CHAPTER-11
「玲奈、一応訊いとくけど……今回のボスはオレが思ってる通りのやつか?」
サイバースペース内で、裕介は身構えていた。
彼の視線の先には、先程彼に向かって暴走してきた巨大なトラック。
否、彼はトラックを見ている訳では無い。彼が見ているのは、トラックのボディ部分である。
『……可能性は高いわ。裕介、注意して!』
裕介と玲奈がVR空間と現実世界を隔てた会話を交わす間にも、VR実戦最後の相手――所謂『ボス』は、内側からボディを突き破ろうとしていた。
金属と金属を打ち付け合う音が、裕介の耳にも届く。
やがて、その一部分がボディを突き破り、露わになった。
「! やっぱりか……!」
裕介は確信する。ボスはやはり、彼が思っていた通りの相手だった。
ボディを突き破って銀色の柱が現れたのを皮切りに、そいつは鋼鉄を紙のように裂き、何本もの脚を伸ばし始める。
銀色の柱の正体は、そいつの脚の一部だったのだ。
『間違いないわ、今度の実習の最後の相手は……』
まるで卵の殻を割るようにボディをズタズタに裂き、そいつは裕介の前に姿を現した。
10メートルはあろう、巨大な8本の脚。脚よりは比較的短いが、それでも長い事に変わりは無い2本の腕。合計10本の柱の中央に位置する、円形の本体部分。
度肝を抜かれる程の大きさの、蟹型ロボットだ。
シルバーに塗装されたボディが、陽の光を受けて煌めいている。
『IMW……タイプ:スパイダークラブ!』
――『IMW(Intelligent Metallic Weapon)』。
それは、人工知能搭載式戦闘用ロボットの名称である。
戦闘ロボットと言うよりは、『殺人マシン』と呼んだ方が違和感が無いかもしれない。
2054年のロボット工学技術は、このような軍用ロボットを実現するまでの段階に至っているのだ。
数ある軍事用ロボットの中でも特に強力なのが、このIMW。
機械に一定の人工知能を搭載させることにより、機械自身が思考し、相手を殲滅するよう作られている。
余りにも強力過ぎる為、軍用目的以外での使用は厳重に禁じられており、資格の無い者が所持すれば罰せられる兵器である。
IMWの不正取引事件も、過去に幾つか例があるのだ。
「チッ、よりによってこのタイプかよ……! ちっとばっか面倒くせえな」
眼前に蠢く巨大8脚型殺人兵器を見つめつつ、裕介は忌々しげに漏らす。
VRによる再現ではあるものの、厄介な相手であることに違いは無いのだ。
『裕介、あのタイプはとにかく脚とアームの動きに留意して』
IMWには幾つかのタイプが存在する。
それぞれのタイプによって性能は異なり、使い勝手も変わるのだ。
今回、VR訓練の最後の相手として裕介に立ちはだかったのは、その内の1つである。
名称は玲奈の言った通り、『IMW-TYPE:SPIDER CRAB』。
スパイダークラブ(SPIDER CRAB)とは、世界最大の現生節足動物、タカアシガニを意味する。
『来るわ!』
裕介の視界から、『Defeat the boss!』のメッセージが消え、『ACTION!』の文字に切り替わる。
彼らの言う所の、ボス戦開始の合図だ。
裕介の身長どころか、周囲に積み上げられたコンテナの高さすら凌駕する大きさのタカアシガニ型IMWが、裕介に向けて迫る。
その8本の脚が地面を叩く度に、埠頭の地面が抉れる。
『あの脚に踏みつけられれば、即アウトね……!』
「……見りゃ分かるよ」
数メートルもある脚が裕介に向けて降ろされる。
タカアシガニ型IMWは、裕介をターゲットとして認識していた。
彼を踏み潰すつもりなのだ。
「っと!」
裕介は紙一重に、左方向へと飛んだ。
彼が立っていた位置に巨大な脚が突き降ろされ、地面が深く抉れる。
(試してみるか……!)
自身のすぐ側に曝け出された、IMWの脚部。裕介はその金属の塊目がけ、左ストレートを叩き込んだ。
まるで鐘を鳴らすような音が、埠頭に響き渡る。
『無駄よ裕介! 相手はIMW、人間じゃないの。そんな攻撃は通用しないわ!』
裕介は、自身の視界上部に表示された数字に目を向ける。
ENEMIES 40%
敵戦力表示――今はタカアシガニ型IMWの耐久力を示すパーセンテージは、減っていなかった。
玲奈の言う通り、裕介の攻撃はダメージになっていない。
「だろうな、こんなの効く訳がねえ!」
当然と言えば、当然の結果だった。
裕介は初めから、この馬鹿が付く程の大きさを誇る殺人マシンにストレートなど通じないと分かっていたのだ。
所謂、ダメ元での行動。
「っ!」
タカアシガニ型IMWは、再び裕介に向けて脚を突き降ろしてくる。
裕介は左右や後方へ飛び、避け続けた。
時折、薙ぎ払うように振って来た際は姿勢を低め、躱す。
『一度距離をとって裕介! IMWの脚が届かない範囲に!』
突き降ろされた脚を、裕介は右手のみを地面に付く側転で避けた。
体育の授業だったなら、間違いなく歓声が起こる業である。
◇ ◇ ◇
「ツイてないなあユースケとレイ。あのVRミッション、最高レベルの難易度だよね?」
VRMS室、少年少女達はモニターに視線を集中させていた。
モニターには、タカアシガニ型IMWの猛攻を受ける裕介の姿が映し出されている。
IMWは機械であるが故、意思や感情は存在しない。
しかし端から見れば、巨大機械はまるで――足元の蟻を踏み潰そうとしているようにも思えた。
「……だな、タカアシガニ型IMWが最後に出るなんて、そもそもクリアさせる気があんのかも分かんねーよ」
リサと耀もまた、サイバースペースで奮闘する裕介を見つめている。
何時の間に買って来たのか、リサはチョコ付きオールドファッションをかじっていた。
「つーかリサ、何時売店行って来たんだよ」
「ん~? いやいや、このドーナツはあたしが持って来たやつ」
モデルのようなスタイルを持つアメリカ人少女は、ドーナツの甘みを堪能しつつ耀へ応じた。
「なんだかミルク欲しくなってきたなあ」
「……くどいけど、よく太んねーよなお前」
耀は、メッシュの入った黒髪を軽く掻いた。
リサは耀に視線を向ける。
「体質だってば。それより耀、ユースケの事心配してあげたら?」
「彼女の言う通りだと思いますよ」
突然、リサと耀の後ろからその声が。
彼らが振り返ると、眼鏡を掛けた日本人少年が1人立っていた。
先程ジェームズから生徒達へ紹介された編入生、禾坂秀文である。
「お前……禾坂だっけ?」
秀文は耀に軽く頷き、2人の元へ歩み寄る。
「グレードSと言えども、あのIMWが相手では対処のしようが無いでしょう」
モニター内の映像で、裕介はタカアシガニ型IMWから離れている。
逃げ惑っているかのようにも見えた。
「何時までも逃げ続けている事は出来ない筈、ミッション失敗になるのはもう時間の問題――」
「なーに言ってんの?」
秀文の言葉に、リサが口を挟んだ。
彼女は、まるで不思議な物を見つめるかのような――きょとんとした表情を浮かべている。
まるでフリスビーキャッチをする犬のように、リサはドーナツをまるごと1つ口に銜えていた。
「何って……あなたもさっき、心配してあげた方が良いって言っていたじゃないですか、赤ジャケットの彼の身を」
「……ああ、そゆことね」
リサは片手にドーナツ、その口はもぐもぐと動いていた。
「あたしが言ったのは、今度ある数学の定期試験の事。今より点数落としたらユースケ、きっと数学の単位もらえなくなっちゃうから」
「数学のテスト……?」
秀文は怪訝な面持ちを浮かべる。
先程のリサの言葉は、裕介の成績に対しての事だったのだ。
しかし、秀文がどう考えても、それは今の状況で心配する事では無い。
この状況でリサが達本当に案ずるべきなのは、VR空間で戦い続けている裕介の筈である。
「禾坂、お前まさか裕介が負けるとでも思ってんのか?」
耀が問いかけるが、秀文は言葉を返さない。
代わりにリサが口を開く。
「さっき先生から聞いてたよね? ユースケの事」
「ええ。彼はグレードSで……」
秀文が言い終えない内に、耀が口を挟む。
「そう。裕介は『GLORIOUS DELTA』の1人で、グレードSだ」
リサと耀は、モニターに視線を向けた。
裕介は依然としてタカアシガニ型IMWの攻撃を避け続けているが、その動きは衰えておらず、彼の表情には僅かな疲れも浮かんでいない。
リサは、自身の友人である裕介を誇るように笑みを浮かべていた。
ドーナツの最後の欠片を口に放ると、リサは言う。
「あたし達と同い年で、あたし達と同じ高校生。でも、あたし達とは違う世界に居るの」
続けて耀が、
「心配しなくたって、あんな鉄クズじゃ裕介はやれねーよ」
◇ ◇ ◇
サイバースペース内。
裕介は情報を聞き逃すまいと、玲奈の言葉に耳を澄ませていた。
「……よし、分かった玲奈!」
玲奈からの言葉を漏らさず頭の中に入れ、裕介は自信気に返事を返す。
その間も彼はタカアシガニ型IMWから視線を外さず、その動きに気を配っている。
(見てろよ、今の内だぞ……!)




