表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/44

#04:視界ゼロの海に落ちて(前)(3)

 俺と由香里、ふたりの掃除当番は正面玄関だった。

 先のちびた竹箒。ないよりはマシだが、いかんせん性能が悪い。


「なあ、由香里。さっきのことだけど。ごめん」

「なんのこと?」

「味方、できなくて」

「ほんとにそう思ってる?」


 じっと、俺の目を見ている。すぐに堪えきれなくなって……目を逸らしてしまう。


「ほら、やっぱり。ゴメンだなんて、そんなこと思ってないんだ」

「……ああもう、そうですよ! どうせ上っ面でごまかそうとしてましたよ! すいませんね」


「でも、気遣ってくれたんだ」


 あらためて、その瞳を見つめようとする。

 なんだかヘンだ、いつにも増してこの、どぎまぎとした感じ。


「遣われても嬉しくないくせに」

「うん! 嬉しくない」


 満面のスマイル。


「由香里はさ、強すぎるんだよ。なんで、どうして、そんなに平気なんだよ。こんな針のムシロみたいな環境で……ん?」


 悪寒がした。


「あ~、ついに本音を出したな~、無理しなくていいんだぞっ、それっ!」


 いたずらっぽく笑いながら、竹箒で俺の背中を小突いてくる。


「出してねえし」

「出してたし~! なあんだ、渉も仲良くしたいんじゃん!」

「違うって、そういう意味じゃ……! あっ」


 東門から入ってくる、誰かの影。


「あれは……」


 その影は、先日、植えたばかりの花壇のところで止まった。

 パンジーの花々に目をくれたなら、さっとひるがえって、俺たちがいる玄関の方へと。


「おい、由香里。あれ」

「……!」


 まただ。嫌悪感を示している。

 そのまま影は、こっちに歩いてくる。


「おーい、集!」

「先週ぶりだな、ふたりとも」

「集、よく学校に来るのか?」

「いや。たまーにだな。届け物とか。今日は別の用事だ」

「へえ、どんな」

「要人警護だ」

「教えてくれよ」

「渉! もういいでしょ」


 ここで、由香里が割り込むのだった。


「なんでだよ、俺達の恩人じゃないか」

「恩人?」

「集が花壇づくりを手伝ってくれなかったら、今日みたいに合同班になるのだって、夢のまた夢だったんだから」

「……それは」


 なんだか恨めしそうな面持ちになる。

 

「三良坂さん。ちょっといいですか」


 ようやく、集の方を向いて話し出す。


「先日は、渉がお世話になりました。でも、今は掃除中ですので、会話はまたいつかにしてもらえませんか?」

「あ……そうだな、見てのとおりだよな。ごめんごめん! 時間とらせて」

「そんなことないって」

「また今度な」


 そう言って手を振りながら、正面玄関に入っていく。

 歩く姿をまじまじと見ていた。


「あたし、あの人きらい!」

「なんで? いい人だろ」

「どうしてもなの……あれ、渉?」

「……」


 まただ。

 また、悪寒が襲ってきた。ナニカが来ている。


「どうかしたの?」

「なんか、変な感じがする。向こうの西門からだ。あっちの方は、篤と砂羽の担当だけど……いやまさか、あのふたりがこんな不穏な印章(シンボル)を出すなんて」

「……あたしも感じた。いま」


 由香里の視線の先。それは、確かに西側の校門だった。

 でも、違う。この感じは、篤でも砂羽でもない。


「……あれか」


 校門付近に、3名分の人影が現われた――遠くからでもわかる、これは圧倒的というやつだ。こちらの方に近づいてくる。

 ……初老ほどの男性の隣に、それぞれ男と女が附いている。侍衛(プレシディオ)だろうか。

 侍衛(プレシディオ)というのは、早い話が警護役だ。


「……」


 そうこう考えている間に、すぐ近くまで辿り着いてしまう。


「……」


 この人達は、お客さんだ。俺と由香里は、おおげさに道を開ける。

 ただ、じっと待つ。じっと……

 やり過ごしたいと願う。


「……」


 わずかに顔を上げる――目が、合ってしまった。女の方と。

 なにやら気まずい。目線を逸らす。


「あら? あんた、どっかで見たことある」


 パンク? な髪型の女だ。

 額から頭頂部に至るまで、ツンツン頭のショートカット。かと思えば、もみあげのあたりからツインテール? が伸びている。


「覚えてる? 景山(かげやま)よ。山野辺の聚落(じゅらく)で会ったことあるでしょ? ウチは、アンタのこと覚えてるよ。ねえ、道ノ上渉(みちのうえわたる)くん」

「ええと……たしか……秋の奉納祭りで……太鼓、教えてくれた……ような」

「そうそう~! でもさ、なんでこんなところにいるわけ? ここ、備後国府町(びんごこくふちょう)でしょ? あ、確かそう、ハッピーマウンテンと合併したあたりで引っ越したんだっけ? それならさ」

「おい」


 男の方だ。

 無骨な感じだった。上背がある。


「あっ! ごめんね、川上。ちょっとだけ」


 同僚にそう告げると、


「すいません、喬木(たかぎ)様。ちょっとだけいいですか? 同郷なんです」


 喬木というらしい、六十過ぎほどの男に寄っていく。

 ……角刈りのような髪型だった。スラリとした長身、灰色調のスーツがばっちり決まっている。

 部下の要望に応えて、その手を右胸の前に掲げる。「よい」というサインだろうか? ゆっくりと喋りはじめる。


「おお、同郷か。そりゃあそりゃあ。わかった、好きにやれ。わしは用務を済ませてくる。校舎内では別の警護を頼んである」

「喬木様。オレと景山がいれば十分でしょう?」

「そーですよ。わたしと川上のふたりもいれば」


 わかる。

 今、この喬木という男の表情がわずかに歪んだのが。

 このふたりは、主人の顔を見ないのだろうか?


「どういうことじゃ? それは」


 ――苛立ち。

 この男が示した感情、それだけで空気が変わる。


「それはなんじゃ? 安心ができるということか? お前たち、訪れたこともない場所で、いったいどういう根拠があってそんな無責任なことを言える」

「! それは」

「え、ええーと……」


 口を噤んでしまった。


「会議に参加した人間が刺客じゃったらどうする? どうやって責任をとるつもりじゃ」

「……」


 ふたりとも、何も言わない。

 心の底から後悔している顔つき。


「……ここは学校じゃ。わしらがイニシアチブを持つ領域ではない。餅は餅屋、ということだ」

「す、すいませんでしたっ」


 景山が、さっと頭を下げる。

 川上と呼ばれた男が主人の傍に寄った。


「喬木様。恐れ入ります。誰が、いったい誰が警護役を勤めるかだけでも教えていただけませんか」

「ふ~む……」

「あ、喬木議員。お疲れ様です」


 ――集。集だった。

 玄関口から、ヌッと現われた。スリッパを持っている。


「喬木議員、お世話になっております。本日は宜しくお願いいたします」


 例のふたりの方を見る。気圧(けお)されている。


「あちらが、喬木議員の侍衛(プレシディオ)の方々ですか?」


 集は、そう言いながら、ふたりの方へと歩いていく。

 そして、


「初めまして。この度、喬木議員の警護を勤めます、ハッピーマウンテン市教育委員会、教育総務課の――」


 自己紹介を終える前に手をかざしたのは、川上だった。


「いや、いいんだ! あんたほどの方が俺たちに気を遣わなくても」


 景山は、川上の後ろに隠れているような、いないような。


「わかりました。では、喬木議員。こちらへ」


 よく見ると、その手にはスリッパのほか、靴ベラも持っている。

 集に導かれて、喬木が玄関へと足を踏み入れようとする。振り向いた。


「川上。景山。恥になることはするなよ」

「かしこまりましたっ!」


 恭しく敬礼をする。

 主人が校内に入ってしまうと、敬礼を解いて、


「……さて、それでは」


 川上が俺たちを見た。何歩分かこちらの方へと。

 俺は、由香里の前に立ち塞がる。


「いま思い出したよ、お前たちのことを……景山よ。そいつらは故郷を捨てた連中だ。3年前に、道ノ上(さとる)という者を中心にして、いくつかの世帯が山野辺を離れた」


 「逃げたんじゃない」と叫びたかった。由香里の激情を感じる。


「あ、そういうことだったんだ! ウチ、知らなかった」

「構ってやるな。こいつらは負け犬だ。使用者(エッセ)としての重責に負けたんだ」


 まずい。

 これ以上は、由香里が前に出てしまう。


「あんたら、どうしたの? 弁解したっていいのよ? 別に負け犬でもいいじゃない。逃亡には成功したんだから。でも、あんたたち、あんまり楽しそうじゃないわ。ねえ、知ってる? 逃げ出した先に楽園なんかないのよ?」

「……好きに言ってください。俺達は掃除に戻ります」

「どうした! 悔しいんなら力を示してみろ……オレ達のルールは覚えてるだろう? 力は道理に優先する。そら、使用者(エッセ)としての力を見せてみろ」


 俺は、呟いた――すぐ後ろにいる由香里に対して。


「由香里。頼むからなにもするなよ。この連中の意図はわかるだろ」


 言った直後に、景山がにじり寄ってくる。


「ねーねー、とにかくさ、あんたらはこんなところで消耗してるってわけね? 最後に忠告しといてあげる……そうね、よく考えたら、あんたって悪くないわ。あんたじゃなくって、親の方が低能チキンだったって話よね。ええと、なんだっけ、そうよ……子どもに責任はない! てやつね。今日の新聞折込に挟まってた市の広報に書いてあったわ」


 背中に圧を感じる。由香里の手だ。

 ……涙を流している。


「はあ~あ」


 俺は、ワザとらしいため息を吐きながら、前に出た。


「あ、そ~だ!」


 おいおい、アホみたいな声だな。我ながら。


「どうしたの? 道ノ上渉くん……えっ? なに……これ……」

「……どうだ?」


 景山は、硬直している。

 すぐさま、俺は走り出す。その脇を抜けようとして。

 思い知らせてやる。


「そら、どうだ。見えないだろ――!?」


 抜けた! と思った。思っていた。

 その矢先、景山のつま先が、いま踏み出したばかりの足首を捉えていた。


「うがっ!」


 そのまま、すっ転んでしまう。


「痛、くっそ……あ、ぎ、ぎゃあああああああああああああぁッ!!」

「アハハハ! こいつ、煽り耐性なさすぎじゃない?」


 ヒールの踵。

 それが、右手の指の付け根を踏んづけている――絶叫に打ちひしがれるしか術がなかった。


「うわ、だっさ、こいつ! ねえねえ、大人に手だしちゃだめだよね。あんた、いまウチらの目、見えなくしてたでしょ~? な・ん・て、珍しい概念力(ノーション)ッ! でもね」

「あぁ……ぐ……う……」


 一瞬、痛みが引いた。ヒールが浮いたから――


「い、い゛いあ゛あああああああああぁぁっ!」


 直後、踏み抜くようにしてヒールの踵が落とされた。


「いい? 目なんか見えなくても、ひよっこを転がすなんてわけないの。あ! そうだ……ねえ、ほかの生徒にも見てもらおうよ。ほらほら、何人かはもう集まってきてる!」


 目を閉じている。痛みを紛らわすため。

 でも、わかる。こいつは、嬉々として俺を見下ろしている。


「基本的人権ってやつの適用除外でよかったわ。ほんと、さまさまね」


「……景山よ。待て。これ以上の生徒連中が駆けつけることはない……わからないか? 微かではあるが、こいつからまた別の印章(シンボル)を感じる。おそらく、一般人(エンス)の聴覚を封じているのだろう」


「へー。印章(シンボル)ね。こんなもん」


 ジャララ、という勾玉同士が擦れる音。

 使用者(エッセ)の手首に巻かれた装飾品、使用者免状(ライセンチア)を眺めているのだろう。


「こんなクソみたいな石で概念力(ノーション)の発動状況がわかるなんて、一般人(エンス)の連中、ほんとに信じてるのかしら? ごまかそうと思えば、いくらでもごまかせるのに。追い詰められた状況だったり、よっぽど威力があるヤツを打とうとしてるなら話は別だけど」


 ……痛い。とにかく痛かった。


「う……う、あぁ……クソッ!」

「……『クソ』じゃねーだろうが、年上に向かってよぉーッ!!」

「ああああああああああああああぁッ!!」


 右手指の骨が軋んだ。真っ赤な激流が体中を駆け巡る。

 畜生、畜生、畜生――


「……景山よ」


 呆れたような声色だった。


「俺はそこで煙草を吸ってる。早めにしろよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ