第十三話「信頼関係、皆無かよっ?」
第13話「信頼関係、皆無かよっ?」
「鉾木くん、それが遅刻の理由になると?」
「……」
俺は“個室”で“大人美女”と“二人きり”で見つめ合っていた。
「はぁぁ……鉾木くん、聞いてるの!」
ワンレングスの黒髪ロングヘア。
前髪を掻き上げる仕草がなんとも気怠げで色っぽい。
「……」
――ふむ、同世代には出せない艶っぽさだ
「鉾木くん!」
「いえ、その……」
男の沈黙にせっついてくる女……
――ふっ、いつの世もイイ女はイイ男の尻を追っかけるもの
「大体、貴方は遅刻や早退が多すぎます!」
正面の椅子に腰掛けた女は悩ましい瞳で俺を眺める。
その美女は俺よりも十ほども年上であるにも拘わらず、どうやら俺に興味津々らしい。
「まぁ……あれです、ええと……」
俺は今日も弁解に時間をかける。
ほんと、女というヤツはなんでこうも男の事を詮索したがるのか。
――まぁ、これも罪な男の性か
「…………ふっ」
「聞いているの?鉾木くん、こんな事では”進級”も保証は出来ないわよ」
――っ!!??
「ちょ、ま、本気ですかっ!!いや、違うんです!俺はちょっと生まれつき身体が弱いって言うか――ゴホッ!ゴホッ!……コホンってな具合で、決して不真面目なわけではっ!!」
「…………」
――うわぁぁ!なんて冷ややかな視線だよ!
――ある意味、ゾクゾクするっ!
「で?今日の遅刻の原因は何でしたっけ?」
――くっ!
しつこく食い下がる女……
おいおい、まったくそんなんじゃぁイイ女が台無しだぜ!
「…………」
「え、ええと?」
「鉾木くん、進級……したくないのかしらぁ?」
――って!なんで俺の心の声が聞こえたような対応!!
「鉾木 盾也、反省の色無し。留年決定と……」
「そ、それは!!重要かつ重大な放置できない案件がですねぇっ!!」
「重要かつ重大?放置できない案件?それは、なにかしら?」
眉唾だというような表情で俺の顔を覗き込む美女。
――うぉっ!?近い!近い!
そして、なんて甘美な香りと!!
淫靡な白いブラウスから覗くやわらかそうな谷間っ!!
――う、うへへ……
「鉾木くん!」
「おうっ!?」
――だからなんで俺の心の中が……
「鉾木 盾也くん、遅刻の理由を二十文字以内で簡潔に答えなさい」
――くっ!そうか……
――そうなのか……ふふっ
――聞きたいのか?
――この美女はどうあっても……俺の事情を……
女に免疫の全く無いチェリーな俺は、若干錯綜した思考のまま――
変なスイッチが入ってしまっていた。
「もちろん!バッティングセンターで夜通しバッティングフォームの見直しですよ!あと二十文字以内は無理でしたサーセン!」
「…………相変わらず、見事なまでの諦めの良さと気持ちの良い謝罪ね」
「お褒めにあずかり光栄で……」
「褒めてない!」
――うっ!にべもない
「大体、なにが”もちろん”なのよ」
「いやいや、聞いて下さいよ、マドモワァーゼルー!最終的には”キュウジ”の球を八割方バックスクリーン級の当たりですよっ!俺!凄くないですか!?」
「……」
「あっ!」
――終わった……
そう……終わったのだ、俺の言い訳タイムは……
――なぜなら……
これはダンディな男とミステリアスな美女による痴情のもつれなんてものではなく――
「…………」
「あの?ええと……せんせい?」
――そう、ここは職員室!美女の正体は俺の担任だからだよぉぉーー!!
因みに俺はバリバリの帰宅部だし、
”キュウジ”とは剛速球のプロ野球選手名からバッティンブセンターの投球機械につけられたものである。
「もういいわ、鉾木 盾也くん。貴方はいつもなにを言っても無駄のようだから……」
軽く額に手を添えて、美女先生は俺から視線を外す。
――いや、ちょっと待って!
なんかそれはそれで、見捨てられたようで寂しい……
「別に貴方を諦めたわけでは無いのよ、鉾木くん。貴方はなんだかんだで、どうしようも無い悪いことはしない子だし、物事の善悪もちゃんと判断できる賢い子だもの」
「えっと……」
俺の頭の中を見透かしたような――
艶やかな赤い唇の端を上げた美女はドキリとさせる妖艶さがあった。
「なぁに?」
「…………う」
――これで教師だからな……
彼女と接した男子生徒は皆、虜になるという噂がまことしやかに出回ってるが……
事実だろうな。
――俺?
――俺は違うな
実際のところ、色っぽい仕草でお願いとかされたら、パシリくらいはするだろうし、あの抜群のスタイルで密着されたりして、なにか強請られたら……
「……」
それはそれで――
死ぬ気でバイトして貢ぐくらいの事はするだろうが!!
「……」
……うん、俺は違う。
少なくとも、ヒールにキスしろとか言われたら少しは躊躇するし……な?
いや!これがもし!
相手があの時の天使のようなプラチナブロンドのツインテール小悪魔……
――羽咲だったら……多分、
――”喜んで!ご主人様!”
と俺は即答するだろう。
「……」
俺はその光景を想像し、ブルリと背筋を震わせる。
まぁ、実際にそんなことしたら、また拳固で殴られるだろうけどな、間違いなく。
あまりに衝撃的な出会い。
いや、その後もかなりのものだったし……
正直、羽咲に会ってからは、その他の女は印象が薄い。
「パシリはともかく、貢いだりヒールにキスを躊躇する時点でかなり駄目だと思うけど?」
「いやいや、そんなことありませんって。そこは男としては仕方の無い……って!?」
俺の顔をじっと見上げる美女担任の顔。
「そう言うことはね、声に出さない方が良いわ、鉾木 盾也くん」
彼女は楽しそうに笑いながら俺に注意した。
「……う……はい……遅刻共々、以後は気をつけます」
――ああ、死ぬほど恥ずかしい……
――俺ってヤツは……
項垂れて職員室を出ようとする俺。
そうだ今日は早く帰って寝よう。
ちょうど、昨日はやりすぎたから体中が痛いしな……
「では、失礼します」
実は――
現在の俺の全身には無数のアザがある。
幸い、見えやすいところには無いから誰かに見られてはいないが。
最近はずっと、日頃の日課にプラスで”それ”を熟してきたけど――
今日は休んで傷を癒やそう。
――そう、心身共に……
――
「待ちなさい、鉾木 盾也くん」
職員室出入り口の引き戸に手をかけていた俺は、その声に情けない顔で振り返った。
「それで、私の”魔法珠”は出来たのかしら?」
職員室の美女は先ほどと同じ、笑顔を絶やさずにそう尋ねてくる。
「あ!?えっと……それは、もうチョット、明日には……」
急に違う話題になったこともあり俺は面食らっていた。
「そう、分かったわ。宜しくお願いするわね」
最後にその微笑みを確認した後、俺は再び引き戸に手をかけて今度こそ職員室を後に…………
「そうそう、あなたの衝撃的な出会いの君……”あいつ”さんにもよろしくね!」
「…………う」
ガラガラガラ――バタン!
職員室を去る俺の背には、大人の女性らしい、そんな余裕のある冗談が聞こえていたのだった。
―― ―
――斯くして、放課後。
ザワザワ!ザワザワ!
校門前にはまたしても下校途中の生徒達が人だかりを作っていた。
「…………」
なぜ同じ事をする、あの羽咲は……
ザワザワ!
多くの野次馬達が遠目にも集まり、校門前に佇む少女を興味本位に眺めている。
――羽咲……
やっぱり、そこに佇む超の付く美少女はあまりにも目立ちすぎるのだ。
プラチナブロンドに輝く長い髪を整った輪郭の白い顎下ぐらいの位置で左右に纏めてアレンジしたツインテールに、人形のように白い肌とほのかに桜色に染まった慎ましい唇。
身に纏った清楚な淡いグレー色のセーラ服は襟部分に可憐な白い花の刺繍が施されている。
言わずと知れたお嬢様学校、枸橘女学院のものだ。
「……」
――あの時とそっくり同じ……
視線を少し落とした翠玉石の瞳は愁いを帯びたように濡れて輝き、
革製の上品な手提げ鞄を体の前に両手で携えて佇んでいる美少女。
――しかし何度見ても……実際、可愛い
ザワ!ザワ!
「……」
だが、このままじゃモブ精神力である俺のガラスのハートがもたないのも事実。
つまり……
――こうだ!
「っ……!」
俺は遠く離れた場所から目線で彼女に合図を送り、
「……っ!……っ!」
バッ!バッ!と身振り手振りで"裏門に回れ!”と――
「……」
最後に反対方向を指さしてから、頷いてみせた。
――
「あっ…………うん」
それに気づいた様子の彼女は小さく頷いたように見える。
「……」
――ふふん!まあ、ざっとこんなもんだ!
なんといっても二度目である。
さらにあれだけの試練を乗り越えた二人だ。
アイコンタクトの一つや二つは俺達の信頼関係からなら楽勝だろう。
「よし」
やり遂げた感で少しニヤケ面の俺は、クルリと人集りに背を向け、人知れず裏門の方へ進路を取ろうと――
「あ!盾也くぅぅん!!ごめんねぇぇ!全然わからなぁぁぁい!!」
"密かに”どころか一斉に俺に集まる衆人の視線!!
――なっ!?
去りかけた俺に大声で声をかけるプラチナブロンドのお約束ツインテール美少女に……
前回同様、野次馬達がざわめき立っていた。
「――――ってぇ!!信頼関係、皆無かよっ!!」
第13話「信頼関係、皆無かよっ?」END




