第1話 そっちかよ!
「そっちかよ!」
私、大野悠里は思わず叫んでしまった。
コンビニからの帰り道、信号無視したトラックに轢かれるー! と思ったところまでは覚えている。
そこまではいい。
いや全然よくはないけど、まあこの際だ。
問題は、気がついたら「王子様」になっていたこと!
おかしいだろ!
私、大学生の女子なのに!
しかもーー
「クラウディア・フォーディン公爵令嬢! この私、ユーリ・グランバーク王太子はおまえとの婚約を破棄する!」
そんなことを言い放った直後の王子様に!
なんでわかるかというと、その言葉を聞いていま「目が覚めた」から。
立っているのは結婚式場みたいな西洋風の大広間。
目の前には深紅の豪奢なドレスを着た女の子。
傍には白いゆったりとした法衣に身を包む女の子。
離れたところには幾人もの中世西洋風の服を着た人たち。
つまり。
これはどう見ても異世界転生! なのになんで女の私が婚約破棄した側なの!?
逆でしょ、逆! ぎゃく!!
普通、私が「可憐で可哀想なお嬢様」になって後から逆転するんでしょ!!
しかし夜の窓に映る私は紛れもない金髪美青年。
あらイケメン。
じゃなくて!
そもそも、なんでいきなりこんなところに?
普通、こういう転生って神様のとこに行って、スキルとかもらって始まるんじゃないの?
「あーもう! どういうことなのー!」
髪をかきむしりながら叫ぶ私。
それを変なモノを見る目で眺める周りの人たち。
……いきなり王子様が叫び出したらそりゃ見るか。
「ユーリ殿下。それで、婚約破棄ですか。……そんなに私がお嫌いだと」
そのざわついた状況を打ち破ったのは、目の前の深紅のドレスの美人さん。
めっちゃ怒ってる。
そりゃそうか。
「えーとね、ちょっとまってね、とりあえず頭の中を整理するから」
好きも嫌いも、私はそもそもこの子のことを知らない。
いや、もしかして知ってたりする?
王子様の記憶を共有してたりとか?
思い出そうと頑張ってみる。
……無理っぽい。
「ご自分から言い出しておいて、とぼけないでくださいますか!? 王太子殿下ともあろうものが……。今さっき高らかに宣言していたではありませんか!」
この子の人生を私? がめちゃくちゃにしたところなのはわかる。だから怒ってるのもわかる。
わかるけど、「やっぱいまのノーカン」と気軽に言っていいやつなのかがわからない。
目の前にはプンプン怒っている子。
横にはこわ〜いとか言いながら私の腕にしがみついてくる子。
そして婚約破棄シーン。
典型的すぎる悪役令嬢モノである。
「ひとつだけわかったわ! アナタ、悪役令嬢ね!?」
「誰が悪役ですか!!!」
イキイキと指摘した私の三倍くらいの声量で怒られた。
ゴメンナサイ。
「と、とにかく! ユーリ様は私と婚約されるのです! クラウディア様が私を酷くいじめてきたせいでこうなったのですから、自業自得ですわ」
埒が明かないと思ったのか、私の腕にしがみついている子が話を進める。
「何を馬鹿なことを! 私はそんなことはしておりません。聖女リリア、全てはあなたの自作自演でしょう! ただでさえ帝国との緊張が高まっているこの大事な時期に……ユーリ殿下に何をしたの!」
目の前の赤い子がクラウディアで、隣の白い子がリリアね。
聖女かー。いかにもって感じ。
「はいはい、ストーップ。ケンカはそこまで。何があったのかお姉さんに話してごらん?」
私は二人の間に割って入る。
「お、おね……?」
「ユーリ様、気色悪いですわ」
二人して一歩後ずさる。
あっ、いま王子様なんだった。
「いやー、信じてもらえないと思うけど、突然さっきから中身が私になっちゃったんだよね〜。あ、私は大野悠里。二十歳の女よ」
一応、自己紹介しておく。
「王の、ユーリ? ゆくゆくは王となる方とはいえ、殿下は王太子。さすがに王を名乗るのはいかがなものかと」
……あー。
大野悠里が王のユーリってやかましいわ。
奇跡的な誤解だなおい。
……っていうか日本語のダジャレ通用するんだ。異世界、不思議。
「クラウディア、紛らわしくて悪いんだけど、王子様のユーリじゃなくて悠里って別の人に中身が入れ替わったのよ。まあ簡単には信じられないわよね、そりゃ」
綺麗な顔を怪訝と不審に染めるクラウディアちゃん。
一方、なんか愕然とした顔をしているリリアちゃん。
と思ったら。
「ユーリ様をたぶらかす悪霊め! 消え去れ!」
突然そう叫んだリリアの手がいきなり黒く光ったと思ったら、私がその黒い光に包まれる!
なにこれ!? 魔法ってやつ!?
痛くも熱くもないその光が収まった時――
「なっ……!?」
クラウディアが目を見開く。
「あら?」
急に服がゆるゆるに。
余った袖で手が隠れる。
声も高くなった。
「なんか私縮んだ?」
子供……いや、これはどうやら女性の身体になったらしい。
どう考えても今の魔法? のせいよね。
さすが異世界、なんでもアリね。
……王子様成分ゼロになっちゃったけど、いいんだろうか。
いやでも、やっぱり女性の方がなじむわー。
元の体とはちょっと違うみたいだけど。
「……!」
そんな私をひと睨みすると、リリアは急に走って逃げ出した。
「え? どしたん?」
ボケーっと見てると、大勢の衛兵がその後を追う。
「ユーリ、殿下……?」
クラウディアが恐る恐るという感じで話しかけてくる。
うーん、この子にしてみると、婚約破棄される、王子様がおかしくなる、王子様が女になる、って異常事態の三連コンボか。かわいそうに。
こんな時は、努めて明るくポジティブに!
「どーも! 異世界人でっす! よろしくっ!」
顔の横にピースを作ってそう言った私を見て、クラウディアは気を失って倒れた。
「ちょーっと! おーい!」
どうも、異世界人アピールは逆効果だったみたい。ごめんごめん。




