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終章・金平頼義、裳羽服津にて語らい合うの事(その一)

ーあられふる 杵島が岳を(さか)しみと 草とりかねて (いも)が手を取るー



夫女ヶ石(ぶじょがいし)」と呼ばれた巨石を舞台がわりにして若い男女が歌い、舞う。裳羽服津(もはきつ)と呼ばれたこの憩の場で執り行われている収穫の祭りはいよいよ最高潮を迎えようとしていた。


周囲には多くの篝火が焚かれ、銘々に持ち寄った酒や肴に舌鼓を打ち、大いに歌い大いに笑い合う。この一年の豊作を祝うために、地元の人間ばかりでなく、下総や下野、果ては陸奥や出羽といった近隣の住民たちも年に一度の楽しみとばかりにこぞって集まり、それそれに互いの労をねぎらいあった。



「よくもまあ、飽きもせずに同じ歌ばっか歌ってられるもんだなあ」



坂田金平が素焼きの酒瓶から直接酒を煽りながら、そう言う本人も飽きる事なく彼らの踊りを肴にもうずっとこの調子で酒をかっ喰らっている。



「ふふ、今日ばかりは多少羽目を外しても、ね。なにせ今年は大変なことが多すぎました。みな日頃の疲れを晴らしたいところなのでしょう」



金平の隣で座りながら若者たちの歌声に耳を傾けていた筑波郡司源頼義は静かにそう答えた。金平も頼義もこの半年で起こった諸々の出来事を思い出しながら、口を揃えてため息をつく。


「悪路王」と陸奥国とにまつわる騒動の後始末から今日に至るまで、常陸国内は想像を絶するほどの試練の連続だった。


「山の佐伯」と呼ばれた人ならざる古代の樹人たちの大移動によって荒らされた田畑は壊滅的な打撃を受け、今年の収穫は絶望的と言わざるを得なかった。このままでは今年の租税を収めることができない。幸い労働力を朝廷に提供する「庸税」にはその代貢品として特産の絹織物を献上することで済ますことができるが、このままでは農作物を収められない代わりに若い労働力を都に献納しなければならなくなる。そうなれば今度は来年の耕作のための労働力を欠く事となり、いよいよもってジリ貧となってしまうことは明白だった。


古代の荒野へとその姿を戻してしまった常陸の大地が再び実り豊かな田園地帯に戻るには、二年三年程度の時間では済まされないだろう。これからは強力な指導力を持つ人物が率先して指揮をとり、国土の回復に努めなければならない。


そんな矢先に、頼義が倒れ、寝込んでしまった。


高熱を発して昏倒した彼女は、三日三晩たっても床から上がる事なく懇々と眠り続けた。「八幡神」に憑依されていた事による肉体的負担もさる事ながら、長きに渡り蓄積され続けた過労がついに限界を越え、頼義は蝋燭の火が消えるようにふっつりと意識が切れてしまったのだった。



「コイツ、こんなになるまで根を詰めて何やってやがったんだ……?」



頼義を看病しながらブツブツと言う金平に、同じく頼義の世話まわり役として常陸国に滞在し続けていた影道仙(ほんどうせん)がその頭をパコーンと力一杯叩きつけた。



「誰のせいでよっちゃんがこんなに苦労していたと思っているんですかアナタは!?よっちゃんがここ数ヶ月夜中じゅう一睡もしていなかったのは誰のせいだと思ってるのこのアンポンタンー!!」



涙目でぽこぽこと胸を叩く影道をなんとかなだめて、金平は改めてことの真相を聞き出した。



()()ちゃん……丹生都(にうつ)姫は純粋な『金丹』の結晶体としてこの世に存在していた。それはつまり、無尽蔵とも言える魔力、霊力の塊と言っていい。そんな物が目の前にあって狙わないモノがいると思う?丹生都姫を狙っていたのは何も人間ばかりではなかったのよ」


「な……!?」



影道の指摘に金平は絶句する。改めて考えてみれば当然の事だった。強大な魔力を持つ存在がいれば、その力を取り込み己が物としようとする魔物の類が集まってきてもおかしくはない」



「で、でも、そんな気配はちっとも感じなかったぞ、夜だって……」


「だ・か・ら・〜!!()()ちゃんに危害が及ばないように、頼義さまが夜を徹して襲って来る魔物を追い返していたんでしょうが!日が昇るまで、毎晩毎晩毎晩毎晩……!!」



「毎晩」と言う言葉を発するたびに金平の胸板に拳を叩きつける影道仙の言葉も虚ろに聞きながら、金平は呆然と当時の頼義の様子を思い出す。確かにあの頃の頼義はいつもの彼女らしくなく集中を欠き、こちらの発言も上の空で聞いていたりする事も確かに多かった。あの頃は壊滅した筑波郡の立て直しに奔走したり、父頼信の命で相模国へ使者として赴いていたりと多忙を極めていたせいだと思っていたが、まさかそれに加えてそんな事までしていたとは!?



(自分はそんなことも知らずに、呑気に()()と……!)



金平は今更ながらに己の不明さに頭を抱えた。自分の知らない所で、頼義は自分と()()を守るために人知れず毎晩身体を張って戦っていたのだ。それなのに、自分は己のわがままを押し通そうとして……


それから後、ようやく目を覚ました頼義に向かって、金平は額を床板に擦り付けるようにして土下座をした。それだけでなく、己を罰するかのように何度も何度も床板に頭を打ち付け、ついに羽目板をぶち抜くまで繰り返し頭を叩きつける姿を見て、流石(さすが)の頼義もちょっと引いた。


影道仙に事情を説明された頼義は、金平に対してそれ以上何も言わず、いつも通りの態度で接した。金平もそれ以来いつも通りの彼に戻っていたが、主人に対する献身性は以前より一層近しく、ひたむきなものになっていった。



「雨降って地固まる、とうやつですね。何はともあれめでたしめでたし、かな?」



そう言って笑った陰陽師影道仙は、その日を最後に常陸国を去って行った。なんでも、陸奥国に入ったまま消息が知れていなかった大陰陽師安倍晴明がふらりと国府石岡に現れ、そのまま彼に連れ立ってこの地を後にしたようだった。


一言の挨拶もなく風のように去っていった、頼義にとって数少ない同年代の女友達との別れを彼女は惜しんだが、またいつか、奇異な縁で再び巡り会うであろう事を、頼義は肌で感じ取っていた。


さて、目を覚ました頼義に待っていたのは目の前に積載された大量の書類と各地から届いた訴状の束であった。筑波郡を始め常陸国各地で陸奥国との戦で被害にあった役所や駅路、橋の修復、都に送る租税の徴収と整理、来年の収穫に向けての田畑の再開発、やるべきことは山積みであった。


その中でも一番の問題は今年の税収だった。荒らされた田畑からは満足のいく量の収穫は望めない。このままでは律令によって定められた量数の農作物を収められないのは明白だった。他国から買い付けるなり、他の代用物で朝貢するするなりと、頼義は父を助けてあれこれと手を講じた。


そんな時に、頼義の任地である筑波郡役所より奇妙な知らせが届いた。


頼義が知らせを受けて金平と共に筑波郡へ赴くと、そこで目にしたものに頼義も金平も唖然として我が目を疑った。


そこには、天に届かんばかりにうず高く積まれた、さまざまな農作物の山だったのである。


麦、豆、芋、栃や栗などの木の実、野菜に果実、大小さまざまの山の幸がそれこそ背後にそびえる筑波の霊山に劣らぬ巨大さで二つ三つ四つと、麓の平原に立ちそびえていたのである。



「な、なんだってえんだこりゃあ?これが、一晩のうちに現れたってえのか?」



金平が驚き呆れて地元の人間に問いただす。村人たちも訳がわからず首を縦にしたり横に振ったりと何を言いたいのかさっぱり意味が伝わらない。



「なに、『彼ら』のせめてもの侘びのつもりだと思ってくれい。あいにく彼らは稲作を行わないゆえ、米だけはどうしようもなかったが、これだけあれば幾らかの足しにはなろう。いや、私もこのような方法でとは思っても見なかったのだが……」



そう言って、呆然とする頼義たちの前に現れた()()()()が苦笑いをした。

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