ハンドメイド作家と裏切りの魔術師
ラチイさんの焦ったような顔が見えて、消えた。
いつの間にか慣れてしまっていた、一瞬の浮遊感。
足元が光ったと思ったら目の前の景色が変わった。
瞬間、心臓がギュンンンッと引き絞られたかのように痛んで。
「いっ、ああああっ!!」
痛い痛い痛い痛い!
心臓が、痛い!
『ーーーー!?』
『ーーーーー』
心臓を押さえて、うずくまる。うずくまってるのも痛い。涙が出る。喉の奥から悲鳴が上がる。
『ーーー! ーーーーーーーー!』
だれ、か、いる、の?
視界がチカチカと明滅する。
誰かがいるのを理解したけど、言葉も聞こえない。薄い膜が張られたようにくぐもって聞こえる。
浅く呼吸を繰り返して、心臓を握りつぶされたような痛みを逃そうとするけど、全然っ、むりっ! 死んじゃ、う……っ!
なんでこうなったの、なんでこんなに痛いのっ!?
誰かに身体を押さえつけられた。
やめて。痛いの。胸が、心臓が、息が。苦しいの。
半狂乱で泣きじゃくりながら蹲ろうとするのを、誰かたちが押さえつけてくる。やめてほしい。痛い。嫌だぁっ!
暴れたせいか、痛みのせいか。
意識が遠ざかる。
そこでようやく、心臓の痛みが、スッと消えた。
「いっ、あ……?」
汗や涙で全身がぐっしょり濡れてる。気持ち悪い。呼吸をするのもしんどい。喉の奥がヒューヒュー言ってる。口の中は錆の味。
何が、起きた、の?
「チカちゃん! 大丈夫か?」
「だにーる、さん?」
私の肩を持って起き上がらせてくれたのは、見慣れた顔の人だった。
ワインレッドの髪にエバーグリーンの瞳。間違いなく、第三魔法研究室のムードメーカーであるダニールさんだ。
ダニールさんは会うたびに快活に笑ってくれる人。
そんなダニールさんが、苦しそうな、悲しそうな顔で、私を見下ろしている。
「すまん、チカちゃん」
「な、にが……?」
「チカちゃんの体質がここまでとは思ってなかった……すまん」
二回も謝られた。
いったい何? ダニールさんがいるってことは、ここは異世界なの?
分からないことだらけで、頭がくらくらする。
今分かることは、ダニールさんの髪と瞳を見て、クリスマスカラーだなってことだけだ。今日はクリスマスだから、会いに来てくれたのかな、なんて。たぶん、絶対に、違う気がするけど。
「落ち着いたか」
「ゲーアハルト様」
もう一人、別の声が降ってくる。
黒髪に獰猛な金色の瞳した男性が、私を見下ろしてきた。
この人、どっかで見たことあるような……?
ぐらぐらする頭で記憶を掘り返すけど、上手くいかない。この人、だれ〜……?
「この女が魔宝石職人か。魔力にあてられて死にかけていたのに、魔力素材に触れられるのか?」
「転移の際に多量の魔力にあてられたのが原因です。少し休ませれば回復するかと。念の為、部屋には魔力遮断の結界を張っておきます」
ダニールさんが敬語だ。敬語で喋るダニールさんっていつぶりだろう。ダニールさんって偉い人にしか敬語使わないのに。えっ、てことはこの黒髪の人は偉い人?
分かんない。
というかラチイさんは? ラチイさんは、近くにいないの?
ぐらぐらとしていた頭が、ふわふわとしてくる。
ふわふわした頭の中に、男の声が届く。
「成果が出るなら何でも良い。だが時間がない。早急に作らせろ」
「御意」
ダニールさんが、畏まる。
不思議な光景だな、と思っていたら、黒髪の男は去っていって。
黒髪の男がいなくなると、ダニールさんが「はぁ〜」と息をついた。
「肝が冷えた……! 転移でこれって、コンドラチイの奴、いつもどうやってチカちゃんを移動させてんだよ!? 普通の転移以上に魔力を使ってんのか!? それとも影響が出ねぇくらいあいつの魔力が馴染んでんの!? そんなんだったらもうお前らさっさと結婚しろ羨ましい!」
うがー! っとダニールさんが頭抱えて天井に向かって吠えてる。
え、あの、これ、本当にどういう状況なのかな……?
絶叫してるダニールさんの声で、ふわふわしてた頭がちょっとシャンっとした。
全身汗だくで気持ち悪いけど、胸の痛みもだいぶ治まっている。よろよろとしながらも起き上がろうとすれば、ダニールさんが私の動きに気づいた。
「身体、しんどいだろ。運んでやる」
「わ、あっ」
ひゃわあ……っ、ダニールさんにお姫様抱っこされちゃった……!
落ちるのが怖くて、ぎゅっとダニールさんの首にかじりつく。
「先に謝っておくぞ。すまんな、チカちゃん」
また謝られた。
どうしてダニールさんは謝るんだろう。
私は疑問のままに問いかける。
「えっと、よく、分かんないんですけど……それは突然の転移と、関係があったり?」
「まぁな」
「ラチイさんがいないのも、謝ってる中に入ってる?」
「そうだな」
私を抱き上げて歩き出したダニールさん。
周囲を見渡す余裕ができたのでちらりと見たんだけど、ここは石造りの部屋だった。壁と天井だけで、他には何もない寂しい空間。
ここにいたのは、私とダニールさんと、さっき出て行った黒髪の男の人だけ。
さっきまで一緒にいたはずのラチイさんは、いなくて。
これ、ラチイさんは知っているのかな。たぶん知らないんだろうな。知ってたらあんな焦ったような顔しないだろうし。何よりきっと、ここにいるはずだし。
私の問いかけに頷くばかりのダニールさん。
私はダニールさんの腕に揺られながら、その顔をぼんやりと見上げる。
石造りの部屋を出ると、今度は石造りの階段と対面した。ここ、高い場所にあったらしい。円形の塔なのか、ぐるぐる回るような階段が下に続いている。
あ〜、だめだ。ゆらゆら揺れると、また、意識が遠くなっちゃうなぁ。
「……どうして、私を呼んだの?」
「魔宝石を作って欲しいんだよ」
「ラチイさんは呼ばないの?」
「コンドラチイは……」
気になることをぽんぽんと問いかけ続けていたら、ダニールさんの足が止まる。
私は落ちそうになる瞼を必死に押し上げて、ダニールさんを見る。
ダニールさんは、すごく、泣きそうな顔をしていて。
「コンドラチイは来ない。ここは、ラゼテジュじゃないから、来れない」
ここはラゼテジュじゃない……?
じゃあどこなの、と聞いたと思う。さっきからうとうとと眠気の波が襲っていて、ちゃんと言葉にできたか分かんないけど。
だけどたぶん、ちゃんと言葉になっていた。
だって、ダニールさんが答えてくれたから。
「ここはガラノヴァ帝国。ラゼテジュ王国よりずっと西の……獣人連邦をさらに越えて、ガラール山脈も越えた先にある、最果ての国だ」
ガラノヴァ帝国。
最近よく聞く名前の国。
知っていることは、ラゼテジュからすごく遠いってことだけ。
ダニールさんが再び歩き出す。
どこへ向かっているんだろう。
ゆらゆら揺られていると、また頭がふわふわしてきた。
どうしてこうなったのか。どうして私がダニールさんに呼ばれたのか。どんな魔宝石を作れば良いのか。
分からないことだらけだけど、今は。
「せっかくのクリスマス、だったのに」
美味しいものを食べて、プレゼントを交換して。
ラチイさんとささやかなイルミネーションを見て。
将来のことをちょっとだけ思い描いて。
素敵な聖夜になるはず、だったのに。
全身から力が抜ける。
もう耐えきれなくて、意識がすこんと抜けた。
お読みくださりありがとうございます!
大変お待たせしました、最終章スタートです……!
週1程度で更新の予定です。ブクマ、評価、いいね等いただけると励みになります!




