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思い出の中の友情

 コンドラチイは転移の魔法陣をスクロールに描き終えると、魔術を発動させた。

 スクロールがあるとはいえ、人を連れての転移は緊張する。表情が強張っていたコンドラチイに、ロランは肩の力を抜くように声をかけた。


 緊張も束の間で、魔術を発動させれば一瞬だった。紫の光に包まれて、次の瞬間には景色が変わる。暗い森の中、コンドラチイとロランは静かに佇んだ。


 周囲を確認しようと視線を巡らせる。

 瞬間、動くのはロランのほうが早かった。


「そこにいるのは誰だい?」


 木の幹にもたれて座り込んでいる人物がいる。コンドラチイも気がついて警戒すれば、暗がりの中でその人物が呆けたように答えた。


「……うっそだろ、コンドラチイとロランか?」

「その声はダニールですね」


 ロランとコンドラチイは、その人物がいる木へと近づく。

 魔術で作り出した明かりを掲げれば、服はボロボロ、擦り傷だらけ、髪もぐしゃぐしゃなダニールが疲れたようにへたり込んでいた。


 コンドラチイとロランは互いに顔を見合わせる。

 そんな二人の様子に、ダニールは苦笑した。


「ダニール、何をしたんですか」

「何をって、ちょっと野暮用で」

「どうせ創世の魔宝石とやらがないか探しに来たんでしょう」

「ありゃ、バレちまったか」


 せっかく助けに来たというのに、どこまでも飄々とした態度のダニールに、コンドラチイの眦が吊り上がった。


「バレたか、じゃありません。死んだら元も子もないんですよ。それにここは王家の直轄領です。その意味が分かっているのですか!」


 普段の姿から想像できない、コンドラチイの息巻く勢いにダニールはのけぞった。のけぞったけれど、背後には背もたれにしていた木があるのでそれ以上は逃げられない。ダニールの無鉄砲を怒っているコンドラチイはぐいぐいとダニールに詰め寄った。


「こんな怪我までして。一人で動けなくなるくらいなら、最初から一人で行動しないでください」

「一人で行動つってもなぁ。俺のやりたいことでお前に迷惑かけるのは……」

「それをダニールが言いますか? 言うんですね? それなら俺にも考えがあります」


 静かに言いおいたコンドラチイはスクロールを広げた。それを見たダニールが目を見開く。ついでに足りない魔力を補強するために魔石も握る。


「お前、スクロールが使えるのか……!?」

「知っているでしょう。俺の魔力が空間属性であるということは。空間属性の魔術なんて希少過ぎて学院じゃ学べませんし」

「あー……ね……」


 天を仰いでがっくりと肩を落としたダニール。ロランが笑いながら土がつくのも構わずに膝をついた。


「立てるかい? 立てないなら肩を貸すよ」

「すまん、いいか?」

「いいってことさ。それにしても、どうしてこんなにもボロボロなんだい?」


 コンドラチイは帰還のための魔力量を測る。耳をすませば、ロランがダニールに尋ねているのが聞こえた。コンドラチイも気になるところだったので、視線をそちらへと向ければ、ダニールはちょっと遠いところを見て苦く笑う。


「いやぁ……不法侵入で捕まりそうになった、とかならかっこ良かったんだけどさぁ」

「実際は?」

「竜に追いかけられた。ここ、竜いるとか聞いてねぇよぉ……!」


 頭を抱えて唸るダニールに、コンドラチイもロランも顔を見合わせた。王家直轄地に竜?


 そんな大型魔獣がいれば大騒ぎになるはず。この森は王城の裏手にある。街道の先には城下が広がっているから、竜なんていれば厳戒態勢になるはずなのに。


「本当にいたんですか? 竜が」

「いたんだってば! 追いかけられたからさ、逃げようとして崖から落ちた」


 ダニールが上空を指差す。ロランが少し距離を取って空を見上げると、納得したように頷いて戻ってきた。


「たしかに崖があるようだね。あそこから落ちたなら、よく生きていたと思うよ」

「そりゃーまー、これでも魔術師の端くれなもんで」


 ダニールが掌の上で風を起こした。魔法陣を使わない、純粋な魔力だけを噴出させて操る魔法の力。ダニールの得意属性は風属性なので、火事場の馬鹿力で助かったのだろう。


「逃げる先は選んでください」

「追われてる時に無茶を言うんじゃねぇ」


 コンドラチイの小言にダニールが耳を抑える。やだやだと首を振るダニールを横目に、コンドラチイはロランに声をかけた。


「帰還します。こちらへ」

「待って」


 ロランが首を巡らして、一点を見た。コンドラチイはスクロールの魔法陣を発動させる直前の待機状態にある。スクロールに描かれた魔法陣が紫色に発光した。

 ロランはダニールに肩を貸しつつ、摺り足でコンドラチイのほうに寄っていく。その視線は油断なく、一点方向を見ていた。


「ロラン、どうした」

「強烈な気配がある。もしかして……」


 ロランが言うと同時に、森で眠っていたらしい動物たちが一斉に逃げ出した。足もとを小さな兎や鼠が。頭上を鳥たちが羽ばたいていく。


「うっわ、やっべぇ!」

「ロラン、はやくこちらへ!」


 ダニールが顔を引きつらせて、コンドラチイがロランを呼ぶ。

 ロランの視線のほうから、大きな影が飛び出した。


『グォオオオオオ!!』


 身体が吹き飛びそうになる威圧感と、耳を塞ぎたくなるほどの咆哮。

 闇夜に紛れて、木ほどの大きさの魔獣が一頭現れた。ダニールの言っていた竜なのかもしれない。


 三人の顔色が変わる。

 コンドラチイが魔術の行使を中止した。それを見たロランはダニールを担ぎ上げる。ダニールがぎょっとした。


「ちょっ、うそだろ!? 自分で走れる!」

「足を怪我しているんだろう? 大人しくしておくれ!」

「竜の威圧で場の魔力が乱れました。竜から距離を取ったところで転移します。ダニール、囮を」

「は!? 俺が囮!?」

「違います! 魔法で風を起こして、俺たちとは別方向に投げてください! おそらく魔力に反応して近づいてきたので!」

「あ、なーる!」


 ロランに軽々と担がれて同じ男なのにとショックを受けていたダニールが、コンドラチイの指示で撃沈しかけた。けれどすぐにその意図を理解して、顔を上げる。


 ロランに担がれた状態で、ダニールは魔力を練り上げる。魔力を生成するけれど、それまでの消耗が激しかったのか四苦八苦しているようだ。


「ダニール、まだですか」

「うるせぇっ、口出すならてめぇがやれ!」

「やってもいいですが、俺の魔力量も魔石含めてギリギリなので帰還できなくなりますよ」

「すんませんコンドラチイ様、俺がやらせていただきますぅ」


 ダニールがすんっと表情を変えて大人しく魔力を生成し始めた。それでよし、とコンドラチイが頷く。ロランはコンドラチイに頭の上がらないダニールに、くすくすと笑った。笑っても、走る足の速度は弱めないし、後ろから追いかけている圧倒的な存在からは意識をそらさない。


「あの大きさだとまだ成長途中かもしれませんね」

「たしかに。成竜にしては小さいね」

「見つからずに育つなんてこと、あり得るのか?」

「ここにいる以上、そうなのでは」

「どうする? 王家へ報告したほうがいいかな」

「報告なんてしたら、俺がここに不法侵入したのバレちまうって!」

「やっぱり不法侵入したんですね」


 コンドラチイが白い目を向ければ、ダニールはさっと目をそらした。とはいえ、コンドラチイとロランもまた不法侵入したクチなのでダニールのことを言えない。


 三人は運命共同体だ。知られたら三人仲良くお縄を頂戴となってしまう。ので。王宮へ知らせないことで三人の意見は合致した。現時点で王宮が何も動いていないなら、さほど脅威でもないのかもしれない。絶賛、追いかけられているけれど。


 ダニールが魔法を発動した。風属性を持つ純粋な魔力の塊を、方角を決めて遠くまで投げ飛ばす。小さな竜巻が生じて、森の中へと入っていった。


「つられてくれ……!」


 全員の視線が追いかけてくる竜に向く。

 竜は竜巻に視線を向ける。

 三人は息を呑む。

 竜が、そちらへとつま先を向けて追いかけ始めた。


 危機を脱出して、全員はその場に座り込みそうになる。ダニールはロランに担がれているので、担がれたまま脱力しただけだったけれど。


「よかったあ……! 肝が冷えたぜ」

「なかなかのスリルだったね」

「落ち着いている暇はありませんよ。もう少し移動しないと、ここじゃまだ魔力が乱れていますから転移ができません」


 コンドラチイの冷静な言葉で、ロランとダニールは気を引き締めた。三人は竜から離れるように黙々と森の中を歩く。

 十分離れたところで転移魔術を展開して、三人は王家所有の森から脱出した。






 ロランの屋敷に転移した三人は、客間で各々息をついた。


「まさか竜に追いかけられるとはね」

「ダニール、その行動力は素晴らしいものだと思いますが、もう少し考えて行動してください」

「すまんすまん。いやぁ、まさかお前らが助けに来てくれるとは思ってなくてさぁ」


 使用人に手当をしてもらいながら頭をかくダニール。コンドラチイの眉間に皺が寄るのを見て、ロランがほがらかに笑った。


「ダニールとコンドラチイは似たもの同士だね」

「まじ?」

「どこがですか」


 意外そうなダニールと不満そうなコンドラチイに、ロランは喉を鳴らして笑う。


「困っている人をほっとけないところかな」


 ダニールとコンドラチイは一度だけ視線を交わすと、そのあとは正反対の反応をした。

 ダニールはにっかりと笑って胸を張るのに、コンドラチイは照れているのかほんのり頬を染めてそっぽを向く。


 似ていないようで似ている二人にロランは笑顔になる。


「ところでダニール。俺たちに迷惑をかけて、収穫はあったんですか」

「そうそう。創世の魔宝石はあったのかい?」


 コンドラチイとロランが、そもそものダニールの目的を思い出して問いかける。尋ねられたダニールは気まずそうに視線を天井のほうへと向ける。


「ま〜……昔話は昔話ってことだよな!」


 にっかり笑ったダニールに、ロランが同意するように笑い声をあげる。コンドラチイも呆れが一周回って笑えてきた。


 こうしてこの夜の出来事は、三人だけの秘密になった。

 ダニールもまた、創世の魔宝石の昔話を探すことはしなくなって。


 互いに、学生の頃のちょっとした笑い話の中に消えていくと思っていた。











 ――六年後、ダニールが創世の魔宝石を探していた理由を、裏切りという最悪な形で知るまでは。




【幕間:コンドラチイ・フォミナ 完】

ここまでお読みくださりありがとうございます。

長いお付き合いとなりましたが100話目となりました。


最終章「エターナル・ジュエル」もよろしくお願いします。

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