からは聞こえないようにしといたから」

「……」


 由香里は、すっかり押し黙ってしまう。

 そして俺は、ダメ押しとばかり、


「やめにしよう。どっちの考え方も、その……一理、あるだろ」


 篤は、席を立った。由香里の顔を見ている。


「由香里。言い過ぎた、ごめん」


 すると、砂羽が身を乗り出すようにして、


「ごめんね。でも、由香里、今しか言えないと思うから、言うよ」


 砂羽は、ボソボソとした声の調子で、


「わたし、ここに来てよかったって、思ってない。あんなことしなくてよくなったけど、生活は苦しくなった。みんなの家にも、ガスとか水道とか通ってないんでしょ? ご飯は少ないし、何日かに1回しかお風呂に入れないし……もういやだよ」


 か細い声で少しずつではあるが、気持ちを伝えようとしている。


「それに……この近くに、あの国府の森(こうふのもり)があるんでしょ? あそこの人たちが戦ってる場面、見たことあるけど……わたし、どれだけ修行してもあの人たちには勝てないって、そう思った」

「砂羽。心配ないよ……ないから」


 心に寄り添おうとする篤。重苦しい呟き。


「……俺達がなにもしなければ、という前提で、篤の言うとおりだと思う」


 だめだ。月並みな言葉しか出ない。


「だからだよ」


 由香里がささやいた。いずれか知らぬところに視線をやりながら。


「新しい出発、したんだよね。あたしたちは。だったら、ここをいい環境にしようよ。自分達の力で。待ってるだけじゃ、環境は苦しいままだよ。ねえ、みんなと仲良くなろうよ。今日、ついに最初の一歩を踏み出すことができたんじゃない!」


 ……予鈴が鳴った。俺は、食べかけのおにぎりを見下ろしていた。

 気が付けば、その一部分が落っこちている。椅子の下に。けっこうなサイズだ。

 それを拾い上げて俺は、口に運ぶ。


「……」


 少しばかり、ホコリの味がした。じゃり、という音が耳内で響く。

 ……予鈴が終わると、ふいに、情けないという気持ちが込み上げてきた。情けないわけないだろ。これくらい、みんなもやってる。やってるよな。

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