第十九話
驚異の現代食
それから三十分も経たないうちに、湿地の一角は、香ばしい、凶暴なまでの匂いで満たされることとなった。
自衛隊員たちが用意した食事。それは、義経たち中世の人間にとって、生まれて初めて目にする「異次元の食糧」であった。
ベコッ、ベコッ、と小気味よい音を立てて缶切りで開けられたのは、自衛隊の誇る**戦闘糧食(ミリ飯)**の缶詰やレトルトパックであった。
大きな平皿(プラスチック製)に盛り付けられたのは、真っ白に輝く、ツヤツヤとした**「白米(米飯)」**。
この時代、民が食べるのは赤米や麦、粟、稗などの雑穀であり、白米は極めて貴重だった。
しかも、隊員たちが大釜(野外炊具)で炊き上げたその白米は、一粒一粒が信じられないほどふっくらと立ち、泥臭さが一切ない、完璧な純白の輝きを放っていた。
そして、その白米の横にドロリと、深い茶色の液体がかけられる。
**「ビーフカレー」と、「ハンバーグステーキ」**であった。
「……何だ、この黒い泥のようなものは」
佐々木定綱が、差し出された皿を前にして、箸(自衛隊員が渡した割り箸)を持つ手を震わせながら呟いた。
スパイスの、鼻を突き抜けるような刺激的な匂い。
そして、肉がじっくりと煮込まれた、濃厚な脂の匂い。
彼らが知る「醤」や「味噌」の匂いとは根底から異なる、食欲を狂わせるような香気だった。
「毒ではありません。カレーという、私たちの世界の食べ物です。ご飯と一緒に食べてみてください」
真一が、食べ方を手本で見せる。
義経は、真っ先にスプーン(これも初めて見る道具だった)を手に取り、カレーと白米をすくい取って、口へと運んだ。
「お、御曹司……!?」
息を呑む武者たちの前で、義経の動きが完全に止まった。
彼の脳内で、衝撃が弾けていた。
ピリリとした心地よい辛味が舌を刺激したかと思えば、その奥から、尋常ではない肉の「旨味」が、これでもかと溢れ出してくる。
中世の日本において、仏教の禁忌により四足の獣(牛や豚)の肉を食べることは表向き禁じられており、食べるとしても野生の猪や鹿の肉を、大雑把に塩で焼くか煮るかする程度だった。
しかし、この皿の上にある肉は、信じられないほど柔らかく、口の中で繊維がハラハラと解けていく。
そして、ジャガイモや人参といった、彼らがまだ見ぬ未来の野菜が、その濃厚な汁の中に完璧に溶け込んでいた。
「美味い……! 辛い、しかし、手が止まらぬ!」
義経は、我を忘れてスプーンを動かした。二口、三口と食べるうちに、彼の額からは心地よい汗が吹き出し、冷え切っていた肉体に、爆発的な力が満ちていくのが分かった。
「お前たちも食え! 食うのだ!」
大将の言葉に、弁慶や佐々木兄弟も一斉に皿に飛びついた。
「なんじゃこれは、米が……米が美味すぎる!」
「この、丸くて分厚い肉の塊は、一体何の肉だ!? 噛むと中から肉の汁が溢れてくるぞ!」
「美味い、美味い!」
武者たちは、泣きそうな顔をしながら、現代の戦闘糧食を貪り食った。
長年、日本の過酷な風土の中で、粗末な玄米や塩辛い魚、干し肉だけで命を繋いできた彼らにとって、現代の栄養学と食品加工技術の粋を集めた「ミリ飯」は、文字通り、神の国の料理そのものであった。




