第52話
さて、家族内に妙な緊張感が生まれたが、一旦置いておこう。今はそれどころではない。
梛ノ宮愛里はもう帰宅した。月乃は朝が早いから、もうじき寝るだろう。そうすればお待ちかねの……
「さっさと引き出しの中のBL本処分しろよ」
「るっせ、さっさと寝てろ!」
「わかったよ。ったく……」
オッサンは大人しくクローゼットの中へ透けて入っていく。何だよ、このポケットを忘れてきたスケベなドラえもん。まあ、気を遣ったところは褒めよう。お互いに距離感が掴めて来たのだろうか。いや……今の無駄のないやり取り。いよいよ馴染んできたみたいでぞっとしない。
考えていると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ!!」
おっと、いかん。大きな声が出てしまった。
抑えろ、与。
「弟君……やけに元気だね。ちょっとびっくりしたよ」
「ああ、気にしなくていいよ。思春期男子あるあるだから」
「そう……なのかな?あ、用事って何?」
本題をさっさと切り出すべきなのだろうが、用件が用件なだけに、ワンクッション置いた方がいいだろう。
「いきなりあんな話題出しちゃダメだよ。あいりんですら引き気味だったし……」
「そ、そうだよね……ごめん」
「じゃあ、早速先日の約束のコスプレを……」
「いきなり話変わったね!!用件が用件なだけにワンクッション置いた方がいいだろうって思ってるのバレバレだよ!?」
「へへっ」
「少年のような笑い方しても誤魔化せないよ!」
「ささっ、どうぞどうぞ!コスプレ衣装はここにはないけど!」
「弟君、めっ!」
腰に手を当て、人差し指を突き出してくる義姉さんに、可愛いという感想が真っ先に生まれたが、ひとまず口を閉じる。
義姉さんは一つ浅い溜息を吐き、頬を赤くしながら、距離を詰めてきた。茶色のふわふわした髪が揺れる度に、甘い香りが飛び散り、鼻腔を優しくくすぐる。
「もう…………ほ、本当に見たいの?」
「はい!」
「お、お姉ちゃんだよ?」
「むしろ最高!!……じゃなくて、いや、俺は確認したいだけなんだよ。身内が恥ずかしいコスプレをして街を闊歩していないかどうかを、ね」
「本音が前に出すぎて、建前が役割を果たせていない!」
「そんなことはありません。ささっ、約束を果たしてくださいませ」
「もう……ちょっと待ってて」
渋々ながら了承してくれた義姉さんは、衣装を取りに部屋へ戻った。
「おい、そこの変態。さっきから発言が気持ち悪いぞ」
「…………」
別に言い返せなかった訳ではない。敢えて言い返さなかっただけだ。
俺は無駄に格好つけてベースを構え、心臓の鼓動のように、低音をかき鳴らした。
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