第五十一話「ひとでない?」
第51話「ひとでない?」
「じゅっ、盾也くんっ!?」
冷たい床に平伏して動かない少年に走り寄るプラチナブロンドのツインテール少女。
同様に仰向けに倒れているフィラシス人には目もくれず――
「盾也くんっ!!」
彼女はその少年に駆け寄り必死に手を伸ばした。
ドシャァァッ!!
少女……羽咲の手がそこに届く寸前で、少年、鉾木 盾也の身体は巨大な”なにか”に押さえ込まれ――
グググググ!!
「……」
意識の無い盾也は、その”なにか”と床との間で押し潰されるように囚われていた。
「盾也ぁっ!!」
――トッ
羽咲は直ぐに半歩跳び退き、剣の距離にて、その”なにか”から彼を解放するため構える!
「そ、それ以上動くな!ぐっ……月華の騎士!」
苦しそうにひしゃげた声ながら……
その声は確実にプラチナブロンドのツインテール美少女を威嚇していた。
「このっ……外道!」
地面に俯せに平伏す鉾木 盾也を押し潰す巨大な”なにか”
それは……”巨大な腕”
優に成人男性の体格を越える巨大な”異形の腕”であった。
「……」
羽咲は切り裂くような翠玉石の双瞳で睨む!
彼の命を賭した奮戦で倒れたはずであるフィラシスの外道騎士を……
そして――
それの大きさも異常だが、なによりその形状が異質な腕を……
「……」
一見して人の腕を形取るそれは、よく見ると節くれ立った三本指。
肌の色はどす黒く……
――ドクンッ!ドクンッ!
と、まるで腕全体が水圧で”のたうつ”ホースのように、
極太の動脈を気味悪く波打たせていた。
「……」
――悪魔の腕?
――ううん、違う!
――これは……
――”この男”から生えている!
羽咲は左手に魔剣を握ったままの臨戦態勢で、直前まで地面に転がっていたはずのフィラシス人を見据えていた。
「ぬ……ぐっ……私としたことが……とんだ失態だ!」
いつの間にか鎧の消えた上半身に”真緑の歪な刃”を突き立てられたまま、長身のフィラシス人は立ち上がってくる。
「ジャンジャック・ド・クーベルタン……貴方?」
ズズズゥゥ……
そして、その男の背中から生える例の異形の巨大な”悪魔の腕”も引きずられる様に立ち上がるが、三本指は盾也を地面に押し潰したままだ。
「く……雑魚が……」
――異様な光景
「……」
だが、羽咲は……
そう、羽咲・ヨーコ・クイーゼルには、”それ”に思い当たる知識があった。
それは噂で聞いた……
「忌まわしき”幻獣騎士”……この!恥知らずのフィラシス人」
呟いた美少女の瞳は込み上げた嫌悪と軽蔑で鈍く光っていた。
「ほぅ?識っているのか、ファンデンベルグ人」
対照的に――
「フィラシスには人と幻獣種を融合させた忌忌しい騎士が存在すると聞いたことがあるわ……それが……」
「忌忌しい?冗談だろう?これは神っ!そう!神との融合だよっ!」
「っ!」
誇らしげに少女を見る男は嗤う。
「この世の全ては神の創造物!そして高位の幻獣種とはまさしく神の最高傑作!そうは思わないか?ファンデンベルグ人!」
「幻獣種が?冗談は貴方の野蛮な国でだけにして」
羽咲は眉を顰めていた。
”本当に汚らわしい”……と。
「ふふ、貴殿はどうも人一倍”人外の者”に嫌悪感を抱いているようだが……」
「…………」
「これを見よ!この美しい姿を!”神の身体”がかつて人が創造せし最高の魔装具という公王家の秘宝なら、”神の腕”はまさしく”幻獣種”という神の秘宝!!」
「神……悪魔の間違いでしょ」
「ふん、所詮、ファンデンベルグ人には理解出来ぬか?”種の”つまり最強の”幻獣種”たる最強の種、神に等しき”高位幻獣種”の能力を!神話の魔獣である”百腕百口魔神”の能力を得た我が肉体は神の奇跡へと進化したのだとぉぉっ!!」
「”百腕百口魔神”??そ、それってつまり……フィラシス公王家に代々伝わる”神の腕”というのは”見えない槍”なんていう”魔槍”じゃなくて……」
「ふふふ、ご名答……因子さ、高位の幻獣種のね。それを与えられる栄誉は天翼騎士団でもそうはいない、適合できる人間は更に希少だ」
如何にも誇らしげに真緑の魔剣が突き立ったままの胸を張る男。
だがそれは羽咲には信じ難い、いや!人として到底、理解できない類いの外道の所業であった。
「汚らわしい、フィラシス人は人としての矜持さえ捨て去ったというの……本当に悍ましい」
「これだからファンデンベルグ人は……この姿!この能力!まさに選ばれた人間にのみ許された事だとは思わないのか?」
――選ばれた??
――その”化物”と融合した汚らわしい姿が??
羽咲はもうそれで言葉は無意味だと悟った。
「もういいわ、野蛮人と話すことなんてやっぱり最初からなにも無かったのよ……盾也くんを離しなさい!もともと彼はこの争いには無関係のはずよ!!」
「無関係だと?此奴が?この小物が?この卑怯で腰抜けの雑魚が??」
「このっ!」
「ふんっ」
あからさまな挑発に!剣を握る手に力を込める羽咲をクーベルタンの鋭い視線が牽制する!!
――――ズズズゥ!!
途端に!ミシミシと軋ませて囚われの少年の身体が冷たい床に僅かに沈む!
「やめっ……」
顔色を変えて羽咲がそう叫ぶも、フィラシスの男は下卑た笑みを浮かべ、愉悦を隠せない歪んだ表情で彼女を見ていた。
「自らの立場が解ったか?月華の騎士よ」
歪んだ口の端を釣り上げる、ジャンジャック・ド・クーベルタン。
「……くっ」
「随分とこの男を買っている様だが……私には此奴に、この小物に、そんな価値があるとも思えんが?」
「……小物?盾也くんが?いい加減に認めたら?現に貴方は盾也くんに負けたでしょう」
この状況でも挑発に挑発を返すプラチナツインテールの美少女。
「負けた?私が?フフフ、なんのことだ?私はピンピンしているでは無いか」
笑いながら言い返す男だが……
爛々と光る眼は少しも笑ってはいない。
「ピンピン?死にそうな重傷を負わされたから”そんなバケモノ”の能力を解放してまで、そうよ、”見えない槍”として他国の脅威であった謎の兵器である”神の腕”の正体をファンデンベルグ帝国軍人のわたしに晒してまで、自身を回復せざるを得なかったのではなくて?」
「……小賢しいな……小娘」
羽咲の言葉にフィラシスの男は不機嫌に顔を歪ませ、反論の代わりとして獣じみた眼光をぶつけてくる。
この状況で相手を必要以上に刺激するのは下策だ。
それは羽咲にも充分に理解出来ている。
だが!
――傲慢を極めた挙げ句に失敗し、失策の原因である図星を突かれれば威嚇してくる
――況してや、能力で格段に劣る盾也くんが命を賭してわたしを……
――そんな盾也くんの行為をこれ以上馬鹿にすることは……
「もういいわ、下賤な獣と話しても無駄、貴方には解らないわ、盾也くんのことは……」
だが!羽咲・ヨーコ・クイーゼルにも絶対に譲れないものがある!!
「ほぅ……それはどうかな?」
だが、ジャンジャック・ド・クーベルタンは、いやらしい笑みを浮かべて嗤う。
「此奴が何故こんな奇妙な対幻想種技能別職種を所持しているか?此奴が何故”魔剣”を創造できるか?そもそも此奴は……本当に”鉾木 盾也”という人間なのか?」
「……な」
――なにを……言っているの?
――ううん、それより……
「クーベルタン!なぜ貴方が盾也くんの対幻想種技能別職種のことをっ!いいえ!”盾”なんて特殊能力のことを……それを……知っているという……の」
羽咲はその問いかけに大いに混乱させられたのだった。
「そこではないだろう?月華の騎士。重要なのは”魔剣”の創造という現在唯一であるだろう能力」
「…………」
動揺する羽咲を満足そうに眺めながら、ジャンジャック・ド・クーベルタンは主導権を持って話を続ける。
「つまりだ……」
――駄目だ、このまま時間を稼がせては……
羽咲は理解していた。
ジャンジャック・ド・クーベルタンは、その怪物染みた能力で傷と体力を完全回復しようとしている。
弱っている今が彼の者を倒す絶好の機会だ!
鉾木 盾也が命懸けで作ったチャンスを逃すわけにはいかない……と。
「…………」
――けど、盾也くんを人質に取られたままじゃ……
しかし彼女が攻撃を躊躇するのはそれだけではなかった。
勿論、魔剣を唯一創造できる人物であることも彼女には重要では無い!
「…………」
――”そもそも此奴は本当に鉾木 盾也という人間なのか?”
その謎かけがいったいどういう意味なのか?
そう……
羽咲・ヨーコ・クイーゼルは知りたかった。
これまでも、彼が決して触れさせてくれなかった彼の過去に……
「…………わたしは」
鉾木 盾也と今まで過ごした時間……
しつこく食い下がれば聞くことは出来たかも知れないが……
そうして距離を置かれるのが、嫌われるのが怖かった。
鉾木 盾也と育んだ関係が遠離るのが嫌だった。
「そうだ……わたしは……」
――わたしは……
――解ってる……そう、わかってるのよ、わたしは彼を……
――
「ふふ、つまりはだな……」
あからさまに動揺する羽咲を見透かしたような下卑た笑みで見据えるフィラシス人は、散々に勿体付けて時間を稼ぎつつも、愈々その核心に触れた。
「鉾木 盾也なる人物は九年前に死んでいる」
「……………………えっ?」
「ふん、死んだ人間が何故ここに実在しているのか?いや、実在しているように世を謀っているのか。それはこの偽物が人で無い……」
「ひと……で……ない」
――
「そこまでよ、ジャンジャック・ド・クーベルタン男爵」
――っ!?
話の核心へと迫る中、突如割って入った声の主は半分異形となったクーベルタンの背後に立っていた。
「ちっ」
ジャンジャック・ド・クーベルタンは話の腰を折られて不機嫌そうに舌打ちしたが、幾分か前からそれには気づいていたようだ。
「……くっ」
しかし羽咲は不覚にもその人物に気づくことが出来なかった。
いつもなら造作も無い事なのに……
頭が真っ白になってそれどころではなかった。
「少し見ない間に随分とお喋りになったのね、クーベルタン男爵」
声の主は、ワンレングスの黒髪ロングヘア、
なんとも気怠げで大人の雰囲気漂う美しい女性……
「……」
――この女性は……
女性の容姿を見て羽咲は思った。
一度だけ会ったことがある。
あの討魔競争の時に盾也くんが桐堂くんを医務室に連れて行って欲しいとお願いした女性、よく彼の話に出てきた女性……
彼女を見て羽咲の胸はチクリと痛んだ。
――
「よくもノコノコといまさら……しかし、貴殿には聞きたいことがある。御前崎 瑞乃……いや、葛葉よ」
クーベルタンにとって、現在は彼女は敵なのだろうか?
盾也から聞いた”聖剣”の一件から考えると、御前崎 瑞乃とクーベルタンは共闘関係にあった様だが……
取りあえず黙って二人のやり取りを注視する羽咲は考えていた。
「あら、なにかしら?残念だけどプライベートにはあまりお答えできないけれど」
「貴様っ!」
懐疑心からか見るからに苛立ちを隠せない男、態とらしくも白々しい挑発をする女、
これまでの経緯はどうあれ、友好的とは思えない二人。
「”聖剣”をどこへやった!依頼主を裏切るとはとんだ二枚舌の魔女だな!」
フィラシスの大騎士は苛立ちと共に一歩踏み出そうとする!
「それから!あの雑魚が何故にこの……ぐっ!?」
ザシュッ!
しかし、瑞乃は――
速やかに、そして影のように、自然な動きでその懐にスルリと入り込み!
そして、クーベルタンの胸に突き刺さったままの”真緑の刃”を事も無げに引き抜いていた。
――なんて自然で変則的な動きなの……
それはファンデンベルグ帝国で最高の騎士である羽咲でさえ目を見張るものだった。
「”魔剣のこと”でしょ?彼に手酷くやられたみたいね、フィラシスの色男さん」
馬鹿にしたように笑ってから”トンッ”と後方に油断なく距離を取る黒髪の美女。
「御前崎 瑞乃……」
羽咲はほぼ初対面の女だが、鉾木 盾也の話によく出てきた彼の元担任の女を見て感じていた。
――なんて……救いようのない笑みを浮かべる女性なの……
第51話「ひとでない?」END




