CHAPTER-59
「やっぱよく分かんねえな……いや、けどさっさと使いこなせるようにならねえと……」
アクアティックシティ市街のベンチに腰掛け、裕介は眉間にしわを寄せながら呟いた。
裕介を悩ませているのは、彼がその手に持っている新型の多機能スマートフォン、『Y-Phone』。そう、裕介は昨日機種変更し、巷で話題、スマホ所有者の6割程が使っているというこの人気定番商品にデビューしたのだ。
しかしながら、イヤホンジャックの位置が違う、設定の仕方も違う、電話やメールの手順も違う……といった具合にそれまで使っていたスマートフォンとは色々と勝手が異なり、使いこなすのに悪戦苦闘しているという訳である。
「ん、これが『LIME』か……」
裕介はふと、画面に表示された沢山のアプリの中の一つに目を留めた。
緑色の地に白で果物のライムを象り、その中に『LIME』と書かれた、いたってシンプルなアイコンのアプリ。前々から、裕介はこのアプリの事を耳にしていた。何でもメールより簡単に手軽に、さらに無料で通話まで出来、数多あるコミュニケーションアプリの中でも最高の完成度と知名度を誇る代物なのだとか。
(とりあえず、登録だけでもしとこう)
使い方など分からないが、一先ず準備だけでもしておこう。そう思い、裕介はアカウント取得の作業を始める。
氏名やアカウント名を入力し、さほどの手間はかからずに完了する。
(お、なんか一杯出てきた……)
連絡先リストに、沢山の名前が表示される。ざっと見渡してみて、自分の友人達の氏名である事に気付いた。
本名を用いている者や、ニックネームを使っている者。共通しているのは、裕介の携帯番号を知っている者だという事だ。
「んーと、チャットにタイムライン……どう使うんだ、これ」
ぼそぼそと呟きながら、裕介はY-Phoneの画面を睨み付け続ける。それまで連絡手段をメールや電話のみに限っていた彼は、そうすぐにはこのアプリに適応出来そうにない。
今度、詳しそうな友人に使い方を教授してもらおう。妥協的にそう結論付けて、裕介はY-Phoneをポケットに押し込もうとする。
ピコーン。
と、その時。裕介のY-Phoneが聞き覚えのない音を奏でた。戸惑いはしたものの、耳障りの良いその通知音に、裕介は画面を見つめ直す。
ポップアップウィンドウに、メッセージが表示されていた。英語の文章だったが、自動的に日本語に訳される。
From:LISA♡LISA
やっほー、LIMEはじめたんだね!
ようこそ XD
「な、何だ……!?」
アカウントを取得してから数秒で送られてきた、いきなりの絵文字付きメッセージ。
しかし裕介はすぐに、その差出人の名前に視線を釘付けにする。
「リサ……? ああ、リサか」
送り主は簡単に見当が付いた。食いしん坊万歳にして、バイクと銃の腕は天下一品の彼女、リサ・バレンタインだ。裕介がアカウントを取得するとほぼ同時にメッセージを送ってくるとは、単なる偶然か、若しくは常にLIMEをチェックしているのだろうか。
と、再び通知音が鳴る。それは新たなメッセージの受信を意味していた。
From:LISA♡LISA
後ろ見て後ろ!
「後ろ……?」
裕介はベンチに座ったまま、視線を後ろに向ける。
市街を行き交う人々を背にして、手を振っている少女の姿があった。
「お、リサ……!」
いつからそこに居たのか、他でもないリサだ。
◇ ◇ ◇
「で、タイムラインはこーして、新しい友達を追加する方法は、この『+』アイコンをタップしてからここを……」
裕介のY-Phoneの画面を指しながら、リサはすらすらとLIMEの扱い方を講釈する。
彼女の説明は明快で分かり易く、裕介は側で聞いているだけで自然と説明が頭の中に入ってくるのを感じていた。そしてほんの数分間でリサの授業は終わり、差し出されたY-Phoneを裕介は受け取る。
「ざっとこんな感じかなっ。どうユースケ、分かった?」
「おう、ありがとなリサ」
リサは「どういたしまして」といかにも楽しげに返事をし、メニュー表を手に取った。
そして彼女は指を3本立てて、
「それじゃ、ホワイトフォートレス三つ。ユースケの奢りねっ」
白の要塞を意味する、ホワイトチョコレートがこれでもかと言わんばかりに塗り込められたドーナツを、リサは注文してくる。
裕介とリサは今、アクアティックシティ内のドーナツ店、ミセス・ドーナツに居た。何でもリサはドーナツを買いに来た所、ベンチに座っている裕介の後姿を見つけたらしい。
「へいへい分かったよ。ホント、よく飽きねえよな」
そして裕介はリサのドーナツ、そして自分のスティックアップルパイを注文し、およそ2分後、店員がそれらをトレイに乗せて運んでくる。
それから裕介はアップルパイの柔らかな甘みを楽しみつつ、テーブルを挟んで向かいに座っているリサと話していた。話題は、LIMEに関する事だ。
「他にもね、何十とか何百人とかでグループを作る事も出来るの。そしたら自分のメッセージを沢山の人に送信したり、あとウェブサイトとか、アプリケーションに招待する、なんて事も出来るんだよ」
「へー、便利なもんだな」
と感心したように返事をするものの、聞いている限り、裕介は自分には縁の薄い話に思えた。
普段彼は携帯を音楽プレーヤーのようにしか使っていないし、連絡を取るとすれば大体が電話で、メールや無料通話アプリはさほど使わなかったからだ。
リサは頬杖をついて、自分のY-Phoneの画面を見せながら言う。
「無料コミュニケーションアプリの最高傑作って言われてるからね。あたしも服屋さんとかバイク店のLIMEに登録して、いつもお知らせ受け取れるようにしてんの」
と、裕介はその話には少しばかり興味を持つ。自分の好きなミュージシャンの情報なども受け取れるのだろうか、と考えたからだ。
リサに教わった手順で、裕介はグループやLIME関連のアプリを探すページを開いてみる。お勧めのグループ、と書かれた部分に、幾つか紹介されていた。
(お、これって)
見覚えのある名前を見つけた裕介は、そのページをタップする。
「アクアティックシティタイムズ(AQUATIC CITY TIMES)じゃん、LIMEと提携してたのか」
裕介が目に留めたのは、ある新聞社の名前だ。アクアティックシティの中ではトップクラスの規模、知名度を誇る会社であり、さらに報道番組への協力も行っている。
世間の情勢に関する事を知りたい時、裕介は情報の多くをこの番組から仕入れていたのだ。
かじりかけのドーナツを片手に、リサが言う。
「LIMEでページ作ってる企業とかも結構あるよ、宣伝になるしね」
リサに頷いて、裕介は再び画面に視線を向ける。本日のトップニュース、と大きく銘打たれたサイトに、幾つかのニュースが表示されていた。
「ん……?」
その中の一つに、裕介は思わず視線を釘付けにする。そのニュースとは、
『全米で多発する少年少女の昏睡、ついに100人超える。未だ捜査の進展なし』
リサが話し掛けてくる。
「どしたの?」
裕介は、Y-Phoneの画面をリサに見せた。
「いや、これってまだ解決してなかったんだって思ってさ……」
リサは数秒画面を見つめた後で、眉間にしわを寄せた。
「あー、これね。ちょっと前からだよね? 何かの病気か何かと思ってたけど、違うのかな?」
「いくら何でも、100人は多過ぎると思わねえか? しかも、子供だけって……」
リサは残ったドーナツの欠片をぱくりと口に放り込み、その人差し指を顎に当てて考え込む。いつも陽気で明るい彼女にはどこか不釣り合いな、真剣な面持ちだ。
「誰かが仕組んだ事、なのかな……?」
視線も合わさずに発せられたリサの言葉、裕介はそれとほぼ同時に席を立った。
「あちょ、ユースケ?」
リサに呼び止められて、裕介は彼女を振り返る。
「悪いリサ。今んとこ担当してる事件もねえし、ちょっとオレ調べてみるわ」




