CHAPTER-10
GLORIOUS DELTA――それはアクアティックシティに3人存在する、10代にして最上位の『Sグレード』を与えられた学生RRCAエージェント達の呼称。
その由来は『栄光ある・栄誉ある』という意味の『GLORIOUS』と、ギリシャ文字の『Δ(DELTA)』。3人が存在する事に肖り、三角形の形を取る『Δ』が用いられたのだという。
勿論の事、グレードSの権限は生半可な事では付与されない。最上位の権限を有するからには、それに見合った実力を有するエージェントでなくてはならないのだ。
現在、グレードSを有するRRCAエージェントの平均年齢は28.4歳。加えて、10代にしてSグレードを有する者は全世界に僅か、30人程度。これらの数字を見れば、10代でグレードSの権限を与えられることが如何に難しい事か、嫌でも分かるだろう。
しかし――平均年齢を10年以上も下回っているにも関わらず、グレードSの権限を有している少年少女達は、間違いなく存在する。普通に学校へ行き、普通の授業を受け、普通に友人達と語らい合う――そんなありふれた生活を送る少年少女達とは、まるで違う世界に住む10代の若者達。
逢原裕介、美澤玲奈、そしてネイト・エヴァンズ。彼らは、その一例である。
◇ ◇ ◇
「らああッ!」
自身に向けて振られた鉄パイプを無駄を欠いた動作で避け、裕介は反撃のストレートを叩き込む。
裕介からの一撃を受けた敵AIは消滅し、『ENEMIES』のパーセンテージが減少する。
サイバースペース内で、裕介は戦いを続けていた。
VRMSを用いた実戦開始から数分、それでも裕介の表情に疲れは浮かんでおらず、集中力が途切れていない事を感じさせる。
『裕介危ない! 左にマシンガンを持った敵が潜んでる!』
「!」
玲奈からの通信を受けた裕介は、左を振り向く。
コンテナの上から自身にマシンガンを向けていた敵を視認するや否や、彼は横に向かって駆け出した。
背中で、裕介はマシンガンが乱射される銃声を聞く。
排莢動作を必要としない、ケースレス弾を使用する未来的なマシンガンの銃声。
しかし裕介が被弾する事は無かった。
マシンガンが火を吹くよりも先にコンテナの陰に入り、裕介は銃弾から逃れたのである。
秒間数十単位で放たれる弾丸が、裕介が陰に隠れたコンテナを叩く。
物陰に隠れられた事を悟った敵AIは、乱射の手を止める。
「喰らいやがれ!」
裕介をマシンガンで狙った敵AIの男は、コンテナの上から裕介の隠れているであろう場所目がけて爆弾を投げた。
投擲弾、英語名では『ハンドグレネード(HAND GRENADE)』と呼ばれるタイプの物。
近年では安全装置の大幅な改良により、破壊力は維持したまま、かつ安心して取回すことが可能となった武器である。
数秒――コンテナ間の入り組んだ場所が、轟音と共に爆風に包まれた。
爆発を受けたコンテナの面は原型を留めない程に拉げ、塗料が剥げて黒焦げになる。
実際の人間の行動をおおよそインプットされている敵AIは、自身が投げた爆弾による衝撃波と熱気に怯む。
「……跡形も無く吹き飛んだか?」
次第に晴れる煙、AIの男は笑みを浮かべつつ呟く。
その笑みも実際の人間と遜色なく、不敵さを存分に湛えていた。
「誰が?」
振り返った瞬間、声の主――投擲弾の爆発を受けて吹き飛んだと思っていた裕介の左拳が、男の顔面を捉えた。
「ごふッ!」
男は消滅し、『ENEMIES』のパーセンテージが減少する。
マシンガンや投擲弾など、比較的強力な装備をした敵AIだった為、通常の敵を倒した際よりも減少率は大きかった。
「んな簡単にやられるかっつの」
サイバースペースの埠頭――青い塗料の施されたコンテナの上で、裕介は呟く。
彼は爆発を受けた様子は無く、全くの無傷。
敵AIの男が投擲弾を放った際、裕介は直ぐに手近なコンテナに上った。
自身の背よりも大きなコンテナの上に、両腕の力のみで自身の体重を支えつつ。
そして彼は上ったコンテナの向こう側に飛び降り、コンテナを盾にする形で爆風から逃れたのである。
ちなみに、彼がその一連の回避行動を行った場所は、男からは視認できなかった。
爆風を避けただけに留まらず、裕介はさらに男の背後に回っていたのだ。
(さて……)
コンテナの上で一息つき、裕介は敵戦力を確認する。
ENEMIES 48%
気が付けば、半分を切っていた。速いものだと裕介は思う。
VRMSによる実戦訓練は、内容こそ全く違えど体育の授業などで行う球技の試合に似ていた。試合に集中していれば何時の間にか時間が過ぎ、試合終了に近づいている。
『前方のコンテナの陰から敵数人が接近中、全員武器はナイフだけみたいだけど、気を付けて!』
ほぼ同時に、裕介の前方に置かれていたコンテナの陰から4人の敵AIが現れる。いずれも銃や投擲弾のような遠距離武器は持っておらず、ファイティングナイフで武装していた。
「よし、一気に行く!」
その後も、裕介は数人の敵AIを撃退し続ける。敵の攻撃が鳴りを潜めた頃、ふと裕介は確認してみた。
――ENEMIES 40%
敵戦力を表すパーセンテージは、『40%』。裕介は改めて辺りを見回す。しかし、彼の視界に敵の姿は映らなかった。
玲奈へ問う。
「玲奈、敵は?」
『今裕介の周りを精査してるんだけど……見当たらないわ、1人も居ない』
その時。
ルーシーからのメッセージが、裕介の視界に表示された。
WARNING!
そのメッセージは、裕介がこれまでVRMSの実戦を経験した際にも見て来た警告アラート。
敵AIが『攻撃の切り札』を繰り出してくる前触れだ。
ゲームで言うならば、『ボス戦』が開始される合図である。
「まじか、もうボスのお出ましか?」
裕介は内心驚く。
彼の視界で、『WARNING!』のメッセージは表示され続けていた。
『油断しないで。敵戦力が40%も残ってるのにボス戦って事は、かなりの強敵が来る筈……!』
ボス戦が何時開始されるかは、フィールドの決定と同様にランダムなのだ。
また、どのようなボスと戦う事になるのかも同じ。
裕介の過去の経験では、戦闘能力の高い敵AIのリーダーであったり、武装車両であったり、はたまた武装ヘリであったり――。
しかし、いずれも彼はクリアしてきた。
「今度は一体、何が来るんだ……?」
裕介は周囲への警戒を怠らない。
と、次の瞬間だった。
『裕介、右っ!』
玲奈の言葉と同時に、裕介は自身の右手側から凄まじいモーター音を聞いた。
右を向く。1台のトラックが網目のフェンスを突き破り、周囲のコンテナにそのキャブを打ち付けながら猛スピードで裕介に向かって突進してくる。大型のトラックで、巨大なボディを積載していた。
(っ……やべえ!)
裕介はすぐさま横へ飛び込み前転をし、トラックの進行ライン上から外れた。
数秒前まで裕介が立っていた場所を、巨大トラックが走破していく。
あんな物に轢かれれば間違いなく致命傷を受けたと見なされ、ミッション失敗となるだろう。
トラックは一しきり走行した後、裕介から数十メートル程離れた場所で停車した。
同時に、裕介の視界にルーシーからのメッセージが。
Defeat the boss!
ボスを倒せ、という意味である。
同時に、金属が歪むような音が埠頭に響き渡った。
音の発生源――裕介がそれを見つけるのには、さほどの時間を要しなかった。
トラックに積まれたボディが、内側から強引に突き破られようとしている。
『裕介……』
「ああ、オレも見てるよ」
金属製のボディを突き破る等、人間に成せる業では無い。あの中に、一体何が居るのか。この実戦の最後の相手は、一体――。
「今度は少しばかり、張り合いがありそうだな」
裕介は右手首を捻る。再び、トラックのボディが内側から歪まされる音が、埠頭に拡散した。
VR実戦最後の敵――人間では無い何かが、裕介に迫りつつある。




