第二十話
絆のともしび
湿地の霧の向こう、その喧騒を、木の枝からじっと見つめている影があった。
をとごろすであった。
彼は地上には降りてこなかったが、その鋭い黒い瞳で、中世の武者たちと現代の自衛隊員たちが、ひとつの篝火(バーナーの炎)を囲み、同じ飯を食っている光景を、静かに見守っていた。
言葉の壁も、千年の時の壁も、温かい一杯のスープと、一皿の飯の前には、一時的に消え去っていた。
「……真一」
真琴は、武者たちが笑顔で皿を舐めるように食べている姿を見ながら、弟の隣に座った。
「私たち、本当に過去に来ちゃったんだよね」
「あぁ」
真一は、自分の分のミリ飯を見つめながら、静かに頷いた。
「科学的には説明がつかない。だが、あの武者たちの胃袋に、俺たちの食糧が消えていく。彼らは間違いなく、今を生きている生身の人間だ。そして、歴史の歯車は、これからあの一ノ谷の戦いへと向かって動き出す」
真一は顔を上げ、すっかり元気を取り戻し、目を輝かせている源義経の姿を見た。
義経は、ステンレスのマグカップを大切そうに両手で包み込みながら、真琴に向かって悪戯っぽく笑ってみせた。
「未来の客人よ。この素晴らしい『戦糧』があれば、我らは平家など恐るるに足りん。一ノ谷の険しき崖など、ひと跨ぎで駆け降りてみせよう」
その無邪気な、しかし絶対的な自信に満ちた笑顔。
彼らがこれから向かうのは、鹿も通れぬと言われた鵯越、あるいは一ノ谷の峻烈なる崖の逆落としだ。
千年の時を越えた不時着。その絶望の淵で、現代の「命を救う技術」が、中世の「命を散らす英雄」の肉体に、新たなる炎を灯した瞬間であった。
三田の霧深い夜、軍勢は初めての温もりをその身に宿し、いよいよ宿命の戦場へと向かって、力強く歩みを始めるのだった。




