28話【あれ?】
「あらぁ~、可愛いお嬢さんね。お孫様?」
「いやぁ~親友の孫なんだ!」
わたしの横ではニッコニコデレッデレのマグナスさん。
そのマグナスさんの傍らでわたしは引きつった笑みで愛想笑い。
─あれ?どうしてこうなった…。
1時間前。
「では、恐れながら私からもひとつお願いが──」
「はい。なんでしょう?」
「私の事を『じぃじ』と呼んでください」
キリッと真面目な表情とは裏腹に言ってることが宇宙人だった。
「……………はい?」
いや本当に意味が分からなくて首を傾げた。ファムに至っては最早一言も発しない。
「ずっと夢だったのです!私には息子しかおらず、その息子もまた息子ばかり!唯一の姪は何故か達観するのが早く物心つく頃には『武人になりたい』と剣を振りまくり私のことは『伯父上』としか呼んでくれず…!勿論息子も孫も可愛いです!しかし!周囲の者達が娘や女の子の孫に『パパ』やら『じぃじ』と呼ばれるのを血涙が吹き出る思いで眺める事しか出来ないあの羨望!…今でも自慢してくるアイツをシメたい…!!」
前のめりで熱く語られて私の上半身がやや後ろに引いてしまう。
最後の台詞は完全に私怨じゃないか。
─でもまぁ…それくらいなら…。
わたしは軽い気持ちでそのお願いに頷いた。
「えっと…じゃぁ…じ、じぃ…じ?」
わたしはマグナスさんと目を合わせ、言い慣れないその単語を口にした。
─ぐぁぁ!なんだこのそこはかとなく感じる羞恥は!精神年齢30の私には割りと苦行じゃん!?
羞恥に飲まれながら発した『じぃじ』呼びをマグナスさんは真顔で受け止めた。リアクションがなくて居たたまれない気持ちになりかけた時、突然マグナスさんが両手で顔を覆う。
「………尊いっ」
「ふぁっ!?」
何を言うかと思えばまさかの『尊い』。思わず素で変な声が出てしまう。
─アカン!この人多分残念な人だ!
気づいたときには既に手遅れだった事に、わたしは後悔したのだった。
そしてわたし達は『じぃじ』『ティア』と呼び合うなかになりました。
全然めでたくない。
けどまぁ、この世界にはわたしの記憶の中のおじいちゃんは居ないのだ。そう思えばマグナスさんをじぃじと呼ぶ事も恥ずかしいけど懐かしい気がして悪くないのかもしれない。
けど涙花のおじいちゃんはこんなイケてるおじさまじゃなかったけど。
どちらかと言えば素手で熊と格闘しそうなゴリゴリの野性味溢れるじーさんだった。間違っても色香なんて振り撒く人じゃなかった。溢れているのは漢気と闘気だった記憶しかない。
隣で『親友の孫』自慢を何度も繰り返すマグナスさんをそっと見上げながら、涙花のおじいちゃんもこんな風に自慢げにわたしをお披露目してたなぁ…と思い出していた。
─どこの世界のおじいちゃんも本質的なものは同じなんだなぁ…。
「じぃじ」
果物屋のおばさんに未だに孫自慢を続けていたマグナスさんの服の裾をクイクイと引いて呼び掛けると、鼻の下を伸ばしたまま期待に満ちた目でわたしを見下ろした。
「わたし布や糸が欲しいの。何処に行けば売ってるのかなぁ?」
取り敢えずわたしにはお出掛けした目的があるのだ。折角マグナスさんが案内を申し出てくれたのだからガッツリお言葉に甘えなくては。
「まぁまぁ!お嬢ちゃんお裁縫するの?それならこの先にある青い屋根の店がお薦めだよ。軒先に白い木香薔薇を這わせてるからすぐにわかるはずさ」
おばさんは得意気にそう答えると道の先を指差した。
教えてくれたおばさんに手を振り、わたしはマグナスさんに手を引かれて目的の店へと向かった。
青い屋根の店が見えてくると甘く瑞々しい花の香りが鼻孔を擽る。木香薔薇の香りだ。教えてくれた通り軒先には店を隠すほど茂った蔦に白い花が雪のように咲いている。
通行人が通る度に深く息を吸い込み広角を上げる姿が微笑ましかった。
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは五十代前後の朗らかな女性で、奥では旦那さんらしき男性が布の巻かれた板を整理している。布が巻かれているのは木で出来た板で日本の手芸店で見た紙製ではないみたいだ。重そうなので持てるか心配になる。
それよりも!
わたしのテンションはぐんと上昇していた。
涙花の時もそうだったけれど、わたしはとにかく手芸店が大好きだった。正直半日居ても飽きないレベルで好きだった。
勿論買い物もするけど、布を眺めているだけで幸せになれたのだ。この布なら何が作れるだろう?あれならこの布かな?と一人一人妄想に耽っていると時間なんてあっという間にすぎていく。
このお店も一歩踏み入った瞬間わたしを虜にした。色柄とりどりの布地。リボンにレースに綺麗な釦たち。虹よりも色彩豊かな糸が並ぶ棚。針や鋏、見たこともない物が目に飛び込んでくる。
思わず駆け出しそうになり、ハッとした。
─イカンイカン。正気を失うところだった。
わたしが理性を取り戻すと頭上からクツクツと笑い声が聞こえたので、見上げるとマグナスさんがわたしを見下ろし苦笑を溢していた。なんだか恥ずかしい所を見られた気がして頬が熱くなる。
「俺の事なら気にせず好きなだけ見てくると良い」
「…いいの?」
あ、普段は一人称は『俺』なのね…と頭の片隅で思いながら、マグナスさんは笑いながら頷いた。
繋がれた手を離し、わたしは布の海へと踏み出す。
棚に並べられた布を端から順番に眺めて行く。出迎えてくれた女性が「欲しいのがあったら言ってね」と声をかけてくれたので、わたしは好みの布束を指差して見せて貰うことにした。
布の巻かれた板には値段が書かれているけど、異世界でもそんなに値段の違いがないみたいなので懐に優しい。
物にもよるけれど日本円で安いものなら1メートル400円程度、高いものなら1500円程度、ちょっと高級な物なら5000円以上するらしいけどこの辺では売れないので置いてないそうだ。
この世界では服を作る針子の仕事が重宝されるようで、大概の女性は10歳前後から親に裁縫を習う。とは言えそれは平民に限ったことで、貴族など地位や身分の高い女性は優雅にお茶を飲みながら何に使うのか分からないような豪華な刺繍をしてはお茶会の話のネタにするようだ。
なので有名な針子になり貴族専用の仕立屋に引き立てられるのが平民女性にとって最上級の出世になる。
それでも向き不向きがあるので、大抵の平民女性は自分を含め家族の服を作る程度だ。
出世が悪いって言う訳じゃなく、大切な人に作ってあげたいって思いの方が強いんだろうな。
出世よりも身近な幸せ、なんだろう。
そう言うの、わたしは好きだ。
そんなことを思いながらふと振り返ると、お店の作業台の上にはわたしの選んだ布の束が山積みになっていた。
一ヶ月ぶりの更新になってしまいました…。
わ、忘れられてないかな…(=ω=;)
誤字脱字ありましたらご報告お願いします(ФωФ)




