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第二話

女の子にぶつかった男子は気付いていなかったのか、そのまま変わらず他の男子と話し続けていた。おれが女の子がきちんと立てる姿勢になったことを確認すると、その男子の背中に視線をやった。


おれのその視線に気づいた別の男子がぶつかった男子に何か話したようで、すぐにぶつかった男子は女の子に謝った。むしろ、反応が好意的で助かった。


おれも無意識に視線を圧を送ってしまったのかと焦ったが、それを不快と思われなくて胸を撫で下ろした。


そのままおれは自分の席に戻ろうと踵を返そうとした時、制服の裾をくんと掴まれた。


振り向くと、先程の女の子と視線がぶつかった。


「あんな言い方をしてすまない。転ばずに助かった。このクラスで一年間同級生と過ごすわけだし、あらためて自己紹介をしないか?」


変な口調に首をかしげたが、おれはそのまま「うん」と答えた。


「私は瀬能第一中から来た権田原芙由だ。よろしく」


瀬能第一、秋人が通っていた中学だ。とはいえ、出席日数がぎりぎりだったらしい。


「あ、おれは笹道中から来た多田充春、です」


「多田くん、だな。うん、覚えた。私のことはごんちゃんとでも呼んでくれ」


「ごんちゃん?」


「権田原、だと長いし、嚙みそうな苗字だろ?大体中学の同級生はごんちゃんと呼んでいた」


呼んでいいものかどうかしばし悩んでいると、教室の外から「ごんちゃーん」と呼ばれる声がした。


「あ、すまない、中学の時の友人だ。ではまた」


ちゃっと片手をあげて去っていて権田原さん―――ごんちゃんはきっと大分かなりの変人な同級生だなと勝手に位置付けた。


権田原さんは口元に笑みを浮かべながら中学の同級生らしき女子と何やら話し込んでいる。眼鏡を掛けて、権田原さんよりは大分身長差があるのか、マスコットのように頭に顎を置かれて遊ばれているようだ。でも、本人は嬉しそうに見える。


秋人はこちらのクラスに顔を出してこないので、すでに新しいクラスでたくさんの女子に席を囲まれて動けなくなっている可能性がある。それほど、秋人には唯一無二のカリスマ性や容姿がある。


おれも一人の世界に留まらずに色々な同級生と交流を持っていかなくては。


ひとまず、先程権田原さんにぶつかってきた男子ともう一人の男子に声を掛けに行っていることにした。




クラスの自己紹介でそれぞれの好きなものや嫌いなものを自然と紹介することになった。権田原さんはやはりというべきか絵を描くことが好きだと話していた。そして、嫌いなものというより嫌いな季節は冬だという。名前が芙由なのに夏の方が好きになってしまったと話していて、クラスの笑いを誘っていた。


笑いを取る紹介をした方が、今後のクラスの中の印象としては強いと意気込んだものの、今後の自分の立ち位置を左右する言動を皆の前で晒すのはリスクが高いと判断し、おれはすごすごと月並みな紹介を披露するのに落ち着いた。


だけど、中学の時に陸上部で短距離やってました、と話すと先ほど少し話した男子二人組もどうやら陸上部だったようで、更に色々と話せるきっかけになったことは功を奏したと言えるのかもしれない。


入学初日は簡単なオリエンテーションと諸連絡で終わった。明日には部活の見学に行けるとのことで、おれは仲良くなった長崎くんと増島くんと一緒に陸上部を見に行こうと約束した。二人と別れて昇降口に向かうと、一人で不機嫌そうに壁にもたれて立っている秋人がいた。その秋人のまわりを何人もの女子がちらちらと視線を送っている。


話しかけづらいな、と思い、一旦は他人の振りをして外まで出ようと反対方向の出口まで歩きかけた時、「充春!」と大きく声を掛けられて足を止めた。


そしてそのまま背負った鞄ごとおれの背中に伸し掛かってきた。


「―――ねぇ、今逃げようとしたよね?酷くない?ていうか、もっと早く来いよ」


「あ、ああ、ごめん。ていうか重いよ。ちょっと仲良くなった子たちと部活の話をしていたからさ」


「へぇ、もう仲良くなったんだ。うらやまー俺なんてクラスの男子と話したくても遠巻きにされてさ。初日の人間関係が全く作れなかったよ。てか、部活って陸上?中学でやってたって言ってたよね」


「うん、ちょっと明日見学してから決めるけど。湊浜は短距離、長距離と結構県体とかで成績残しているんだよね。だから、入る人たちもそれを求めて入ってくるっていうか、やるなら本気でとことんみたいな人たちばかりだから。おれはその中に入っていけるのか、今から不安になっているんだよね」


「今から不安になっててもしょーがないでしょ。充春なら大丈夫だって」


秋人は芸能人スマイルを否応なく振りまいてくるので、おれはいつも気恥ずかしくなってしまう。だけど、秋人は嘘はつかない。それに、秋人のおかげで家族の生活が大きく助けられたこともあり絶対的な信用を持っているのは確かなのだ。


「なぁなぁ、お昼もまだだしどっか食べに行こうよ。あ、でも天気もいいから「SAKURA」で何かパンを買って近所の公園とかで食べようか」


「すみませんね、お買い上げ有難うございます」


おれが深々と一礼すると、秋人は笑って「まだ買ってねぇし!」と言った。




自転車で坂を下り、ぎゅんぎゅんと周りの景色が動くのは圧巻だ。


冬になると吹いてくる海風が冷たくて、頬や耳がめちゃくちゃ痛くなるのかもしれないけど、それはそれで海の近くの高校に通うという醍醐味でもある気がする。


「SAKURA」の前まで来ると、まだお昼前だというのに店の前には何人も店内に入れなくてはじき出されている人がいる。店内が狭く、パンも所狭しと並べられているので混んでいる時は店内に8人までと制限を掛けている、と桜良から聞いていた。


「いやーいつも「SAKURA」は大盛況だね」


「これも秋人大明神さまのおかげでございます」


おれがまた頭を下げながら礼を言うと、秋人は「崇め奉りたまえ!」と上体を逸らしながら意気揚々と言い放った。


「母さんがさ、ここのバゲット買って行ったら「ここのしか食べない!」とかめっちゃ我儘言う訳よ。イライラが溜まると俺に八つ当たりがくるからさ、買って行ってあげようかなって」


困ったように笑う秋人はどこか嬉しそうだ。


「今度、映画の撮影で3カ月くらいで海外に行くらしいんだよ。ヨーロッパの、どこだったかな?このバゲット持っていくとか無茶言うんだよ。だから海外行く前に食べきれって」


「その間、ご飯とかどうするの?」


「まぁ、週に二日くらいは家政婦さんが来てくれるし、Uberとか頼めばいいし。基本一人でも全然暮らしていける」


「食事とかは何とかなるけどさ、やっぱり一人だと寂しいじゃん」


おれが何気なくそう話すと、秋人はちょっとびっくりしたような表情をした。その後におれの頭をくしゃくしゃっとかき混ぜてにやっと笑った。


「やっぱ充春は充春だなーいい奴だよほんと」


「おいおい、あまりやるとぐちゃぐちゃになるって」


「でもさ、幼少時から一人にされることとか多かったし、友人もほとんど友人面している他人だけでさ、俺個人に興味ない奴らばっかりだったし、寂しいっていう感情なんてとっくに捨ててきちゃってるんだわ」


表情は笑顔なのに、声の抑揚が一切なかったことでおれはそのまま固まった。


「うん、だから充春は俺のことは気にしなくていいよ。俺はこうやって一緒にパン屋行ったり学校に一緒に行ってくれたら、それだけで嬉しいから」


お礼を言われているのに、どこかこれ以上踏み込んで欲しくないと檻をつくられてしまった。それは去年知り合った頃から変わらずで、あまり不可思議であるということを突きつけて欲しくないとか、同情されたくないとか思っているのかもしれない。


だから、おれもそれ以上踏み込んでいけない。


「そっか、わかった」


「あ、中に入れそう。入ろうか」


店内に入ると、パンの香りで溢れていて鼻孔をくすぐり、尚且つ腹の音まで鳴ってしまった。


「俺は、またこのツナコーンカレーパンにしよう。一回食べたら止まらなくなっちゃったわ」


秋人は即断即決なのか迷いなくいくつもトレーにパンを載せていく。おれは対照的に一つのものを買うのに、吟味しすぎてしまうところがある。桜良に付き合わされて以前買い物に行った時、カフェで食べるものを一つに絞れずに呆れられてしまった。


何となく、失敗するのが怖いといった気持ちが先行しているのかもしれない。


失敗を恐れていたら何事にも挑戦できない、とは部活の顧問や先生たちに言われるけれど、自分の選択した先にふとした穴が広がっていたらと思うと迂闊に進めないのだ。


多分、中学の時の陸上の大会での出来事が尾を引いている。


視線を上げるとエビフライコッペが残り1個だった。エビフライ好きを公言しているおれとしては、ここはぜひとも食べておきたいところだ。


手を伸ばしたところ、隣からさっと手が伸びてきて瞬時にその姿がかき消された。


勢いよく隣を見ると、頬の高さに切りそろえた黒髪の女性が嬉しそうにトレーに載せていた。


「……権田原さん?」


おれの声に気付いているのかあたりをきょろきょろし始めた。やっと視線がそろうと、目を丸くして笑みを浮かべた。


「―――多田くんじゃないか。奇遇だな!」


「うん、本当、偶然だね」


おれの視線は彼女のトレーの上に注がれているが、今更おれもそのエビフライコッペ、食べたかったんだけどなどと未練がましいことは言いづらかった。


「ごんちゃん、どうしたの?」


後ろから眼鏡を掛けた長身の女性が声を掛けてきた。そして、おれの制服に気付くと、「おっ」と声を出した。


「同じ湊浜の制服だ……あ、もしかしてごんちゃんのクラスの人?」


「そう、多田くんだ。今日、友達になった」


友達なの?と一瞬疑問に思ったが、目の前の権田原さんは目をキラキラさせながらおれを見つめている。今更否定はできない。


「あれー芙由じゃん。福永さんも」


もう会計を終えたのか、秋人が店内のロゴが入った袋を持っていた。


「秋人、久々だな、元気だったか」


「まぁね。まさか、同じ高校に入学しているとは思わなかったけど」


女子と名前を呼び合う仲、というのがまずびっくりさせられた。秋人は滅多におれ以外の友人関係を語ろうとしなかった。しいていえば、「SAKURA」のチラシを作成してくれたという知り合いという匿名の人くらいだ。


「芙由たちもこれからお昼?じゃあ、折角だし4人で食べようよ」


秋人がそう言うと、権田原さんの隣の福永さんと呼ばれた女子は心底嫌そうな顔をした。


それに気づいていないのか、秋人は「外で待ってる」とだけ言い残して店を出た。


「まこちゃんは、態度があからさまだなぁ」


「そりゃそうよ。あいつと一緒にいるだけでどれだけの女子にグチグチ言われたか。芙由は我関せずというか気にしなさすぎだけど、私はデリケートなんだから」


「ごめんごめん」


そしてそのままパンを二つほど買って、外に出た。レジを担当してくれたのは最近入ったというパートさんらしく、おれに気付くと「ありがとうね」と小声でお礼を言ってくれた。店内の奥を見ると、父さんが忙しそうにパン窯に成形したパンを入れていた。忙しすぎて、おれが来たことなど気づいていないのだろう。


外に出ると、何やら秋人に福永さんが何か話していた。権田原さんは待ちきれないのか、すでにパンに齧りついている。


「おーやっと来たか。じゃあ行こう」


「私はごんちゃんと二人でお昼食べたいのに……」


福永さんがぶつぶつと何やら呟いているが、権田原さんはぽんぽんと背中を叩いて怒りを制していた。


おれたち4人は自転車を引きながら近くの公園へ移動を始めた。

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