第六十八話「月夜のうさぎ?」
第68話「月夜のうさぎ?」
「これは十番目の魔剣だよ、といっても当初とはだいぶ予定が変わったけどな」
「魔剣だとぉっ??これがぁっ??」
俺の言葉に警戒心を露わにしたクーベルタンは距離を取ったままこちらを伺う。
「本来の十番目の魔剣の特徴は”吸収”だった。強力すぎる羽咲の能力で剣が破損するのを防ぐために、彼女の能力を分割して必要な分だけ取り込んで、その後は消費した分だけその都度、補給を行いつつ”剣”本体の状態を保つよう考案した魔剣だった……んだけど」
シュォォォーーン
「…………」
クーベルタンは俺の説明を聞きながらも、黄金と紅蓮に包まれた剣を凝視していた。
――
「……」
シュルリ
そして俺が話す間、羽咲は制服の胸元に結んだ赤いリボンを解いて、それを俺の血に染まって千切れかけた指と、切り刻まれた手の平に優しく巻いてゆく。
「そうはぁぁ……見えぬぅぅ……”ソレ”はぁぁ、そんな生易しい代物とは……」
――ほぉ?鋭いな
やっぱり解るか。そうだ、先に言ったように俺は土壇場で”方針転換”したのだ。
「どんな魔剣を用意しても”聖剣”の能力を宿したお前を滅ぼすことは出来ないだろう。何度倒しても再生するんだろ?それじゃあこっちがもたない……だから」
――たとえ”ほんの一部”とは言え、聖剣の能力とは本当に桁違いで厄介なものだ
「だからぁぁ??」
クーベルタンは鋭い眼光のまま俺に先を促してくる。
かなりこの”十番目”を警戒しているらしい。
「だから、羽咲の能力を分解して吸収させるんじゃ無くて別の”モノ”を際限なく吸収して、”ソレ”を剣と同化させることにした」
「なにぃっ!?」
――ははっ、間抜け面だぞ、クーベルタン
「ジャンジャック・ド・クーベルタン。実際、お前は羽咲の”聖剣”の能力を半分?いやいや、百分の一も扱えてないだろ?」
「!」
俺の指摘にクーベルタンの表情は見る間に強ばった。
「その、お前が活用できない分を周囲から出来るだけかき集め、そんで、足りない分は俺が失った過去の能力……いざとなれば暴走させて自爆するはずだった潜在的なソレを解放した」
十番目の魔剣の能力……
それはその強力無比な“吸収”能力。
それが無理矢理に俺の中に残っていた能力を全て掻き出して、そして強引に吸い上げた。
だから一見して枯渇していた俺の能力は一時的に俺の器から溢れた形で、戦いの最中に黄金の帯となって放出されたのだ。
「クーベルタンが扱いきれなかった聖剣の”余剰分”と、俺の中のそうなるはずだった”残りカス”……それら全てを掻き集めて吸収した魔剣。それが今、お前の目の前にある物の正体だ!!」
「よ、余剰分?貴様が失った能力?だとぉぉ??」
「そうだ。英雄級の能力が具現化するはずだった黄金少年と奪われた屈指の英雄級である紅蓮狐、残りカスと余剰分とはいえ、二つの英雄級能力を融合した限りなく聖剣に近い魔剣だよ」
「…………」
ジャンジャック・ド・クーベルタンは理解していないようだ。
――意外と察しが悪いなぁ
まぁな……元々が各々の能力の持ち主である、俺と羽咲が居るからこそできる無茶だからで……それも無理はない。
「世迷い言もいい加減にしたらどうだぁぁ!?そもそもぉぉ!”能力”を吸収する魔剣など聞いたことも無いぃぃっ!!」
――だろうな
実際、創った俺にしても無茶が過ぎる代物であると自覚している。
――が!
「その魔剣の中心核が”空亡鬼”だと言ってもか?」
「なっっ!?」
「っ!?」
この言葉にはクーベルタンだけで無く、俺の傍らで傷の手当をしてくれていた美少女までもが瞳を開いて俺の顔を注視していた。
”空亡鬼”……
あらゆるものを吸引、吸収する幻獣種。
俺が嘗て、俺の能力と共に消し去った怪物……
――鉾木 盾也のトラウマそのものだ
「幾万 目貫なんていう、変わった黒頭巾が”その手”の珍妙な物を色々取り扱っていてな、案の定、俺が倒した空亡鬼の中心核もちゃっかり回収してやがった」
俺は言いながら思い出す。
俺の甘さで御前崎 瑞乃に裏切られ、俺の未熟さで妖狐を消滅させられ、俺のドジで羽咲の聖剣を奪われた後、
俺なりの決意をもって幾万 目貫の店を訪れた時のことを……
――
――”今日は多重石を買いに来た、あと……”空亡鬼”の核だ。あるんだろ?”
聞く俺に奴はわざとらしい態度で応える。
――”ほほぅ、何故?そう思うんだい?”
そうだ、こういう巫山戯た存在だった。
――”出会った時、お前は俺を識っていた。初めて会ったとき、全て識っていただろう?だったらお前はあの時、一部始終を……”
――”へええ、にゃるほど”
――”あとは……勘だ。なんとなく、幾万 目貫なら……と”
俺は俺の傷の原点と向き合う覚悟をもって、初めてこの道化師に正面から対峙したのだ。
――”なるほどねぇ、それで……ほぅほぅ?そんな物を?今度は一体、なにを創っているのだろうねぇ?”
これが幾万 目貫のオンボロ店で交わした会話で、相変わらず読めない奴だったが、それでも俺は……ひとつ、区切りをつけたのだった。
――
「空亡鬼の中心核だとぉぉ??それを貴様がぁ??まさか?」
フィラシス公国の大騎士という立場のクーベルタンも、当然その幻獣種の名と事件は識っていたのだろう。
より険しくなった眼光で俺を睨んで凄む。
「お前の”百腕百口魔神”と同じ様なもんだよ、別に驚くことじゃない。お前はそれを自らの肉体に取り込み、俺はそれを剣に取り込んだ。能力を吸収する魔剣の媒介としては、もってこいの素材だったからな」
「同じぃぃ??巫山戯るなよ小僧ぉぉっ!!”幻獣種の因子”は我が故国の至宝だぁぁ!!それほどの素材をお前如きが扱える訳がないぃぃっ!!貴様程度の異端の職人系がぁぁっ!!」
クーベルタン男爵様は俺の言葉は信じられないらしい。
まぁ、当然いえば当然か。
「それにぃぃ”空亡鬼”といえばぁぁ、”アレ”は英雄級くらいしか相手に出来ない程の高位幻獣種だぞぉぉっ!!き、貴様如きがぁぁ、しかも幼少期にだとぉぉ??なおさら在り得んっっ!!」
「…………」
――在り得ん?馬鹿か?
――実際に在ったから現在!目の前に!この剣が存在してるんだろうが?石頭め!
俺は心中でそう毒づきながらも、表面上は平静を装って続ける。
「それでだ、その魔剣を創るのになにが足りなかったか?”聖剣のなり損ない”と聖剣の取りこぼし”をかき集めて補い、つまり”なに”を創ったか……だけど」
俺はいよいよ本題に入ろうとする。
「戯れ言だぁぁっ!!貴様の話すことは取るに足らん戯れ言ばかりだぁぁっ!!」
グワァァァァァァァァァ!!
グワァァァァァァァァァ!!
それを待たずにっ!
クーベルタンは叫び声と同時に残った二本の悪魔の腕を振り上げてきた!
「クハハハハァッ!!何故にぃっ!私が貴様のくだらぬ妄言に長々と付き合ってやったのかぁぁっわかるかぁっ!?」
パラパラと砂埃を上げて鎌首を擡げている二本の巨大な悪魔の腕たち!
グゥオォォォォッ!
ズズズズゥゥゥッ!
それらは壁際で逃げ場の無い俺達二人を囲い込むように迫って影を落とす。
「どぉぅだぁぁっ!」
「…………」
「恐ろしいだぁろぉぉうぅっ!!」
弱者をいたぶるサディスティックな化物に俺は……
「”じゅんや”と”妖狐”に……やられた傷を回復する時間稼ぎだろ?」
溜息を吐きながら答えてやった。
「っっっっ!?なっ!!」
――ほんと、桁違いの力を手に入れただけの馬鹿だな
実際、神話の怪物なんてそんなもんだろう。
「そっ!!それを知ってなおっ!!あのような”くだらぬ”妄言を続けたかぁぁっ!!救いようのない愚か者だなぁぁっ!!鉾木 盾也ぁぁっ!!」
――ああ、そうかい
ボコォォォォ!!
ボコォォォォ!!
ジャンジャック・ド・クーベルタンの背中から新たに再生した二本の”悪魔の腕”が、先の二本の腕に追加して俺達の包囲網に加わる!!
「フハハハハハッ!かぁぁんぜぇぇん!ふっかつぅぅだぁぁっ!!愚か者めぇぇっ!!今度は油断はせぬぞぉぉっ!!最早、そこの子供と狐女の!そのような聖剣の成り損ないにぃぃっ!なぁぁにぃぃがが出来ようぞぉぉっ!!」
醜悪な悪魔の腕に似つかわしい、ホースのような巨大血管をビクンッビクンッと脈打たせ、ドス黒い皮膚表面には”わらわら”と通常サイズの腕と口が無数に蠢く……
心底に”おどろおどろしい”化物の腕が四本……
グワァァァァァァァァァ!!
グワァァァァァァァァァ!!
グワァァァァァァァァァ!!
グワァァァァァァァァァ!!
吐き気のするような瘴気は、奴の言うとおり完全本気モードだろう。
「…………」
なんだかんだと、俺を見下す発言を重ねていたが……
完全に本気!
完全に殺しに来る!
ここに来て、ジャンジャック・ド・クーベルタンなるフィラシスの誇る大騎士で、神如き力を手に入れたらしい化物は、本能的なところで俺の”剣”を恐れているのだ。
「そうだな、確かにこれほどの化物なら……”子供”と”妖狐”には厳しいなぁ」
「フッフハハハハハァァッ!!」
俺の言葉にクーベルタンは笑い!
「成り損ないだしねぇ?」
黄金光を纏った懐かしい少年……”じゅんや”は頷いた。
「意外にも時間がかかったのう?じゃが、妾が念願が愈々叶うのは重畳じゃ。”我が二つ身”よ、良くやったぞぇ」
紅蓮に包まれた和装の美女、”妖狐”は、俺に細い瞳の視線を巡らせてから敵を見据え、薄い唇を綻ばせて微笑っていた。
「おお、笑うと凄く良いなぁ」
――羽咲にちょっと似てるし……
しかし”二つ身”っていうのが孫の羽咲ではなくて、実は俺の事だったとはな。
――羽咲が妖狐を創造して聖剣としたように、
――俺が過去に”じゅんや”から聖剣を創造する可能性があったという……
俺は妖狐に初めて会ったときの、その時の言葉の本当の意味を知って苦笑いをしていた。
「まぁ……ともかく、これで」
そして傍らのプラチナブロンドのツインテール美少女を見る俺。
「準備は全て整った」
――そうだ、俺のやるべきこと
手前味噌だが、”やれるべき以上”のことはした。
あとは全て羽咲次第……
「…………うん」
頷く、プラチナブロンドのツインテール美少女。
「なら、羽咲、頼む」
彼女の香りのする、包帯代わりに俺の負傷した右手に巻かれた赤いリボンから……
「……」
そこから静かに彼女の白い指が離れて――
俺の傍らから立ち上がり、前に出て立つ、羽咲・ヨーコ・クイーゼル。
「……」
見下ろす形の位置からもう一度だけ、彼女の翠玉石は優しい湖面で俺を映してから正面を向いた。
「あなた……無能者……愚か者……貴様如きって」
夜風に揺れるプラチナブロンドと、月光に煌めく翠玉石の双瞳の希なる美少女。
その視線の先には、悪魔そのものと化したフィラシス公国の大騎士、天翼騎士団の七つ騎士が一つ槍、幻獣騎士……
「色々と盾也くんのこと侮辱していたけれど……」
グゥオォォォォッ!
グゥオォォォォッ!
グゥオォォォォッ!
グゥオォォォォッ!
ジャンジャック・ド・クーベルタンの悪魔の腕が、今まさに襲いかからんと至近距離で唸っている!!
「ふふ、騎士というよりまるで猛獣使いね、呆れるわ。だいたい、あなたが散々に見下して馬鹿にした、その盾也くんが”なに”を成したか解ってるのかしら?」
――ん?羽咲?
俺は彼女の第一声に少しばかり驚いていた。
「くっ……この誇り高き神の騎士である私を……猛獣使い……だとぉぉ!?」
「そうね、猛獣使いに……いいえ、猛獣が気を悪くするわね」
クーベルタンに向けられた羽咲の翠玉石の双瞳は、先ほど俺に見せた穏やかな湖のような静けさは無い。
「この無知なファンデンベルグ人がぁぁっ!”なに”を成したか?だとぉぉ??フッ……フハハッ!ハハハァァァ!!そんな無能になにも成せる事など無いわぁぁっ!!」
グギャァァァァァァッ!!
グギャァァァァァァッ!!
グギャァァァァァァッ!!
グギャァァァァァァッ!!
美少女めがけて!クーベルタンの悪魔の四本腕が荒々しく一気に襲い掛かるっ!!
そしてその瞬間の、彼女の瞳は……
――
まるで氷の月のような、冷たい碧の宝石そのもの。
「救いようのないひと……天罰騎士団の野蛮人」
襲い来る黒い狂気を前にして!彼女の桜色の唇は忌忌しげに、およそ可憐な美少女に似合わぬトーンで確かにそう呟いていた。
ガシャッ!
羽咲は俊敏に左手を伸ばし、傍らに突き刺さった”十番目”の……
最後の魔剣の柄を握る!
――!?
その動作は素早いが、如何にも怠惰で、如何にも雑で……
まるで決戦を前にした緊張感も騎士としても矜恃も見られない!
それは普段の真面目で凜とした彼女とは違うものの、
「う……さぎ」
それでも俺には、それが何故かとても優雅に感じられたのだった。
「滅せよぉぉっ!!背信者どもぉぉっ!!おぉぉぉぉっ!!」
グゥオォォォォッ!
グゥオォォォォッ!
グゥオォォォォッ!
グゥオォォォォッ!
羽咲は猛烈な勢いで襲い来る四本もの”悪魔の腕”に全く動じていない。
今夜だけでも俺達を何度も殺しかけた、恐ろしい悪魔の腕の完全体!
それが迫る中で彼女は……
「……」
ただ、少女の翠玉石には月光を映した煌めきが化け物を射貫いていた。
ズシャッ
雑に引き抜かれる、紅蓮の炎を纏った黄金の刀身。
シュォォォーーン
最後の魔剣が彼女の頭上で神々しく煌めきを放つ!
バシュ!
バシュ!
同時に”少年”と”妖狐”が、その煌めきに同化して消えた。
グォォォォォ!!
グォォォォォ!!
グォォォォォ!!
グォォォォォ!!
愈々迫り来る四本もの巨大な黒い脅威!!
悪趣味極まる”悪魔の腕”たち!!
「ほんと……悪趣味」
ヒュ――――――オン
巨大な悪魔の圧力で少女のトレードマークである輝く二本の尻尾が暴れるが、その本体である美少女はまったく動じず、悪魔の腕に軽く素振りのような軽い一撃を合わせたのだった。
バシュッ!
バシュッ!
バシュッ!
バシュッ!
途端に!あっという間に!
四本の”狂気”はあっけなく撃退される。
――
コンクリ壁を豆腐のように砕き、大地に大穴を穿つ巨大な四本の悪魔は……
風にそよぐ木の葉のように翻って、根元から跡形も無く消失していた。
――
「カッ……カハッ……」
続いてクーベルタンがカラカラに乾いた声を漏らしてその場に両膝から崩れ落ち、そのまま膝立ちになって羽咲を呆然と見ていた。
――
「本気かよ……圧倒的すぎるじゃないか」
”お膳立て”しておいてなんだが……
その時の俺は、羽咲の眼前で間抜け面を晒すクーベルタンと同じ表情をしていただろう。
――
「な、なに……を……し……」
「撫でてあげただけ」
驚愕の表情のままで、なんとか問いかける男の言葉を終わりまで聞くこと無く即座に答える少女。
「そ、それ……」
「これは聖剣。貴方の言うところの無能者、鉾木 盾也が創りあげた”最高の剣”よ」
またもや相手に言葉を完了させること無く、そう言い放って彼女は剣を前に突き出す。
「せ、せい……けん?……だと」
ジャンジャック・ド・クーベルタンは虚ろな碧眼で、少女に突きつけられた剣の切っ先を見ていた。
「…………フ……フッ……ハハハァァッ」
そしていきなり、堰を切ったように笑いだす男。
「…………」
それを興味なさそうに見る翠玉石の双瞳。
「せ、聖剣だとぉ??それがぁ??あの無能がぁ??ははっ!馬鹿も休み休みに言え!はははっ!なら、やってみろ!!この神の身体を貫いて見せ……」
ザシュッ!
「ぐっ!!ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ブシュ!
「ぎゃふぅぅぅぅっ!!」
あっけなく貫通した剣を羽咲は刺したときと同じように、全く興味なさそうな表情で引き抜く。
「ひぃぃ!ひぃぃ!あり得ぬぅぅっ!がはっ……か、神のぉぉ……か、加護がぁぁ……」
自慢の鎧の胸の辺りに大穴を開けて血を吐きながら地面を転がり廻るフィラシスの大騎士。
――うわぁ、容赦ないな……羽咲
その時、俺は本当に第三者だった。
――
”聖剣”を取り戻した本来の英雄級、羽咲・ヨーコ・クイーゼルにとって――
最早、フィラシスの幻獣騎士は相手として存在し得ない。
只の弱者。鳳の前の燕雀……
もう歩く道の小石さえにも劣る存在なのだ。
――
「…………」
――俺は熟々思う
羽咲・ヨーコ・クイーゼルは紛れもない英雄級だ。
世界に八人しか居ない英雄。
「…………」
――世界に”八人”しか……って!!
寧ろ八人も居るのかよっ!こんな規格外がっ!!
「……」
「……お、おぅ!?」
恐れおののいていた俺と目が合う美少女。
「…………なに?」
思わず間抜けな顔で固まる俺に、羽咲は可愛らしい口元をあげて微笑んだのだった。
ぶんぶんっ!
俺は咄嗟に全力で頭を横に振る。
――いえいえ!なにもありませんぜ!さすがは羽咲さん!素晴らしいです!
とばかりに、表情と雰囲気で精一杯表現する。
「盾也くん……もうすぐファンデンベルグの救急班が到着するはずだから、貴方も」
そんな愛すべき小市民な鉾木 盾也に、打って変わって真剣な瞳でこちらを見る羽咲は……
――そ、そうだった!
元々はその救急班とやらも俺が御前崎 瑞乃を助けるために羽咲に頼んだ事だった。
「えっと、そうだな、瑞乃先生や桐堂たち、無事だと良いけど……」
俺はプラチナブロンドのツインテール美少女が向ける視線を誤魔化すようにそう応えると、何気なく建物の上方を見ていた。
――どんっ!
「!」
目をそらした一瞬に!
彼女は……羽咲・ヨーコ・クイーゼルは飛び込んできた。
――いや、不意ではあったけど
あくまで優しく、抱きついてきたと言う方が良いかもしれない。
「う、さぎ?」
「いつも、いつもムチャばかりして……言ったでしょ、あなたは自分を雑に扱いすぎなのよ、もぅ……」
そう言いながら俺にピッタリと寄り添う。
「……」
俺は咄嗟に反論が浮かばなかった。
――甘い香り……だ
彼女と出会ってから何度かあったよな?こんな場面……
優しくて、懐かしい羽咲の香り……
「なんでだろうな……安心する」
何時しか俺の胸に顔を埋め、ぽろぽろと涙を溢れさせる少女に俺は反論どころか意味不明の返事をしていたのだった。
「……」
対して、羽咲は無言だった。
相変わらずのまま無言で俺に寄り添っている。
――きっと気が緩んだのだろう
ずっとズキズキと疼いていた右手は既にほぼ感覚が麻痺して痛みは殆ど感じない。
激痛で熱く燃えていた時とは対照的に急激に冷たくなり、もう俺の意思では動いてくれそうもない、他人のモノのようになっていた。
「…………」
――右手はもう……駄目かもな
俺はそのままの体勢で、もう一度上空を見上げていた。
「…………」
今度はさっきよりもっと先、廃校舎の更に先へ……
――
――闇の中に”ぽっかり”と青白いコウコウと輝く満月
近い過去に見た光景だ。
あの時と同じ満月……
だからあんなものに出くわしたんだろう。
「…………」
――狼、魚人、火の玉、黒い腕、そして……
「…………はは」
俺の胸に寄り添う羽咲が居る。
月光に輝くプラチナブロンドが二つに分けられた二つの尻尾。
嗚咽の度に微妙に揺れるその髪は――
見方によっては二本ある兎の耳のようだ。
「月夜だけに……”うさぎ”かよ」
俺はどこかで聞いたような、
言ったような、そんな言葉を懐かしく呟いていた。
――
事の始まりは強制的で、続きは惰性で、最後は……
「……俺の意思だ」
――いま、
俺の傍には俺に身体を預けるプラチナブロンドのツインテール美少女。
俺触れた揺れる華奢な肩は、先ほどまで圧倒的な戦闘力を有して戦場を支配していた騎士様とは思えない頼りなさだ。
そして、いま彼女をそうさせているのは――
自惚れだろうがなんだろうが、きっと俺だろう。
「……羽咲」
囁くような呼びかけに、少女は縋ったまま滲んだ翠玉石を向ける。
「月が……綺麗だな」
「……?」
羽咲は一瞬だけ瞳を揺らせたが、それ以外は特に反応無く俺を見つめたままだ。
「…………」
――だろうな……意味わかんないよな
――結構ベタな告白だが、羽咲は外人だしなぁ
正直、俺にとっては結構な度胸とリスクだったが……
「…………あの?盾也くん?」
「月が青いなって、そう言ったんだ」
キョトンとする彼女に対して俺は多少赤い顔になりつつも、なんでもないと再び青い月を仰いでいた。
「…………」
「…………」
――まぁいいさ、
今のは、いつか来るかも知れない日の予行演習だと思えば……
ドサッ!
「きやっ!」
俺は確証の無い未来にそれを丸投げし、今はただ、もう少しだけ……
その少女と”こうしている”ことを望んでいたのだった。
第68話「月夜のうさぎ?」END




