CHAPTER-24
ランドンの拘束の為、彼とその部下が根城にしていた倉庫へと赴いた裕介とネイト。彼らのミッションは、ランドンの死亡という想定外の形で一旦の幕を下ろした。
同時に、それは始まりでもあったのだ。彼が繰り出したIMWやパワードスーツ、どちらも不正に所持されていたものであり、その出所を突き止めなくてはならない物なのだから。このまま見過ごす事は出来ない。
「それじゃあまず、裕介とネイト君が相手にしたあのパワードスーツの事なんだけど……」
翌日、第23オペレーティングルームでの会議は、玲奈のその一言から始まった。
裕介と玲奈、そしてネイトの3人がガラステーブルを囲い、傍らではメイシーがコーヒーメーカーを操作している。
「さっき分析の結果が届いたんだけど、信じられない事が分かったの」
玲奈がガラステーブルに人差し指で触れる。
すると、透明だったガラステーブルの表面に数枚の写真が表示された。このガラステーブル、一見するとありふれた家具にしか見えないが、天板全体がタッチスクリーンになっているのだ。
数枚の写真の中から1枚を、玲奈はフリックして中央に移動させた。裕介に撃破され、大破したパワードスーツが映っている。
「このパワードスーツ、違法な改造が施されていたそうよ」
「違法な改造?」
裕介が返すと、玲奈は首を縦に振った。
「安全装置、さらに緊急停止装置が解除されていて、さらに一定のダメージを負うと、強制的にオートコントロールに移行するようセットされていたそうなの」
驚愕すべき事実だった。
「なんだそれ、そりゃつまり……」
「一度装着したが最後、パワードスーツから出られない事態に陥る可能性がある仕組みになっていた」
それまで黙っていたネイトが、恐ろしい事実をさらりと口にした。
「……そう、加えて装着者とのリンクシステムも杜撰そのもの。安全性なんて、僅かも考慮されていない仕組みになっていたわ」
パワードスーツの操縦には、2種類の方法がある。
一つ目は極めて単純な方法――装着者がスーツ内に入り込み、内部の装置を使ってコマンドする方式だ。慣れるまでは熟練を要するが、暴走などの危険性は低く、不測の事態の際には緊急脱出も迅速に行える。つまり、装着者へのリスクが小さいというメリットがあるのだ。
二つ目――装着者の脳とパワードスーツを接続、リンクし、複雑な操作などは行わずに直接コマンドする方式。この方式では、装着者はパワードスーツを自身の手足の様な感覚で操作でき、慣れるまでさほど要しない。反面、パワードスーツが攻撃を受ければ装着者の脳にもダメージが及ぶ危険性が懸念され、最悪の場合脳を破壊されて死に至る。装着者へのリスクは大きいと言えるだろう。
ランドンが繰り出したパワードスーツの操縦方法は後者であり、そして最悪の結末を迎えた事になる。
「安全規定を満たしていないパワードスーツ、さらに放っておけねえな」
「何としても、出所を突き止める必要がある」
裕介の言葉に、ネイトが続けた。
「異常な数値が観測されていたから。ランドンが悲鳴を上げた時の脳波……」
玲奈は別の写真をフリックし、中心へと移動させる。
映っているのは、ネイトがパワードスーツの内部から見つけ出したデータスティックだ。
「現状、最も有力な手掛かりはこのデータスティックね」
長い茶髪をさらりと払って、玲奈は言う。
「今は分析班に預けてあるけど、今日明日中には私の所に返ってくる筈だから。入っているデータを確認してみるわ」
そう言うと、玲奈はガラステーブルの電源を切った。表示されていた写真が全て消え、傷の一つも無い天板が裕介の顔を映し込む。
「どうぞ、裕介君」
メイシーがコーヒーカップを差し出してくる。「あ、すいませんメイ先輩」という言葉と共に、裕介はカップを受け取った。
異なる部署に所属している以上、裕介にとってメイシーは直接的な関わりの深い先輩では無かった。しかしながら、メイシーと玲奈は同じサイバー犯罪対策部所属である為に関わりが深く、その縁ゆえ、裕介はメイシーと顔を合わせる機会が多かった。
さらに、今裕介が居る第23オペレーティングルーム。このルームは本来、玲奈のオペレーターとしての力量を認めたRRCAが彼女に貸与した、ミッションの際のバックアップを行うための拠点だ。故に本来の管理者は玲奈と言えるのだが、18歳未満の者がルームを貸与された場合、そのルームが適切に使用されているかを18歳以上かつグレードA以上のRRCAエージェントが監視し、RRCA上層部に報告する義務がある。
そう、第23オペレーティングルームの監視役は、メイシーなのだ。故に彼女は、裕介達の会議に立ち会う事も幾度かあった。
「はい玲奈」
玲奈もメイシーからカップを受け取り、「あ、ありがとう御座いますメイ先輩」と返す。
裕介達の間で、メイシーの愛称は『メイ先輩』だった。なお、この呼称はメイシー本人の希望によるものである。
メイシーは最後にネイトにカップを渡す、ネイトはメイシーと視線を合わせ、小さく頭を下げた。
「それにしても……驚きよね、こんな事件が起きるなんて」
先程まで3人分のカップが載っていたトレイを片手に、メイシーは言う。
「ええ、けど必ず突き止めますよ。あのIMWにパワードスーツ、ランドン達がどっから仕入れて来たのか」
裕介は、メイシーから手渡されたカップに入ったコーヒーを啜った。メイシーが「どうかしら?」と尋ねてくる。
数秒、淹れたてのコーヒーを味わい、裕介は応じた。
「絶妙ですよメイ先輩、砂糖の量」
裕介はメイシーに親指を立てる。決して苦く無く、それでいて砂糖の量が多過ぎる訳でもなかった。
メイシーは、裕介と同じように親指を立てた。
「ふふ、ありがとう。裕介君にコーヒーを出す時に入れる砂糖の量、もう覚えたわ」
自身の長い黒髪に触れつつ、清純な笑顔を浮かべるメイシー。
「という事は、データスティックの分析が済むまで一旦僕達のミッションは終わり」
カップから立つ湯気を眺めつつ、ネイトが話題を強引に引き戻すかのように言った。
彼は玲奈を向いて、
「玲奈、そうだな?」
「そうなるわ。裕介もネイト君も、とりあえずお疲れ様」
玲奈が即答する。
裕介はソファーから腰を上げて、
「さて、そしたらオレ達は小休止ってとこか」
「何言ってるの裕介?」
玲奈が発した疑問の言葉に、裕介は彼女を向く。玲奈はにっこりと笑顔を浮かべていた。可愛らしいが、その裏に裕介は言いようのない威圧感を感じ取る。
「は? な、何って……」
玲奈の言う意味が理解出来ず、困惑する裕介。次の瞬間、玲奈の口からその言葉が発せられた。
「今日の数学の小テスト、どうだったの?」
「っ!」
裕介は、恐怖とは違う感覚に全身が凍り付くのを感じた。
「っと、まあまあ、まあまあ! だったかな? うん……」
視線が泳ぎ、しどろもどろになる裕介。勿論、数学のテストの出来は壊滅だった。
「……ふーん」
微かに玲奈の顔に視線を泳がせてみる。彼女の顔に、もう笑みは無い。「本当に?」と問いを重ねられて、不自然な動作だと自身で思いつつも裕介は何度も頷いた。
「そーなんだ……」
いつも快活としている玲奈には不似合いな、冷淡な声。
彼女は再びガラステーブルにの天板に触れて、スクリーンの電源を入れた。
「ウエストサイドハイスクールのAI、ルーシーに接続」
(! げっ……)
玲奈が何をしようとしているのか、裕介は悟らざるを得なくなる。
『御用でしょうか、玲奈さん?』
天板にブルーのドットから構成されたルーシーの顔が表示される、それでも裕介はまだ冷静を保っていた。
生徒のテストの点数は立派な個人情報なのだ、玲奈から問われても、ルーシーが自身の点を教える事はあり得ない筈――と思いきや、
「ねえルーシー、今日の数学の小テスト、裕介何点だったの?」
『100点満点中17点です、残念ながら赤点ですね』
余りにも寂し過ぎる裕介の点数を、人工知能の女性はあっさりと教えてしまった。
「ちょ……おいルーシー、何教えてんだよ!?」
『なお玲奈さんは98点、学年で2位の成績です』
玲奈は数度頷いて、
「あらら、私が間違えてたの、もしかして11番の問題かな? あそこだけ自信無かったんだよね」
『その通りです、ですが玲奈さんはとても努力されていると思いますよ』
81点もの差を付けられて立場が無い、穴があったら入りたい……そんな気持ちを誤魔化す為、裕介はとりあえず怒鳴ってみた。
「ルーシー、じゃあ1位は誰だったんだよ!?」
『裕介君、それはもう分かっているのでは?』
裕介は、横目でネイトを見る。彼は興味も無い、といった様子でコーヒーを啜っていた。
「……ネイトか?」
ルーシーは頷いた。
『100点、パーフェクトでした。賞賛に値する素晴らしい成績です』
「うぐううううううう……」
3人の中でダントツ最下位。
圧倒的な点数の差に、呻き声を発しつつ裕介は頭を抱えた。もう発狂しそうな勢いである。
「つか何でルーシー、何でオレの点数教えちまうんだよ!? 個人情報だろ!?」
以前、裕介は冗談交じりで友人のテストの点数をルーシーに尋ねてみた事があった。しかし、『個人情報です』という理由でルーシーは明かさなかった。
が、何故今回はあっさりと明かしてしまったのか。
『生徒の個人情報を第三者に教える事は、基本的に禁止されています。しかしながら、情報の開示が当人ないしは公共の為に有益であると判断した場合は、その限りではありません』
「う……」
すらすらとルーシーに説明され、怯む裕介。
『このままでは、成績不振によって裕介君がグレードの権限停止などの処分を受けてしまう恐れがあります。それはアクアティックシティにも、何より裕介君自身にも大きな損害です。そうでしょう?』
穏やかながらも、有無を言わせない雰囲気を帯びたルーシーの声。一応筋も通っている為、反論し辛かった。
玲奈が腕を組み、うんうんと頷いているのが分かる。
「大丈夫よ裕介君、誰にも言わないから」
メイシーに肩を叩かれ、裕介は沈んだ面持ちのまま頷くしかなかった。
「ありがとねルーシー、それじゃ」
『はい玲奈さん、それでは』
ルーシーとの通信が終了する。戸棚から、玲奈が分厚い数学の参考書を運んできた。
「さてと……裕介、そこに座りなさい」
軽蔑とも呆れとも取れる表情から発せられた玲奈の言葉は、頼んでいるのではなく、どう聞いても裕介に命令していた。
彼女の視線に含まれた威圧感に、裕介は逃げる事も出来ない。蛇に睨まれた蛙とはこの事だろうか。
「ちょ、まじかよ……」
「大マジだよ、さあ、そこに早く座る!」
「は、はいっ」
問答無用で、裕介は玲奈の向かいの位置に座らされてしまった。
「お先に」
「え?」
引き留める間もなく、部屋からネイトが出ていく。
「ごゆっくり、お2人とも」
悪意の無い笑みを浮かべつつ手を振り、メイシーも出て行く。
「あちょ、メイ先輩!」
メイシーの背中を追って立ち上がろうとした裕介に、ドアが閉まる音が残酷に響いた。先程は励ましてくれたものの、助けてくれるつもりは無かったらしい。
次の瞬間、玲奈が参考書をめくる音が嫌に重々しく裕介の耳へと届く。
「ある程度出来るようになるまで帰さないから。覚悟してね裕介」
「……オッケー」
裕介は力無く答えるのが精一杯だった。




