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牙突


頬に付いた血を拭い、霞む視界を無理矢理開かせる。


「ンーンーンー!」

「キレそうなんけど」


飛べない鳥のように我刃は鳴く。危機的状況を感じているのは田中瑠も同じで半笑いでこの理不尽に対する怒りを鎮める。

大量の芝田という予想外過ぎる敵は二人を完全に追い詰めていた。芝田一人とクソハゲ森で接戦だったというのに、芝田の軍勢など相手に出来ようものか。我刃のレ淫棒も、今や翼を無くした飛べない鳥――ペンギン辺りまで落ちている。何処かアンニュイな顔で口元を閉じ、今や崩れ落ちてしまいそうなほどの気力の低下。田中瑠も残弾を尽かせ、それでもなおにじり寄る芝田達に恐怖を感じていた。


「良いですねぇ……凄く良いですよぉ……!」


森はその様を、まるで嘲笑うかのように義眼に刻みこませる。全く、予想外の兵の消耗は避けたいところではあったが、どうしてこんなにも子供が傷付く姿はオモシロイのだろう。森にとってこれは戦いでも事件でも戦争でもなく、遊戯であった。森一人の為の、死人を伴う即興の遊戯。


「徳川様逃げなくてはダメですよ?」

「ウッソだろお前wwwwこの期に及んで逃げるとか笑っちゃうぜwwwもう引けない所まで来てるってそれ一」

「徳川様に死んで欲しくないんだよなぁ……」

「やあやあ。苦しそうだからそろそろお終いにしてあげるんだよね」

「全員、構え」


どの芝田が言ったのか……もはや判別は付けられなかった。暗く冷たい銃口が此方を覗き込み、暴れ回る非情な弾丸をその口に抑え込んでいる。一度それを開けば、後は狂ったように弾丸が彼ら二人の肉を切り裂く。その時は近い。芝田達が人差し指に僅かでも力を込めれば我刃と田中瑠は文字通り引き裂かれる。我刃は逸らすように目を閉じ、田中瑠は最後まで怒りの眼差しを芝田に向ける。

そして芝田田達は情けなく銃に火を吹かせた。


『べべんべんべんべん、祇園精舎の鐘の声――』


怪しげな琴の音が空間を支配する。我刃が目を開けると、まるで鎖で繋がれた猛犬のように、弾丸が細かく震えながら静止していた。銃声も芝田の声も聞こえず、ただ琴の単調な音が響くばかり――異常なほどの静穏の中、我刃はその姿を見た。


『べんべべんべんべん、諸行無常の響きあり――』


彼を囲み祝うように札と呪文が宙を舞う。陰と陽、そして社会学の祝福を受けてもなお、彼は只あるべき事のように琴を弾き続ける。そう、その姿は陰陽師にとって“普通”の姿。ただ少し、彼が普通の陰陽師と違うのはジャンプという行動を愛し、ジャンプという言葉を愛し、ジャンプという魂を愛しただけである。その違いだけで彼は、桁外れの力を手に入れた。


『べべんべんべんべん、沙羅双樹の花の色――』


琴の音に変わりはない。単調に、穏やかに、彼の口と共に揺れ動く。芝田の放った弾丸はそれに心を奪われたかのように震え続ける。その心の昂りを抑えるので精一杯だと如く。この興奮を解き放ちたいかの如く!


『べんべんべんべべん、盛者必衰の理をあらわしますウェ!』


琴の音を弾き鳴らせば、弾丸は真っ直ぐ芝田へと向かって加速した。鳴り終わった琴の音からようやく解放された芝田は、しかし眼前に迫った自らの弾を避ける事は出来ない。ほぼ同時に数十人ほどの芝田が地に伏せた。飛ばす鮮血は全く同じ色、死に行く顔も皆同じで、死に際に小さく笑うのも誰一人として怠る者は居なかった。

そんな中を陰陽師が歩く。


「ジャッジャジャジャジャジャジャッジャッジャジャーン(古畑任三郎)、000シリーズのウェアエムって人がピューッと助けに来てくれました!」

「違うんだよね」


倒れ逝く芝田を踏みしめ部屋に入ったのは、やはりこれも芝田。我刃と田中瑠は一瞬警戒するが、感覚で分かった。この芝田こそ轟扇組として、仲間として戦ってきた本物の“芝田”だと。


「よくも好き勝手に芝田の名を使って芝田を穢してくれたんだよね。この芝田が貴様ら芝田を一人残らずやっつけてやるんだよね」

「んにゃぴ……どういう意味?」

「徳川様混乱してて草。俺らの仲間って事でしょ」

「ヴヴヴ……難しい事は分かりませェン!」


我刃は沸き上がる闘志を感じつつ、その拳を握り締める。何が『大勢であるが故に』だ。最初から俺達の芝田はこの一人じゃねえか。

我刃は軽く飛び、腕を横に突き出しながら体を揉み解す。全身の血が沸き踊り、筋肉がエナジーを取り込む。まだまだ、これからですよ。


「ったく、芝ちゃんさぁ、見ただけで偽物かどうか分かっちゃうんだからクローンとか意味無いと思うんですけど」

「その割にはここ最近の僕の劣化版に騙されてたみたいなんだよね」

「うるせえ、日ごろから小さなガバをしていかないと大きなガバ起こしちゃうから多少はね?」

「オハハハハwwww徳川様の本気がで、出ますよ……」


芝田が無言で数百の弾丸の束を田中瑠に投げ渡す。笑い飛ばしながら田中瑠はそのバレットベルトを剥き出しの愛銃へ差し込む。810発。田中瑠にとっては馴染みの数字だ。

二人、経った二人乱入しただけで状況は一気に傾いた。しかも内一人は数多くいる芝田の内の一人に過ぎないのに!


「あの芝田君は何ですか……君は“本当は”誰ですか?」

「やあやあ。芝田なんだよね。君達が作り出して、それでいて持て余らせてしまった唯一の芝田……それが僕、なんだよね」

「何を言ってるのか分からないんだよね。芝田に違いはない、芝田は皆芝田でなくてならないんだよね」

「フン、君達雑魚の戯言なんてもう聞きたくないんだよね。親指でブチッ! なんだよね」


その言葉に森が身構える。しかし正にその時、後ろに半歩引いた事で音もなく背後に現れた菊花丸がお札を森の背中に貼り付ける事を許してしまった。


「こりゃダメだね」

「陰陽師……ッ!」


振り向きざまに一撃を食らわせようとするも、陰陽師は飛び退き煙を撒いて姿を消す。森は背中の札に手を掛けた。どんな効果があるか分からない、得体の知れないお札を全力で引き離す。


「――ああぁぁあ!?」


電流が流れるような、突き抜けるその痛みに森は思わず顔を顰める。ただ彼が声を上げたのは痛みを感じたからではない。森は自分の体の違和感を確かに感じ取った。試すように我刃に向かって手を振るう。我刃はヘラヘラ顔で『馬鹿じゃね』と笑ってきた。やはりそうだ、あの力が使えなくなっている。


「シロヒゲですかこれは」


ふと森が視線を上げると、陰陽師が先程自身に貼られていた物と同じお札を手に持っていた。青白く光り、猛々しい程の霊験灼かな術具へと変貌している。菊花丸がその札を優しく揺らす――森の身体が地面に叩きつけられたのはその動きとまったく同じタイミングだった。


「馬鹿な、こんなの有り得ない……あっちゃいけない……!」

「率直な感想を言わせて頂きますウェ!」


菊花丸が目を見開き、森を見る。扉のように閉じられていた瞳がその全てを暴かんと森に視線を這わせる。


「森ちゃん相当弱いです! 力や技術は高いかもしれませんが実践における読みがダメだね、ピーだね。『剥がせば効果が出るお札』を何も疑わずに剥がしちゃうのはいやよ~もう~相当に傷付く事を恐れているんだろうね」

「……何が言いたいんですか」

「そんなんじゃダメだ、オワオワン……私の三分の一、とまではいきませんけど私。とにかく、そのままじゃぜぇっだい倒せねえぜ!」


天皇をスケスケしたほどの菊花丸である。森の実力なんて浅はかな物はトゥララララとあっさり看破していた。もう既にallready、菊花丸は勝負に勝っている。森が目をシャッター降りて丸した時から、この二人の勝敗は決まっていた。

森の遊戯だと思われていた舞台は、森に対するお仕置き部屋だったのだ。森のカードは、もうジョーカーしかない。


「アッヒャ! 今こそ本気の戦いの時じゃんアゼルバイジャン!」

「徳川様逃げてはダメですよ?」

「フン、叩き潰してやるんだよね」

「んんーッ悪霊退散悪霊退散悪霊退散ホッ! ハァァーン!」


身に迫る滅亡の前に、森は躊躇わず腕時計のボタンを押した。







「ふーっ……いやぁ終わったなぁ」


林は満足気に自分の作業したカニゴラを眺める。大きな仕事だから相当時間と腕を掛けたが、結果としては大満足だった。


「いやぁ、にしても外が五月蠅いなぁ……まさか轟扇組とレジスタンスが戦争してたりしてな」


躰を伸び解しながら林は一人ごちる。彼の頭の中ではすでにこの喜びをみんなで話し合って共有したい気持ちで一杯だったが、周りに何時もの仲間たちは居ない。


「やっぱり俺がリーダーにならないとだなぁ……」

「…………お前」

「ん?」

「お前は絶対許さないンゴねぇ!」


素早く駆け抜ける虎のような一撃で林は机を巻き込みながら倒れた。痛みよりもまず、あの懐かしい声が林の脳を明後日の方向へ明瞭にする。


「虎!? お前生きてたの!?!? 生きてたんなら連絡しろよ!!」

「お前が裏切ったんやで(ニッコリ) それはそうと林、お前は絶対に殺すンゴ!」

「はぁ!? 生きてたのに連絡しない方がよっぽど裏切りだろ! ってか裏切りってなんだよ?」

「林ィィィィ!!」


怒りのままに虎は林を蹴り上げる。この怒りは至極当然で、裏切っといて神弓・乙まで使って命を守った自分を“生きてたの!?”である。


「今ここで復讐を遂げさせてクレメンス」

「嫌に決まってるだろ!? 俺お前の事心配だったんだぞ!!」

「じゃあ調べろやこのハヤカス!」


虎の渾身の一撃が決まり、林は完成したばかりのカニゴラに激突した。そしてその衝撃で、今しがた慎重に接着したばかりの部品が抜け落ちていくのを目撃してしまった。漫画のように口を開き、目も震える。


「おいいいいいいぃぃぃいいいいいぃぃぃ!!!!!!」


焦りと恐怖が林を叫ばせる。カニゴラの起動まで時間ありませんとか言っていたのに虎のせいで壊れてしまった。


「ん……? 林、それ何ンゴ? まーた新しい40分装置作ったんか」

「いや虎お前も直すの手伝えって! これ取れちゃったよwww」

「なにわろてんねん。どうやって直すンゴか?」


林は辺りを見渡して、急ぎで修理出来そうなものを探す。本格的な接着だと間に合わない。素早く、しかし完璧に固定できるもの……


「あった! よっしゃ、完璧だわ!」


林は迷わずそれを大量にカニゴラへと叩きつけて応急処置を施す。ぐるぐる巻きにして見栄えも何もなくなったカニゴラを見る。


「やっぱすげえなガムテープ。なんでもくっつくじゃん」

「なんやこのアホ……殺す気失せたわ。こんな奴にキレてた俺自身にキレそー」


そして林が満足気にため息を吐くのとほぼ同じ瞬間、カニゴラが静かに動き出す。死の殺戮兵器であったそれを呼ぶ何者かの声に応えるように、その目を光らせ歩みだす。林の瞳に写るその姿は現実より5割ほど格好の良さが増していた。


「あっぶねー、ぎりぎりのタイミングだったわ。で、虎。お前よく生きてたな、またみんなでモンハンやろうぜ」


巨大な黒いカニの前で、その姿に圧倒される虎。それを見て凄くねと連呼する林。この二人は、かつては轟扇組を守る戦友で、つい先ほどまでは敵同士という奇妙な関係。

そして今まさに、再び轟扇組を守る英雄的な行為をしてしまったが、林はその事に生涯気付く事は無かった。

今は只、林は森さんの仕事に応えたい一心だったとは、誰も信じないのだろう。しかしこれこそが真実である。



それこそが、林組長である。


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