三度目まして
ぽっかりと目が覚める。
知らない天井。ここ、どこ?
身体がぎしぎしする。眠る前のことを思い出しながら上体を起こした。ベッドに寝ていたみたい。すごいなぁ、このベッド、天蓋付きだよ?
お姫様が使うようなベッドで伸びをした。うーん、知らないパジャマを着ているね。赤いミニスカサンタの衣装、どこいった。
そこまで考えて、思い出す。
そう、クリスマスパーティー。からの、転移。からの。
「ダニールさん!」
全部思い出した!
私、ダニールさんに誘拐された!?
気絶するように眠っちゃう直前のこと。たしかダニールさんが、私を転移させたって。ここ、ガラノヴァ帝国ですか……!?
ガラノヴァ帝国はラゼテジュからすごく遠い国。ジローの実家である獣人の国よりもさらに西にあるって聞いた。そんな所に私を転移させるなんて。しかもラチイさんには内緒で。
いったい、ダニールさんは何がしたいんだろう?
これは直接、ダニールさんに聞くべきだ。どうして私をここに連れてきたのか。詳しく聞かないことにはどうにもならない。
私はベッドにかかっているカーテンをシャッと開けた。ベッドから降りようとして、びっくりする。
「あら、おはよう」
「キーラさん!?」
黒髪のストレートに青い瞳。口元には色っぽい黒子。お胸も大きくて、腰がキュって細くて、グラビアアイドルみたい。黒のホルターネックにオフショルのトップスを組み合わせて、スリットの入ったタイトなロングスカート。
前にダニールさんがナンパしてお約束をブッチした美人お姉さんこと、キーラさんがお部屋のソファーに座っていた!
「ふふ。久しぶりね、チカ」
「えっ、なんでキーラさんがここにっ?」
あんまりにもびっくりして目を白黒させていたら、キーラさんは青いサファイアのような目を細めて微笑みかけてくれる。
「貴女のお目付け役みたいなものかしら」
「へっ? お目付け役?」
「ゲーアハルト様のご命令よ」
ゲーアハルト。
知らない名前に私は首を傾げる。
「ゲーアハルトって、誰?」
「私たちのボスよ。この国の皇帝陛下」
この国の皇帝陛下ってことは、ガラノヴァ帝国の皇帝ってこと? なんでそんな人がキーラさんに命令して、私を見張らせるの?
「命令って、私をここに連れてくるようにダニールさんに言ったのも?」
「そうね。ゲーアハルト様だわ」
「つまり誘拐犯のボス!?」
「チカから見たらそうなるわね」
にこりと微笑むキーラさん、大人の余裕を感じるー!
諸悪の根源はそのゲーアハルトって人なんだね! 私を誘拐して何するつもりなのさー!
ふんすふんすとしながら、ふと思い出したことがあった。ついでに聞いておこう。
「そうだ、キーラさんとダニールさんは知り合い?」
「ええ。同僚みたいなものね」
「えっ、じゃあキーラさんも第三魔法研究所の人!?」
同僚って言われてびっくりすれば、キーラさんはうふふと笑って首を振る。
「ラゼテジュじゃないわねぇ。私もダニールも、ガラノヴァ帝国の諜報員。彼は私の部下よ」
私はもっとびっくりしてしまう。
ダニールさん、まさかの二足のわらじ!?
「えっ、いや、待って? 今、諜報員って言った?」
「言ったわね」
「諜報員って、諜報員? スパイとか、忍者みたいな?」
「スパイもニンジャも分からないけれど……そうねぇ、他の国にちょこっとお邪魔して、情報を主人に届けるお仕事かしら」
うーん、やっぱり諜報員!
キーラさんの言葉に納得しつつ、私はますます困ってしまう。
ダニールさんがガラノヴァ帝国の諜報員だったとして。ラゼテジュ王国にいたのは、スパイ活動をするためってこと……?
しかも第三魔研って、けっこう秘密にしておかないといけないようなところじゃないの? 研究所に忍び込むって……いや待って、忍び込んではないね? 堂々と職員として正面から出入りしてたね!?
「ダニールさんすごい、スパイ映画みたいなことしてる……!」
「よく分からないけれど、あまり褒められるような仕事ではないわよ……?」
キーラさんから困ったような子を見るような視線をいただいてしまった。いやだって、リアルスパイとかかっこいいじゃん!?
とはいえ。
「ダニールさんが諜報員さんなのは分かったよ。私に魔宝石を作って欲しいんだよね?」
「あら、聞いているの?」
「んー……なんか寝る前に、ダニールさんがそんなことをふわっと、つらっと?」
けっこう意識が朦朧としていたので、ふんわりとしか覚えていないんだけど。
そう伝えれば、キーラさんがソファーから立ち上がって私のほうへと歩み寄る。ベッドから降りようと足をぷらぷらしていた私の身体を優しく押して、ベッドの中へと戻るように促した。
「ダニールの言った通りよ。貴女に魔宝石を作ってほしいの。でもその話の前に……もう少し休みなさい」
「えっ、なんで? 私、元気だよ?」
キーラさんが私の肩を軽く押す。
それだけで私の身体は簡単に後ろへ倒れてしまった。
「貴女、魔力感知能力が異常に高いんですってね。丸一日眠っていたのよ。ダニールが大慌てしていたわ」
えっ、丸一日!?
そんなに眠っていたの!?
「言われてみればお腹が空いたかもしれない……」
「貴女、なかなかに度胸があるのね」
シーツにもぞもぞと入り直せば、キーラさんが私を見下ろしながら変な顔になる。呆れたような、面白そうな、それでいて距離を置きたそうな。そんな表情。
だから私は、そんなキーラさんににっこりと笑う。
「だってくじけたって何にもならないし! それなら私は、私にできることを精一杯するだけだよ」
そう伝えれば、キーラさんが眩しそうに目元を細めた。
それからベッドに備えつけられた天蓋の端をそっと引く。
「食事の準備をしてあげるわ。それまでもう少し、横になっていなさい。詳しい話は、そのあとよ」
「はーい」
ちゃんとご飯をくれるらしい。ご飯が食べられるなら、まぁ、どうにかなるよね。
そう思いながらうとうとしていれば、私の身体はまだ休息が欲しかったらしい。キーラさんに起こされるまで、また眠ってしまった。
「チカ、起きなさい」
「ひゃっいっ」
キーラさんに起こされて、私はパッと飛び起きる。うとうとするだけのつもりだったのに、普通に寝ちゃったよー!
「起きれそうかしら」
「大丈夫です! 起きます!」
あわあわしながらベッドを降りる。キーラさんに呼ばれてソファーのほうに行けば、ローテーブルにちょっとした軽食が置かれていた。
丸いパンとスープ。それだけ。
「……病人食?」
「一日何も食べてないんだから、今はそれだけ」
「……うぅ、私の楽しいクリスマスが……」
日本はまだクリスマスムードだったのにー! クリスマスパーティーしたけど、まだ美味しいものはいっぱい食べれる予定だったのにー! それがまさかの病人食になるなんて……!
「私からおいしいご飯を奪った罪は大きいと思う、ダニールさんめ……」
「……貴女ってほんと、つくづく平和ねぇ」
キーラさんに呆れられたように言われる。へへへ、日本人ですから平和主義なんですー。
私はさっそく「いただきます」をしてスープを一口。あっさりした塩スープ。うーん、コンソメスープが食べたかった気持ち。丸パンもかじる。バターの香りや小麦粉の甘みなんてなくて、美味しいかと言われると微妙なところ。これがこの国の標準だとしたら、あまりにも食に興味なさすぎない……?
「ごちそうさまでした!」
「食べたらそれに着替えて頂戴」
キーラさんが指をさすほうを見る。
部屋の隅には姿見と籠が置いてある。籠の中に服が入っているみたい。それに着替えるってことね。
まぁでも待ってくださいよ、キーラさん。
「着替える前にお風呂入りたい」
「オフロ?」
「一日寝てたから、ちょっと身体がさ」
匂わないかとか、気になっちゃうよねー!
キーラさんにお願いってすると、彼女は姿見のほうへともう一度指をさす。
「姿見の前にラグがあるでしょう。あのラグには浄化の魔法陣が刺繍されているわ。魔力を流せば、身体の汚れを浄化してくれるわよ」
えっ、何それめちゃくちゃ便利じゃん……!
私はワクワクしながらラグに乗りにいく。鏡に私の姿が映り込む。うーん、このパジャマ、あんまり似合ってなくて違和感!
で、待つことしばし。
「……キーラさん」
「どうしたの?」
「魔力を流してぇ……!」
私魔力ないから、この浄化の魔法陣を起動させられないよー!
キーラさんに泣きつけば、彼女はちょっと考える素振りを見せて。
「……やっぱりお湯を用意するわ。ダニールに、貴女に他人の魔力を当てるなと言われているのよ」
なんてこったダニールさんー!
「ちょっとくらい、駄目?」
「そのほうが楽なのは間違いないけれどね。また倒れられても困るのよ。貴女、魔力感知能力が高すぎるから」
うぅー、そんなことを言われたら引き下がるしかないよ。
仕方なく、キーラさんがお湯を持ってきてくれるのを待つことに。日本やラチイさん家みたいなお風呂文化はここにはないみたいで、ちょっとだけショックを受けた。




