見栄
それがライトノベルのヒーローだったらヒロインの危機に間に合わないはずがない。
特撮の主役なら仲間のピンチに必ず駆けつけるはずである。
たとえば漫画の主人公ならライバルを倒すのは自分だと颯爽と見参するものだ。
だから震える足に檄を飛ばして、倒れかける体に力を入れる。揺れる視界を睨みつけて、途切れかける意識を再起動させる。
「ハル、増援も到着し始めてるみたいだし撤退しろとの通達だ」
「確かにこれ以上無茶したらガネさんに怒られちゃうかもな~」
「ならさっさと下がれ。まだ退路は夜寸たちが抑えているみたいだし」
駆け出した矢先に入る通信。発信者はガネさんである。縁田を超えた後には全くと言っていいほど人員が配備されておらず、少しの通信なら落ち着いてできると考えての行動だろう。
「残念だが今回の作戦は失敗みたいだ。次に備えるためにもハルを失うわけにはいかないと分かるだろ?」
「分かるぅわ~♪だから。でもさ俺は行かなくちゃいけないんだよね~」
静止の言葉をかけられても前へと進む足は止まらない。自分の過去を知りたいならば今引き下がってはいけないと感じるから。そして縁田に託されてしまったものもある。
「今回の我儘は随分と土壇場でやってくれたもんだ。神乃さんも随分と急かしてきてるし難しいと思うぞ」
「ガネさんが大将と一騎打ちで交渉しといてよ。ガネさん100%超えるもんな!」
「常識的に考えりゃ、命令違反なんてご法度なんだが……」
なによりも彼が憧憬する彼らヒーローたちがこの状況で下がるなんて考えられない。ならばそこにたどり着くために見栄を張ろう。
「だって俺常識ねーから」
「……知ってる」
だから”三枝”ではない”ハル”の一番の親友だけには頼ってもきっと許される。これから会う者達には三枝ハルとして接しなければならないのだから。
通信を切って前を向き、ヒーローを呼ぶ声に駆け付ける。
「ハルさんならきっとこういうはずです。そんなの”知らないですよ!”ってな」
決意めいた言葉に口角を上げ、よく言ったと彼女を称える。ここにライムがいるのなら、きっと彼女こそ縁田が言った姫様で自分の守るべき相手で、そして彼が伊門である。
細かいことは知らない。そんなことに気をとられるのなら彼は三枝ハルではないだろう。そう定義された者こそが今ここに存在している。
「運命?知らない子ですね」
佐原の放った技を受け止める。骨がきしみ、傷ついた体は悲鳴を上げる。それでも後ろには一片たりとも衝撃を通さない。いま彼が背負っているのはハルが惚れた女と三枝の唯一無二の親友なのだから。
「ここまで来て君が邪魔するんですか三枝君。そこの伊門ライムが君の目指してきた敵だってことはもちろんわかってますよねぇ?」
「知らないですよ!好きな女の子がボロボロになってて見過ごせるわけないでしょ。まずはお前をぶっ飛ばす」
緊張の糸が切れたのか背後で崩れ落ちる音がした。抱き留められれば格好もつくのだが生憎佐原は目を離せるほどの弱敵ではなかった。
「俺が何とかするからね、ライムさん。それに伊門っち。ちょっとだけ待っててくださいよ!」
相対する二人は本来交わるはずのなかったイレギュラー。裏方と主役が出会うことはありえないことのはずだ。だがもしも佐原を湧いて出た黒幕とするならば、この場は終演に足りえるだろう。
「そんなまだ治ってぃ―ない体で僕に勝てるとお思いで?」
「なんか言ってるこいつ~みたいな、当たり前でしょ」
確かにハルは満身創痍で先の攻撃を受け止めたことすら奇跡に等しかった。しかし負ける気がしない。ぽっと出の物真似芸人などに自分が負ける道理はないと。
「ちんこかよ。まあ私の前にひれ比しても同じことが言えたら褒めてやるのだ~。破断!」
「トランザム!」
食らえば必死の一撃はハルに掠ることすらなく空間をねじ切っていく。明らかに速度が落ちている。それもそのはず、ハルも手負いなら佐原も同じ。
拮抗するレベルの使い手と今の今まで戦っていたのだから疲労がたまっていないわけがない。否認めよう、最後のあの瞬間だけは伊門は佐原を超えていた。
何とも鮮やかに間に合ってしまった三枝も苛立たしい。悪役としては本望だが、これでは目的を達せない。その焦燥が技の精彩を欠いていた。
「抹殺、抹消!はいじゃあ捉えまーす」
「キチガイなんでしょ!随分と遅くなってるみたいだけど……ねっ!」
ハルの反撃が直撃する。伊門では割り込めなかった隙に入り込めるのは純粋な力量かそれとも彼の気迫がそうさせるのか。
どれだけ切り替えようともその全てに対応するハル。何よりもその速さが息をつく暇も与えず佐原を責め立てた。飛び道具はかわされ、振りかぶる拳はいなされる。
伊門のような不完全なものではない過去との融和は全盛期だったはずの三枝のそれを凌駕し、こと体術においては観測者としての佐原では肉薄すらできない領域に達していた。
「俺轟扇組のスケット団と呼ばれているからさ、こんな負け方は許されないんですよ。次世代のリーダー同士、雌雄を決しようじゃありませんか!」
「やっと本気ってわけかー、でもそんなの知らないですよ。さっさと終わらせないとガネさんにも迷惑かけちゃうしね」
「見せてあげますよ、蒼の力を!」
再び”蒼”を解き放つ佐原。二度目の開放は相当の負担を強いて寿命を削る。それでも勝たなければならないという強い意志が、ここにきて純粋な闘志となる。
計略を張り巡らすような余分が剥がれ落ち、眼前の敵を下すことにのみ注力する。初めて見せる佐原の全力全開はハルをすら震え上がらせるに十分だった。
「おおこわいこわい、だからって負ける気はさらさらないけど」
「言ってろハゲ!」
互いに残された力はわずか、持って十合かち合えば数合といったところか。だから触れさせない、まるで示し合わせた演舞であるかのように極限をすり抜ける。
産毛をそりあげるような緊張感のなかのそれは芸術とも呼べるだろうか。ハルの加速は衰えず、佐原の蒼は激しさを増していく。軌跡の中の二人とは逆さまで彼我にあてられた熱情は別人のような様相を呈していた。
轟扇組の幹部となってより初めての勝利への渇望は権謀術数で錆びついた精神を燃え上がらせ、真に守るべきものを背負った不退転の決意は昂った高揚感を沈めた。
この状態こそがむしろ本来の姿であるかのように今までにない力を発揮し高みへと上り詰めてゆく。
「拮抗してるってわけですか三枝君。なら一歩でも僕が先に行けば勝ちってわけでしょう?」
「ちょまてよ、勝つのは俺に決まってるじゃん!」
だが均衡を破るための佐原の行動は伊門への攻撃だった。庇護のために割って入ったハルについに悪意の牙が突き立てられる。純粋な殴り合いはこれを狙っての布石であったのであろうか。
「がぁぁぁ!?」
「雑魚は雑魚同士で傷のなめ合いでもしてればいいと思うんですけど」
とどめ足りえる一撃は不意打ちめいて直撃し、ハルの命を消し飛ばさんとする。背を向ける佐原は勝利を確信し酔ったかのように独白する。
「結局は絆や気合なんてまやかしだったってわけですか、悲しいですねぇ三枝君。」
倒れ伏すハルは動かない。限界を超えての連戦は確実な破滅を招き、今ここでその因子が開花したのだ。筋肉は千切れ、骨はひび割れている。もはや最後に残った彼の武器はその魂だけだろう。
「……」
「何か言いましたか?」
だが彼を定義する迷わないための軸こそ見栄である。無知な自分を肯定し、それでも前に進むために運命のレールすら笑い飛ばす。世界に反旗を翻しどこまでも我道を押し通す。
「……ですよ」
「うるさいですねぇ、しぶとさだけはゴキブリみたいだぁ。息の根止めちゃいましょうか。」
運命は乗っかるものではなく己が手で切り拓いていくものなのだと信じ続ける。張りぼて細工の自分には荷が勝ちすぎたとしたってそこで折れるわけにはいかない。
「知らないですよ!」
「なっ!?死に体だったはずじゃありませんか」
約束を守るためになら自分の身がいかに傷つこうとも構わない、虚飾の先に光があるのならば壊れていく身体も知らないと見栄を張る。
それこそが彼が”三枝ハル”である理由。見栄も張り続ければいつかは現実と変わりなくなる、ヒーローは格好をつけるものなのだ。
「せっかく真っ直ぐぶつかってきたから、まさか佐原が絡め手でくるなんわけないよなぁ~、と思ってたのに残念だよ!」
「うるせぇ!死んでろよテメー。そこの雑魚と仲良くな」
「へ~そーなのかーわは。あのままやってたら危なかったかもしれないけど、もうお前に負ける気はしないなぁ。随分と小さくまとまっちゃってさ」
次の瞬間佐原の視界はあらぬ方向を捉えることになる。ハルの拳で吹き飛ばされたと気づくには少々の時間が必要だった。拮抗していたはずの自分がいとも簡単にひざをつかされたことに理解が追い付かず、ただ本能に従ってハルに躍りかかる。
「トランザムを使うほどでもなくなっちゃったねぇ」
しかし再びの撃墜。苦も無くいなされカウンターが重なり、吹き飛ばされる感覚にこの上ない違和感が走った。ハルの動作を捉えられないだけでなく目で追うことすら難しくなっている。
もし彼の言葉をうのみにするのならば今はトランザムを使っていないはずだ。その状態で先ほどまでの打ち合いが幻だったかのように圧倒されてしまう。
世界の隔絶の真相は佐原の減速である。純粋な闘志をすて主役のライバル足りえ なくなった 佐原に天秤は傾かず、ゆえに幕引きは訪れる。
「こいつで……いきますよ!」
「遅い!」
死力をかけた再びの奥義は、しかし悪手。平常の佐原であれば由来不明の不利が付いた瞬間に撤退を選択していたのだろう。否なるべくして訪れた結末とみるべきか。
引き延ばされた刹那の中で見たものは憐れみと驚き、そして僅かばかりの称賛であった。
「覚醒するかと思ったけどやっぱそんなことしないよなぁー?さぁ幕引きと行こうか、テテテテ!」
蹴り上げの勢いを巻き込んだ渾身の拳は佐原の体を打ち上げ、天井をも突き破りさらに吹き飛ばした。彼方へと消える彼はいつも通りに抱腹絶倒、反響する笑い声だけを残していった。
「ギョエッヘー!?まるで煮え湯飲まされてるみたいだぁ……。覚えてろよー!」
残心を決め、倒れこもうとする体を何とか持たせてハルはライムへと歩み寄る。やっとたどり着いた己の過去は随分と激動で飲み込むのにもしばらくかかりそうだが、時間はいくらでもある。
ほっと息をついたことで気が抜けたのか彼を目前にして崩れ落ちる。だがいつまでたっても床は体を打たずに暖かい何かに包まれ意識が遠のいてゆく。
「マァァァァ言いたいこともありますし、聞きたいこともあるんだがな三枝。決着はまた今度にするとしよう。お疲れ様でしたハルさん、ありがとナス」
想い人の腕に抱かれて平静でいられないのもやはり主人公の性なのか。跳ねるように飛び起きて今日一番の歓喜の言葉を叫ぶ。
「ライムさんの膝枕キター!トゥルルー 運 命 力 !」
勝利の雄たけびは空に響き、争いの最中に訝しまれる。カニゴラの脅威が近づく中とはいえ今この時だけは二人の再開を祝し、しばしの休息が与えられてしかるべきだろう




