CHAPTER-12
裕介は走る。
他人から見れば、まるで当ても無くがむしゃらに走っているように見えるかも知れない。
けれど彼には作戦があった。
先程玲奈から教えられた、タカアシガニ型IMWを倒すための作戦が。
裕介は、トラックに走り寄る。
否、それは最早トラックと呼ぶには相応しくない物だろう。
タカアシガニ型IMWにボディを内側から破壊され、まともに残っているのはキャブの部分程度である。
『裕介、反撃に警戒して!』
裕介がキャブに近づくと、トラックの運転席に続くドアが開く。
そこから敵AIが1人、現れた。
裕介が倒してきた個体と同じ、柄の悪そうな男性のAI。
「!」
自身に走り寄る裕介を視認すると、AIは拳銃を構える。
が、その引き金を引く前に裕介が射程距離に入った。
AIの拳銃を持った右手首を、裕介は右手で掴み取り、締め上げた。
「ぐあああッ……!」
男の手から、銃が滑り落ちる。
裕介は男の手を離した瞬間、その腹部にストレートを突き入れた。
「ごほッ!」
これまでと同じように、男の体が一瞬にして消滅する。
――ENEMIES 38%
ボス戦の最中でも、雑魚敵が登場する事はあるのだ。
男が消えた代わりに、その場に1つの投擲弾が現れた。
「よし……!」
裕介は、投擲弾――ハンドグレネードを拾い上げる。
安全ピンを外して投擲する事により、爆発を起こす武器だ。
VRMSでは通常、敵の武器を奪い取って使用する事は出来ない。
必要な武器は予め備えた状態で実戦を開始するか、或いは敵からドロップするかである。
今回の、裕介のように。
『手に入ったみたいね裕介、あとは敵をポイントまで誘導して……!』
「ああ、分かってる!」
裕介は、まるでテニスボールを弄ぶようにハンドグレネードを上に投げ、キャッチした。
(さあて、次からが少しばかり骨が折れるか……!)
敵からハンドグレネードを入手した裕介。
しかし彼は、何もそれでタカアシガニ型IMWを倒そうなどと考えてはいない。
第一、ハンドグレネードで倒しきることは恐らく不可能だ。
威力にもよるが、出来たとしても脚部パーツの数本を吹き飛ばす程度。
が、恐らく言わずもがな。足の1本や2本を失おうが、タカアシガニ型IMWは行動に支障を来すことは無いのである。
『来るわ!』
裕介を追って来たタカアシガニ型IMWが、彼の側にまで迫っていた。
見上げる程の大きさの殺人マシンに陽の光が遮られ、裕介の立っている場所が日陰となっている。
次の瞬間――巨大な柱のような脚が、裕介に向けて突き降ろされた。
「!」
裕介は前方へ駆け出し、紙一重で躱す。
彼の後方で、IMWの脚が埠頭の地面に突き刺さった。
勢いを緩める事無く、裕介はそのまま前方へと駆け出す。
『右を見て!』
裕介は既に気付いていた。
タカアシガニ型IMWは、右から裕介を薙ぎ払おうとしている。
数本の脚が、裕介へ振られた。
「ふっ!」
1本目、裕介はその場で姿勢を低めて避ける。
避けられたことを学習したのか、2本目の脚は低い位置に振られた。
裕介は、まるで走り高跳びをするようにジャンプをし、避ける。
(っと……!)
一瞬、空中で彼の体が地面と平行になった。
裕介の体と地面の間を――振り抜かれたIMWの脚が通過していく。
まるで大木のような太さの脚。
地面に着地し、そのまま裕介は前方へ駆け出す。
『射程から出たわ! ポイントまで一気に誘導して!』
同タイプでも、IMWには幾つかバリエーションが存在する。
マシンガンやミサイルを搭載したタイプのタカアシガニ型IMWも存在するが、今回裕介の相手として現れたのは、遠距離兵器を搭載していないタイプだった。
足やアームの届く範囲から出てしまえば、攻撃を受ける危険性は限りなく低くなる。
けれども、油断は出来ない。
尋常では無い長さの脚部パーツを有しているが故、少々小回りが利かないと言う難点はあるものの、その移動スピードは人間とは比べようが無いのだ。
『急いで裕介!』
タカアシガニ型IMWの脚の間――本体部分の真下を抜けた裕介。
巨大機械は彼を追おうと、その場で方向転換をしている。
その間にも裕介は走る。VR空間である埠頭の地面を蹴り、ひたすらに走る。
好き放題に暴れる鉄クズへの、反撃の手立てとなるオブジェクトがあるその場所へ誘導する為に。
「よし、見えた!」
裕介の視線に、それが映った。
埠頭の片隅に立てられた、巨大なガントリークレーン。船舶への貨物の積み下ろしに用いられる、巨大な鉄の柱。
相当な重量がある事は、明確に見て取れた。
(あそこまで誘導して、コイツを使えば……!)
後方からは、タカアシガニ型IMWの歩行音。
地面を抉る音が、規則正しいリズムで裕介の背中に届く。
しかし裕介の面持ちは冷静だった。
敵AIからドロップしたハンドグレネードを右手に、彼は駆ける。
『裕介、そっちは駄目!』
突然の、玲奈からの通信。
「えっ!?」
裕介は気付いた。
前方にコンテナが積み上げられ、壁となっている。
行き止まりだ。
「っと……迂回するか」
裕介が引き返そうとした瞬間だった。
タカアシガニ型IMWが、迫っていたのである。
「! もう来たのか……!」
前方にはコンテナの壁、後方からは殺人マシン。
裕介に、逃げ道は無かった。
……そう、端から見れば。
(しょうがねえな……!)
退路が断たれた状況にも関わらず、裕介は冷静である。
彼はまず、右手に持った投擲弾をコンテナの壁の向こうへ投げた。
安全ピンを抜いていないため、爆発する事は無い。
コンテナの向こう側から、投擲弾が地面に落ちる音が聞こえた。
『なるほど。裕介、急いで!』
玲奈は既に、裕介が何をしようとしているのかを理解していた。
投擲弾を一時手放した後、裕介は両足首を軽く解す。
そして彼は――全力で駆けだした。
自身の前方に積み上げられた、コンテナの壁に向かって。
「っおらあ!」
全速力で助走を付け、裕介は積み上げられたコンテナに向けてジャンプする。
続いてコンテナの側面を勢いよく蹴り上げ、彼は壁を蹴るように数度、多段ジャンプ。
計2度、裕介の靴がコンテナの側面を蹴る音が響く。
空中で最上段のコンテナの淵を掴み、落下する事無く留まった。
(よし……!)
宙吊りになったまま、一時下の状況を確認する。
タカアシガニ型IMWが迫るまでは、まだ猶予があった。
下を見ると、地面とは中々の高さがある。
「ふっ!」
裕介は足を使う事無く、両腕で自身の体重を支えつつコンテナを上った。
何と、自身の数倍の高さもあるコンテナの壁を、身体能力のみを駆使して越えてしまったのである。
「っと……」
コンテナの上に降り立った裕介。
結構な大技をやってのけたにも関わらず、その表情に疲れは浮かんでいない。
埠頭に吹いた風が、彼の仄かに茶色い髪や赤ジャケットを揺らす。
『流石、毎日鍛えてるだけあるね』
「どうって事ねえって、ん!」
裕介は気付いた。
自身が立っているコンテナに向かって、タカアシガニ型IMWが迫ってくることに。
恐らくは、コンテナを崩して裕介を落とすつもりだろう。
数段積み上げられたコンテナの上は結構な高所、落とされれば恐らく致命的な怪我は免れず、アウトになる事必死だ。
「っ!」
裕介は直ぐに、コンテナの上を駆け出す。
コンテナが並べており、1つの大きな台を形成していたのだ。
数秒――タカアシガニ型IMWは、数秒前まで裕介が立っていた位置のコンテナに体当たりし、突き崩す。
数トンもある金属製コンテナが、まるで四角い積み木のように転がり落ちる。
(もう少し……!)
裕介がコンテナの上を走る度に、独特の響くような足音が発せられる。
その後ろから、タカアシガニ型IMWが突進して来ていた。
コンテナを左右に蹴散らしながら突き進み、裕介に追いつこうとしているのだ。
『横に積まれたコンテナに飛び移って! すぐに追いつかれるわ!』
追い迫るタカアシガニ型IMWから逃げつつ、裕介は視線を横へ向ける。
今裕介が乗っているコンテナの台の横に、1段低くコンテナが積まれていた。
裕介は斜めにジャンプし、飛び移る。
その数秒後――タカアシガニ型IMWが、裕介の立っていたコンテナの山を走破し、蹴散らして行った。
横のコンテナに飛び移っていなければ、ないしは数秒飛び移るのが遅ければ、突進に巻き込まれていただろう。
「ふう……!」
飛び移ったコンテナの上で、一先ず裕介は安堵する。
着地する際に折り曲げた膝を伸ばした。
彼は直ぐに、玲奈に訊く。
「玲奈、さっきオレが投げた投擲弾、何処に落ちてる?」
コンテナの壁を越える為に、一旦投げ捨てたハンドグレネードの事を。
『ちょっと待ってて……あった!』
裕介は、玲奈の言葉に耳を澄ませる。
玲奈は告げた。
タカアシガニ型IMWを倒す手立てとなる、駒が落ちている位置情報を。
『そこから右へ約40メートル、赤く塗装されたコンテナの陰!』
裕介は、確かに情報を受け取った。
「了解!」
玲奈に返し、裕介はコンテナから飛び降りた。
息つく事も無く、彼はサイバースペースの埠頭を駆け出す。
その後ろで――タカアシガニ型IMWが再び、裕介の背中を追い始める。




