第三話 逃げるのもほどほどにしてあげようかしら
さらに半年後。
私たちは、国を挙げた盛大な結婚式を挙げていた。
純白のドレスに身を包んだ私の隣で、ラインハルトは満足そうに微笑んでいる。
『ケジメ』は完全につけられた。
私を悪く言っていた貴族たちは、気づけば社交界の隅へ追いやられ、私の周りには彼が選び抜いた穏健派の臣下ばかりが残っていた。
……少しだけ、怖い。
でも、少しだけ、頼もしい。
「アリス」
誓いの前、ラインハルトが小さく囁いた。
「ようやく、僕の妻だ」
「……逃げ切れませんでしたわね」
「当然だ。君が逃げる道は全部調べた」
「それを世間ではストーカーと言うんですのよ」
「違う。夫の努力だ」
「言い方を変えただけですわ」
参列者の前だというのに、彼は笑いを堪えるように目を細めた。
誓いのキスは、逃げ場を封じるように甘く、長かった。
ただし、私が思い切り彼の足を踏んだので、ほどほどのところで終わった。
式が終わり、初夜の寝室。
私は一縷の望みをかけて、テラスの扉に手をかけた。
「……あら。鍵はかかっていませんのね」
背後から、ラインハルトの声がした。
「閉じ込めるつもりはないよ」
意外だった。
振り返ると、彼は苦笑していた。
「君が逃げたいなら、追いかける。君が外へ出たいなら、隣を歩く。君が自由でいたいなら、その自由ごと守る。……だから、逃げる時は僕にも声をかけてくれ」
「逃亡に同行する夫、聞いたことありませんわ」
「なら、僕が最初になる」
真顔で言うから、思わず笑ってしまった。
ああ、もう。
この執着に愛着を感じ始めてしまったら、私の負けなのだ。
「……覚悟してくださいね、ヴィル様。私、けっこう足が速いですから」
「知っている。君の逃亡計画書に、移動速度の自己評価まで書いてあった」
「読んだんですの!?」
「君の文字は可愛いね。ずっと見ていたくなる」
「褒めれば許されると思わないでくださいませ!」
ラインハルトは私の手を取り、指先にそっと口づけた。
「一生かけて、君の隣を走るよ」
重い。
重すぎる。
けれど、不思議ともう、怖くはなかった。
こうして、逃げたがり令嬢と、逃がしたくない王太子の、騒がしくて重たすぎる結婚生活が幕を開けた。
……まあ、こんなに愛されているなら、逃げるのもほどほどにしてあげようかしら。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
「逃げるヒロイン」と「追う王太子」が書きたかった結果、気づいたら国家権力で逃走経路を潰す男が爆誕しました。
いや怖い。本人はずっと「愛ゆえ」と言っているのでセーフです。たぶん……?
ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




