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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-02 "INVISIBLE DAMAGE"
60/93

CHAPTER-60

 日常――常日頃から繰り返され、取り立てて奇抜な出来事のない、毎日の暮らしの営み。

 RRCAエージェントにそんなものは存在しない、と誤解されがちではあるものの、実際の所はそうでもない。

 ミッションの事を抜きにすれば、彼ら若しくは彼女達は皆、他の若者と変わらない日々を過ごしている。勉学に明け暮れる者、部活動に精を出す者、友人と遊びに出掛ける者。傍目で見れば、恐らくRRCAエージェントである少年少女と、そうではない少年少女を見分ける事は簡単とは言えないだろう。


 数多に行き交う若者の中に、彼女は居た。

 白いスカートにこげ茶色のジャケット、その右肩には赤茶色い手提げバッグと、派手な様相や贅沢を好まないという性格を示すような出で立ち。小柄ながらもその瞳は凛としていて、同時に小犬のような人懐っこさを感じさせる。10人がすれ違えば、恐らく10人全員が振り返るであろう、美少女だ。

 彼女の名は、美澤玲奈。『GLORIOUS DELTA』の紅一点にして頭脳、史上最年少でRRCA特別情報管理官の称号を与えられた、天才オペレーターである。先月の事件では、目を通すだけでも数日を要するであろうプログラムをものの十数秒で解読、そして解除し、アクアティックシティや多くの人命を救う功績を挙げた。正しく、才媛という言葉をそのまま形にしたような少女である。

 

 そんな玲奈も、RRCAである事を除けば普通の16歳の女の子。料理や裁縫も出来るし、自室には可愛いぬいぐるみも沢山持っているし、美容にも気を遣うし、お洒落もする。

 そして今、彼女は雑誌で見た夏服を見に、大型デパートの衣類コーナーを訪れていた。

 目に留まったジャケットをフィッティングミラーでサイズ合わせして、玲奈は眉間にしわを寄せつつ感想を述べる。


「ちょっと、目立ちすぎるかな……」


 ハンガーラックにジャケットを掛け直し、玲奈はふう、とため息をつく。雑誌で見た時は好印象だったものの、実物を見てみると今一つだった。

 少しばかり肩を落とす、折角足を運んだ事だし、デパート近くの古本屋でも覗いてから帰宅しよう、と思って衣類売り場を後にする。


(っと、そっか。西出入り口は今日改装工事中だったんだっけ)


 デパートに入る際に目にした張り紙を、玲奈は思い出す。目当ての古本屋に行くには西出入り口を通るのが一番近いが、今日は封鎖されているのだ。巡回しようと、踵を返す。

 ――事件が起きたのは、その直後だった。尋常ならざる人々の悲鳴が、玲奈の数十メートル先から響き渡ったのだ。1人の少年が走り出る。その片手に赤く染まった物……ナイフだと、玲奈にはすぐに分かった。

 玲奈の顔つきが一瞬にして変じる。日常とは、少しの間お別れだ。

 ナイフを持った少年を追おうとするが、前方の群衆の中から更なる悲鳴が上がり、玲奈は「すみません、通してください」と発しつつ人垣を掻き分けて進みゆく。


 若い男性が右足を押さえ、倒れ込んでいた。流れ出た血液でズボンが、そして周囲の床が真っ赤に染まっている。先程の悲鳴は、周囲の誰かが発した物だろう。

 すぐさま玲奈は、先程のナイフを持った少年の事を思い出す。

 ――通り魔事件。稲妻がほとばしるかのように、その言葉が玲奈の頭に浮かんだ。


「ぐあっ……足が……!」


 苦しげな声を発する男性の側で、玲奈はしゃがんで様子を伺う。致命的な傷ではないものの、急いで病院に搬送する必要があるだろう。近くにデパートのスタッフらしき人物がいたものの、こういう状況に遭遇した場合におけるマニュアルは存在しないのか、慌てふためいた様子で視線を泳がせているだけだ。

 玲奈は立ち上がり、周囲に続々と集まる野次馬達に思い切り声を張り上げた。


「スタッフの方はこちらへ来てください、一般の方はすぐにこのデパートから避難してください!」


 ざわめく声の中で、玲奈の声は明瞭に響き渡る。しかし、単なる少女の言う事だ。誰も応じようとはせず、奇異の眼差しすらも向けてくる。

 けれど玲奈は怯む事なく、内ポケットを探り、茶色い本革の手帳を取り出した。それを開いて、周囲に見えるよう上に突き出す。


 RRCA-ID:1766-0291-6077

 REINA MISAWA


 GRADE-S


 人々がざわめくのが分かる。

 嘘だろ、あんな女の子がグレードS……? そんな発言が耳に入る。けれど玲奈はそんな物を意にも介さずに、先程以上の声量で叫んだ。


「RRCAです、指示に従ってください!」


 自分はRRCAであり、さらに最高位のグレードを有する者である。そう明示した上での命令は、最初のそれとは比較のしようが無い説得力を有していた。人々は誰1人として玲奈に逆らう事なく、一般市民は逃げ始め、そしてデパートのスタッフが十数名程、そして僅か数名の少年少女達が玲奈の元へ集まる。

 玲奈が口を開く前に、彼らはポケットやバッグから本革の手帳を取り出し、そこに収められたIDカードを見せつつ、


「俺もRRCAです、力になれる事はありますか?」


「私もです」


「あの、僕も」


 皆、手伝いを申し出てくる。

 野次馬の中に両手の指で数えられる程度、RRCAエージェントの若者がいたらしい。グレードCが殆どだが、1人や2人、グレードBの者も見受けられた。

 自然と、グレードSの自分がこの場を取り仕切る雰囲気になっている。それを感じ取った玲奈は、彼らの厚意を受け取る事に決めた。


「ありがとう、それじゃ……」


 10人にも満たないRRCAエージェント達を二つのグループに分け、玲奈は役割を与える。

 一方のグループは、通り魔の被害に遭った男性の救護、そして病院への搬送。そしてもう一方のグループには、デパート内の一般市民の避難誘導を任せた。デパートのスタッフには全店舗の閉鎖要請を出させ、更なる被害を防ぐ。

 

「ここは任せてもいい?」


 そして玲奈も自らの役割を果たそうと、被害者の手当てをしている少女へ問う。


「どうするんですか?」


 玲奈は手提げバッグからタブレットPCを取り出しつつ、応じる。


「私、犯人を追わなくちゃ」


 RRCAエージェントである1人の少女が、はっとしたように叫ぶ。


「いけない、もう外に逃走しているかも……!」


 通り魔事件発生から、これまでで約1分が経過している。そう考えても不思議ではないだろう。

 しかし玲奈は、冷静な様子でタブレットPCを操作しつつ応じる。


「大丈夫よ、さっき私見たから。ナイフを持った犯人が西出入り口の方へ入っていくの」


 RRCAエージェントの少年が、玲奈を補足する。


「そうか、西出入り口は今日封鎖されていて通れないんだ! だとしたらまだ、奴はまだここに……」


 玲奈はタブレットPCに命令を飛ばして、デパート内の全ての監視カメラをハッキングする。10秒足らずで、タブレットPCはデパートの全域を見渡せる千里眼の鏡となった。

 しかし、そこには無数の人々が映し出されている。そこから1人の人物を探し出すのは不可能だろう。

 そう、玲奈でなければ。


「見つけた。間違いない、彼だわ!」


 映像の中に、見つけ出した。

 ほんの一瞬顔を見ただけでも、玲奈は記憶していた。先程、赤く染まったナイフを手に血相を変えた様子で走り去った、あの少年だ。

 

(……? 様子がおかしい……)


 少年の挙動に、玲奈は疑念を抱く。

 彼は化粧室に続く通路で、壁に背中を預けて頭を抱えているのだ。鮮明には見えないが、苦悶の表情を浮かべているようにも見える。けれどその片手には赤く染まったナイフがしっかりと握られていて、持ち主である彼を犯人たらしめる確固たる証拠だった。

 普通に考えれば、通り魔事件を起こした犯人はすぐに逃走しようとするはずだ。一体何をしているのか。


「この場所なら……東側通路から回り込めば、確実に捕まえられる!」


 玲奈はタブレットPCをバッグに仕舞い、駆け出そうとする。

 その時、1人の男性が彼女を呼び留めた。


「待て!」


 振り返る、声の主は被害者の男性で、苦悶の表情を浮かべながら玲奈に忠告した。


「気を付けろ、あのガキは狂ってる……!」


 怪訝に思いつつ頷いて、玲奈は駆け出した。

 犯人拘束に向かう最中、彼女はショルダーホルスターから拳銃を抜く。RRCAエージェント達に支給されているTH2033だが、彼女のそれはアイノックスモデル。多くのRRCAエージェント達が持つ黒塗装の物とは違い、高強度ステンレス製の眩い銀色の輝きを持つモデルだ。

 





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