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薔薇庭園  作者: ひろね
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番外編2 月日に合わせて変わる思い

この話は秋月一人称の話です。

 欲しかったソレを偶然手に入れた。

 けど、ソレを完全に手にすることができなかった。

 ソレを手に入れる過程で、何か大事なことを思い知らされた気がして。

 手に入れて自分のものにしようとしていたのに、気づくとソレを守る契約をしていた。



  ***



「しゅー、しゅー……どこぉ?」


 ウサギのぬいぐるみを抱え、べそべそと泣きながらおぼつかない足取りで庭を歩いている。

 その姿はなんとも情けない。

 が、それも仕方ないか。ソレはまだ三歳ちょっとの子どもだ。まだまだ大人の助けが必要な未熟な存在――ソレが俺が望んだものだった。


「なに泣いてんだよ、琴音ことね


 仕方なくベンチから起き上がって植えてある薔薇越しに声をかけた。


「しゅーっ!!」


 俺を見つけると、植えてある薔薇を無視して一直線に突き進んでくる。

 このままだと薔薇のトゲでけがをしてしまう。そう思ってすぐに薔薇を飛び越える。

 と同時に琴音が勢いよく飛びついてきた。


「……ったく、何べそかいてんだよ?」

「だって……おきたらしゅー、いないんだも……」

「あー、はいはい。怖い夢でも見たか?」

「……うっ……うっ……」

「ホラ、大丈夫だ。怖くない怖くない」


 そう言って琴音の背中をポンポンと叩く。

 しばらくそうしてやっていると、しがみついていた手の力が抜けていくのがわかる。


「しゅー……」


 また眠気がきたのか、体を俺に預けて顔を摺り寄せてくる。

 琴音の顔には、俺に対する不信感がまったくない。

 こうも信用されるとなんとも言えないな。

 けど、怖い夢を見るってことは、まだ記憶が完全に封じられてないってことか。


「いつになったら……楽になるんだろうな?」


 呟いても返事は返ってこない。

 琴音はすでに寝入ってしまったし、少なくとも起きている間は『怖い夢』の正体はわからないはずだ。

 しかし記憶の操作は難しい。あまりやりすぎると精神に異常をきたす場合もあるし、ある記憶を封じても意識のない時にはそれを思い出す。はっきりと明確に思い出すことはないだろうが、嫌な記憶なら悪夢としてよみがえる。

 今の琴音がそれだ。

 封じたのは琴音にとって忌まわしいといえる記憶。両親が目の前で殺され、ただそれを見て怯えることしかできなかっただろう。三歳の子どもにはあまりに辛すぎる記憶。


 それを、契約時に封じた。


 琴音の両親を殺したのは俺の仲間――吸血鬼だ。

 琴音の特別な血を求めてやってきた彼らは、互いに争いながら琴音を手に入れようとして、結局、同士討ちのような形で終わった。

 ただ琴音は助かったが、両親はその争いに巻き込まれて亡くなってしまった。


 彼らに遅れて琴音の場所にたどり着いた俺は、それを見て愕然とした。

 吸血鬼――そう聞けば、怪物モンスター、闇に生きるもの……などと思うだろう。人の生き血をすすり、人にはない力を持つ人外のもの。

 確かにその通りだが、今の俺たちには簡単に人を死に追いやるようなことをしないことが暗黙の了解になっている。仲間が少なく、吸血鬼という種をなくさないためだ。

 人の血を直接吸わなくても、触れればそこから生体エネルギーを摂取できるし、普通に生活する分には人ひとりから少しずつ数人からもらえば、なんら違和感を与えずに人からもらうことができる。

 それに世に出回っている吸血鬼の苦手なものなども当てはまらない。さっき庭で昼寝してたように、日中でも平気で出歩けるし、十字架などの何の効果もない。この辺は信仰心の問題らしいが、俺は無宗教で育ったので、そういったものにダメージを感じることは全くなかったし。


 ――と、俺たち吸血鬼はそんな生き物で、人が作り出した『吸血鬼』とはかけ離れた存在だった。


 だが、それが途中で変わる。

 それは琴音が生まれた時からだった。

 琴音は特殊な血の持ち主だ。たった一滴でも俺たちに力を与える――吸血鬼にとって特別な存在。

 今までにも何度かその血を持ったものが生まれたが、たいてい俺たちに人生を狂わされた。

 まあ……人のことは言えないな。俺も同じようなことを思っていたから。

 違ったのは、みんなより遅れてその場に行ったため、殺し合いに参加しなかったことだけだ。きっとあの場にいたのなら、躊躇いもなく加わっていたと思う。

 俺は仲間の中では強いほうだ。けど、ずば抜けて強いわけじゃない。中途半端な強さ――それが嫌で力が欲しかったのは紛れもない事実だ。

 友人のウェンなんかは『別にそこまでの力はいらないよー』と気軽な口調で、この奪い合いには参加しなかった。


 そんな俺がどうしたらてこんなことになるのか……世の中は不思議なものだ。

 自分のために奪おうとしていた命を、今は契約の下、守っている。

 契約なのだから、護るのが当たり前。だけど、勝手に護ると決めたのは俺自身で、琴音に対してなんの気持ちもなかったはずなのに、今では大事にしてやりたいと思う。

 感慨深げに琴音を抱きかかえて庭を歩いていると、「よっ」と声をかけられる。


「……ウェン、普通に訪問できないのか、寝ているからいいものの、起きていたら琴音が驚く」

「おーい……開口一番がそれ? ほんっとーに秋月しゅうげつ?」

「お前の目は節穴か」

「オレの目が見てるのが秋月だから、疑うの! ……って、聞いてる? 秋月ってば!」


 ぎゃぎゃー騒ぐウェンを余所に、琴音を抱えたまま室内に戻っていく。

 その後ろから、「おい、無視すんなー」というウェンの焦った声が聞こえるが、そんなものは知らん。

 今の俺は琴音のことでいっぱいなんだ。

 室内に入ると、幾つかのぬいぐるみが置きっぱなしになったソファーに寝かす。琴音の体はまだ小さいので、ソファーも余るくらいだ。それでも転がらないように奥の方に寝かせ、それから風邪を引かないように近くにあったバスタオルを掛ける。

 一連の動作を後から追ってきたウェンが見ていたようで、先ほどと同じようなことを口にする。


「……お前な、俺にケンカ売りに来たのか?」

「そういうわけじゃないけどねー。だって、伝え聞く話は以前のキミとは全然別人としか思えない話ばかりだったからさ」

「悪いか」

「だから、悪くないと思うけどー。でも、やっはり信じられなくて、自分の目で確かめに来たんだよー」


 悪気のない顔で普段通りの軽い口調で言い返すウェン。

 ウェンは口調や態度で軽く見せて、その実、自分の能力をあまりひけらかさない。ひけらかさないというより、ウェンの強さがどれくらいなのかを、周囲に分からなくさせている。

 実際のウェンの力は、俺と対して変わらなかったが、実力をなかなか見せないため、周囲は俺より劣ると思っている。

 本人が事なかれ主義ってのも一因だろうが、同年代で同じくらいの吸血鬼となれば、あれこれ揉める元でもあるのが要因だろう。数が少ないくせに、派閥みたいなもんがあるからな。多くの優秀な吸血鬼を輩出した名門とか……今なら鼻で笑い飛ばすような話だ。


「で、どうするつもりだ?」

「別にー。ただ単に確かめに来ただけ。あ、あと、トリィが秋月に会えなくてショックを受けてるよー」

「あ―……トリィには悪いって伝えてくれ。今、コイツ(琴音)を連れて戻るわけには行かないからな」


 琴音を十六歳まで守るという契約のもと、その血をもらった。

 おかげで力は格段に上がったが、それでも琴音の血に狂った大勢の吸血鬼を相手に琴音を守るのは大変だろう。

 俺ひとりなら多少の怪我は構わないが、琴音は人間――しかもまだ子供。危険にさらすわけにはいかない。俺たちにとっては些細な怪我でさえ、その命を落としかねない危険となる。


 琴音の血は特別だ。その血が流れていなくても、琴音がそこに居るだけでその存在を知らしめる。

 だから俺は琴音と契約した後、あまり他の吸血鬼が居ない場所を探して、そこに移り住んだ。また、琴音を狙ってきた奴らを、ここに来るまでに追い返すために、住宅街より少し離れた静かな場所を選んだ。

 購入に関しては、家が裕福なため特に問題なし。

 両親は俺の言い分を聞いてくれ、また、琴音に会ったら自分たちもどうなるかわからないからという理由で、あれから会ってはいない。放任主義な親だが、割と理解もあったらしい。

 自分で選んだ結果だが、ほとんどの仲間と縁を切るような形になった。


 そんな中で、ウェンだけは琴音の血が欲しいとは言わず、平然と俺の前に顔を出した。

 こっそり俺に隠れて狙っているんじゃないかと疑ったが、そうでもないようだ。

 ウェンは琴音と契約する前の俺と、契約後の変わったという俺――どちらに対しても同じ態度を取った。

 その友人の好意が嬉しくて、ウェンは家に出入りする許可を出した。

 吸血鬼とは、招いてもらえないとその家に入ることはできないため、ウェンはしっかり俺からそれをもぎ取って、たまにふらりと立ち寄って、他の吸血鬼たちの動向を話してくれる。

 俺にとって唯一の繋がりで、あとは琴音だけ。


 それが、より琴音に対する執着にすり替わったのかもしれない。

 小学校から中学に変わる頃からだろうか、琴音に近寄る存在に苛ついた。それがたとえ琴音と同じ人間でも。

 同性ならいい、異性なら……学校で、色々な同年代の子供と接しているのを見て、何故か妙に腹立たしかった。

 …………独占欲?

 待て待て、いくらなんでも、子ども相手に独占欲出してどうする?

 と、俺は思いとどまる。

 が。

 他の奴と琴音が一緒に居るのに妙にいらつくのは、俺のものだと思うから……だー、違う!

 確かに中学に入った頃には琴音はすでに成長していたが、大人というには程遠い。ましてや、ずっと面倒見てきた子に対して、そんな気持ちを持つ方がどうかしている!

 ガキだガキ。まだあいつ(琴音)は保護者が必要な年齢なんだ。言動も幼いし、自分が女だという自覚があるのかだって怪しい。

 さっきだって、風呂上りにタンクトップに短パンのまま台所をうろうろしてるし。


 そうして、琴音は子供だから……としばらく葛藤する羽目になる。

 が、一度気づいてしまった後は、自分でも早かったと思う。

 ウェンに相談し、契約の切れる十六の誕生日の日に、琴音を吸血鬼にしてその血の呪縛から解き放つ。

 あとは、琴音が俺に対してそういう気持ちを持つかどうか……こればかりは操るような真似をしたくないから、琴音の気持ちに任せるしかない。

 俺の方を見てくれればいいと思いながら。


 でもな、琴音。俺はそう簡単に逃がすほど、軽く考えてはいないんだぞ。


 そう思いながら、琴音の十六の誕生日に向けて準備を始めたのだった。


本編が始まるまでの秋月の心境の変化という感じ。

これでこの話は番外編も含めて終わりになります。

最後までつき合ってくださった方、ありがとうございました。

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