第六十七話「だからっ!通行止めだっ!?」
第67話「だからっ!通行止めだっ!?」
「……くぅ……っ……」
俺の後ろには苦しげな吐息を漏らす羽咲・ヨーコ・クイーゼル。
「…………」
そして俺は背後の彼女諸共に”ギリギリ”と廃校舎のコンクリート壁に押しつけられていた。
グググググッ!!
俺達二人を行き止まりの壁に押しつけて尚、圧力を緩めない怪物!
ジャンジャック・ド・クーベルタンの怪力に押しやられ、背後の羽咲ごと更に後方、廃校舎の壁に叩きつけられた俺は未だに圧迫されている状況だった。
ググググッ!!
――くそっ!このまま押しつぶす気か、それとも……
ザワザワと木々がざわめき、雲の切れ間から青白い光が差す中――
ピシリッ!
何年も放置され、いずれ朽ち逝く運命であったであろう無機質な壁は、俺達の圧力で本来の耐久年数を劇的に縮めてゆく。
メキメキッ!
分厚いコンクリート壁にヒビが入る程の圧迫……
フィラシスの大騎士……いや!最早、高位幻獣種の百腕百口魔神と同化した”幻獣騎士”と”盾人間”と”美少女”は……
クーベルタンの腕に貫かれた俺と背後の羽咲は!
まるでバーベキューの串肉のように連なって怪物と壁の間に挟まっていた。
「ククッ!」
俺の直ぐ目の前にあるクーベルタンの顔が醜く歪な笑みを浮かべる。
「ちぃっ!」
ザシュゥゥ!
直後に、背後で人間の皮膚の裂ける音がする!
――羽咲は十番目の魔剣生成に集中していたため回避の反応が僅かに遅れた
結果、彼女は俺諸共に背後の壁に叩きつけられることになる。
つまりその状況が意味することは――
俺を貫いているクーベルタンの腕、いや、もっと言うと奴の握った短剣の切っ先が羽咲の心臓を狙って……
――言わずと知れた”刃”の銘は”致死の魔剣”!!
「……ちっ……ちぃっ!」
――同じだ
このままではヨーコの時とそっくり同じに……
――
――否!
――絶対に否だ!そうはならない!!
――俺が……そうさせない!
「ぐっ……ふぅぅっ!」
――今度はそれをさせないんだよっ!
「フッ!フハハッ!!」
俺の直ぐ目前には勝ち誇ったクーベルタンの顔が醜く歪な笑みがあった。
ザシュゥゥ!
さらに刃はねじ込まれ、俺の背後で再び人間の皮膚の裂ける音がする!
「……ぐ……は……」
そして血の臭い。
クラクラするほどの鉄の臭いが鼻をつく。
「くっ……ぐっ……はっ……」
食いしばった歯の隙間から堪らず漏れる苦悶の声……そ……れは……
「く……は……はは……はははっ」
「き、貴様!?」
――残念!
――羽咲でなくて鉾木 盾也のものだっ!!
苦痛に引き攣りながらも俺の口元は角度を不適にあげ、俺は苦悶の吐息と共に笑い声を上げていた。
「な、なんて……ことを……じゅ……盾也……くんっ!?」
羽咲は魅惑的な翠玉石の双瞳を大きく開き!
前に重なった俺の背に縋るようにして叫んでいた。
「……ぐはっ」
だが、いまは俺の背後から不安な瞳で見上げてくる少女に応えることも出来ない。
――そうだ、今俺のする事、最優先課題は……
ただ……唯々、渾身の力を込めつづけること。
ググッ!
――どこに?
それは勿論……
「き、貴様ぁぁ!”これは”なんのつもりだぁぁ!!」
今度は俺の前方で、ジャンジャック・ド・クーベルタン男爵の苛立った怒声が響く。
――
俺と重なり合う距離で奴の腕は、”致死の魔剣”の能力で俺の胸を事も無げに、二の腕付近まで通り抜けた状態である。
「ぐっ……死ぬほど痛ぇぇぇ」
だが、痛いのは胸じゃない。
これは以前の、幾万 目貫の店での瑞乃の時と同じ……
”致死の魔剣”の能力ですり抜けているだけだ。
違和感はあるものの、外傷も苦痛も微塵もない。
グググッ!
「痛ぇぇなっ!」
そう!俺は渾身の力を込めて握る!!
俺の腕は自分の背後に伸び、背中に生えた様な状態の”致死の魔剣”……
その歪な刀身を”鷲掴み”に握っていたのだっ!
「じゅ、盾也くんっ!!」
その凶刃が背後に寄り添う少女の左胸に触れる寸前で……
俺の右手によって握られた”致死の魔剣”は、羽咲の左胸に拳一つ分も空間が空いていない距離で完全に停止していたのだ。
そして――
波打つ真緑の刃をがっちり握りしめた俺の右手の平は当然の如く血塗れだ。
「こ、このぉぉっ!!」
ググッと更に力を込めて押し込もうとするクーベルタン!
ザシュッ!
「くっ、おぉぉ!」
僅かに差し込まれ、ズルリと捲れた皮膚から新たな鮮血が流れ出るが、
こちらも更なる握力で!死に物狂いで刃を”握り込んで”再度、それを捕らえる!
「ぐっ!はぁあっ!」
右手の指は血塗れで、僅かでも握力を緩めると”ヌルリ”と滑って恐ろしい”致死の魔剣”の切っ先が羽咲の左胸に届いてしまうだろう。
ググッ!!
「フィ、フィラシスの人よぉ?なに簡単に羽咲の胸に触れようとしてんだよ!お、俺がどんっだけ!苦労して、それでも簡単にあしらわれてきた、し、珠玉の逸品だぞ!?この胸はぁぁ、理解ってんのかっ、コラッ!!」
「ぬぅぅっ!!」
グググゥゥッ!
――くっ!……この……
俺の軽口にも乗ってこないで更に刃を捻り込もうとする面白味の無い男。
――ぐっぐぁぁ!
――痛い……痛いじゃねぇか!この、変なところでクソ真面目な馬鹿騎士めっ!!
ピリピリと血塗れの五指が引き攣って熱い……
人体的にどんな繋がり方なのか医学的知識の無い俺には見当もつかないが、根元の二の腕辺りの神経がプルプルと小刻みに痙攣しているは感じる。
――くっ……これ以上、少しでも押し込まれたら……
半ば千切れかけた指が全て飛ぶ。
――そうしたら……
――そうしたら、羽咲が……
「おおおっ!」
「盾也くんっ!盾也くんっ!」
――ああ、ここまで来たら意地だよっ!!
最早、万力と化した俺の握力は、そんな状態でも決してその”刃”を通すことが無かった。
「貴様ぁっ!その蛮行ぉぉっ正気かぁぁっ!!」
苛立ちが最高潮のクーベルタンが叫ぶ!
――ははっ……残念ながら正気だよ
刃物を……よりによって”致死の魔剣”を素手で握って止める暴挙。
――ほんと……誠に遺憾ながら……本気なんだよっ!!
グググッ!
「じゅ……盾也くん……もう……」
――なんだ?その瞳は?羽咲らしくない不安な瞳だなぁ
「盾也くん……もう止め……」
――いや、違うか
俺を心配してくれているのだ。
こんな”とびきり”の美少女の視線を独り占め。
――わるくない……
――わるくはないけど、今はっ!!
「つ、続けろ、羽咲……あとちょっとだ!」
「あっ……うぅ……」
俺の指示に羽咲は明らかに戸惑っていた。
「貴様ぁっ!」
グッグッグッ!
更に刃を押し込んでくるクーベルタン!
――だから、いてぇって!こっちが防戦一方を良い事に滅茶苦茶しやがって……
グッグッグッ!
右手が熱い……痺れて……
未だ繋がってるのか?俺の指は……
「ぐっ……く……」
――感覚が、もう……
グッグッグッ!!
ギリギリ崖っぷちの俺は背後の、チラリと視界に入る羽咲の姿を確認していた。
「しつこいぞおぉっ!この雑魚がぁぁっ!!」
グッグッグゥゥーー!!
――五月蠅いんだよっ!バカ騎士!!
「おおぉぉぉ!言っただろ!”通行止め”だってなぁぁ!!」
ギュゥゥゥゥゥ!
強く……強く握り潰す!!
「斬り取って見ろよっ!ああ、そうだっ!寧ろ斬り刻んで見ろよぉっ!?致死の魔剣ぁぁっ!!」
俺は千切れかけた五指に渾身の力を込め!
完全に致死の魔剣の波打つ刃を掌握していたのだっ!!
「羽咲ぃぃぃぃ!」
そして俺は叫ぶ!
「う……うん、うん!だからっ、だから死なないで!!」
翠玉石の双瞳が、桜色の唇が、悲痛な色と声で嘆願する!
キュォォォォーーーーーーン!!
俺の背とコンクリ壁に挟まったままの羽咲はその不自由な体勢ながら、”十番目”の生成を継続させていた。
「おのれぇぇぇぇーーーー!」
業を煮やしたクーベルタンの咆哮が響く!
グワァァァァーーーー!
グワァァァァーーーー!
そして、今まで放置されていた”悪魔の四本腕”のうち左右の二本がっ!
満足に動く事が出来ない俺に向け再び襲い掛かって来るっ!!
――そうだろうさ!そりゃ、そう来るだろうなっ!!
「うぉぉぉぉっ!」
バシュッゥゥゥゥゥゥ!
バシュッゥゥゥゥゥゥ!
それに対し、俺の背後から”黄金の光”と”紅蓮の炎”が再び濁流のように激しく吹き出す!
――た、頼むぞ……お前ら……
俺は、未だ”姿無き”相手にそう懇願し、こちらも再び迎撃の態勢を取る!
――
俺の能力は一時、枯渇寸前だったが……
ここに来て回復傾向になっている。
それには”十番目”の魔剣の存在が大きく関係しているのだが……
羽咲の手により”十番目”の……最後の魔剣の顕現は近い!
それが証拠と言わんばかりのこの”能力”だ!
再び振るわれる”黄金の光”と”紅蓮の炎”だ!
――それは恥ずべき俺の原点……
――”其の魔剣”の根幹は……
ギュオォォォォン!
ギュオォォォォン!
恐ろしい勢いで左右から挟み撃ちに伸び来る”悪魔の四本腕”!
迎え撃つ黄金の光は……
ブゥゥゥゥン
俺の左側で次第にぼんやりと少年の形を取り……
ヒュオォォン
右側の紅蓮は、大量の炎の光が集積して女性の容姿を形作る。
ドドォォォォッン!!
ドドォォォォッン!!
直後!左右から衝撃が二発!!
幻獣騎士の”狂気”の象徴である”悪魔の四本腕”の右側は……
顕現した”黄金光の少年”に触れた途端にボロボロと劣化して崩れ、
左側は”紅蓮の女性”により焼かれていた。
「ぐぉぉぉ!?な、なんだとぉぉっ!?」
ブチィィィィ!
ブチィィィィ!
思わぬ反撃を受けたクーベルタンは、押さえ込まれて根元へと崩壊を伝染させる左右二本の腕を、残っていた二本の悪魔の腕で引き千切って消滅を回避……
ダダッ!
俺から一気に後方へ飛び退いて離れていた。
「ちっ!崩壊する悪魔の腕を切り捨てて本体を守ったか……」
流石の状況判断、フィラシスの大騎士は伊達じゃ無い。
しかし、バケモノはやっぱりバケモノらしい対処法を選択するものだと俺は別の感心もする。
「は……はは」
なには扨て置き、絶体絶命からの起死回生だ!
それを果たし、俺の横に佇むのは……
「……」
黄金の光を纏った、ボンヤリとした輪郭の少年。
少年の頃の俺に酷似した容姿の少年。
「久しぶり……だな……”じゅんや”」
「そうかい?僕はそうでもないかな」
俺の少しぎこちない再会の挨拶に、何年ぶりかの黄金の少年は子供らしい素直な笑顔で笑っていた。
そして――
反対側には平安貴族のような和装姿の妖艶な女性。
長い艶やかな黒髪に少し細めの瞳、特徴的なのは豪奢な着物の裾から背後に伸びた九本もの見事な黄金の尻尾。
「ヨーコも、あの時は済まなかった」
炎を纏った、古の偉大な魔導士……妖狐。
「なんぞ、過ぎた事じゃ。それより今回の”ご指名”痛み入る、ついては汝に破格のサービスを……」
そう言って豊かな胸元をグイッと押し出し、相変わらず荘厳な容姿とはズレた俗な冗談を放つ妖艶な美女。
思わず苦笑いする俺に彼女は続けた。
「それはそうと、随分と時間が掛かったの?鉾木よ、勿論”あふたー”も妾を指名するのであろうな?」
狐の女は口元を煌びやかな着物の袖で隠しながら、さらに続けて俺に向けて軽口を投げかけたのだった。
「だから、キャバクラかよ!」
俺は痛みに震える声ながら社交辞令のようにツッコミを入れてから、
ガクッ!
その場に片膝を着いていた。
カランッ!
ガクリと膝を落とし、右手から凶悪な”致死の魔剣”が地面に乾いた音を響かせて転がる。
「ったく、それはこっちのセリフだっての?おそいんだよ、俺が十番目の魔剣でお膳立てはしてやったのに……こっちは死にかけだっての……」
「盾也くんっ!」
直ぐに背後から羽咲の心配する声がかかり、彼女の白い手が俺の血塗れの右手を包んでいた。
――痛っ!
彼女の行為はあくまで優しくであったが、それでも俺の右手は痛みを感じるほど非道い状態だった。
「こんな……こんなになって……」
翠玉石の宝石から涙をぽろぽろ溢れさせて、血で汚れるのもかまわずに俺の千切れかけた指をそっと包む。
「う、羽咲……ここからだ……解ってるな……」
「……」
コクンと、羽咲はただ俺の右手を覆いながら零れる涙をそのままに頷いた。
「貴様ぁぁっ!!いったい……一体、なんなのだぁっ!!それは……」
真正面から忌忌しげな眼を光らせてジャンジャック・ド・クーベルタンが睨んでいるのは俺では無く、俺の傍らで心配そうな瞳を向ける少女。
いや、正確には羽咲が直ぐ横に、地面に突き刺した状態の片手剣だ。
白い刀身の先を地面に埋め、そこに佇む完成された剣は、明らかに今までの片手剣とは一線を画している。
「はは……だろ?」
――完成した……すごいな、本当にすごいな、やっぱり羽咲は……
俺を気遣って、汚れることもいとわずに同じように膝を落とした格好で、血に塗れた俺の右手を優しく包みこむ美少女。
「盾也くん、こんなに、わたしのために……」
羽咲は彼女の白く繊細でやわらかい両手の平でそうする為に、生成し終えたばかりの最後の魔剣を地面に突き刺してから俺の傍に寄り添っていた。
――
シュォォォォ……
――”どれだけ”の過程を経てそうなったのか……
”十番目”……
俺が創造した”最後の魔剣”は、黄金と紅蓮を刀身に纏い――
シュォォォォ
大地を土台に静かに燃えていたのだった。
第67話「だからっ!通行止めだっ!?」END




