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八幡神逆落としの事

「馬鹿野郎、簡単に挑発に乗るんじゃねえ、こっちから打って出て戦力を分散させてみろ、相手の思うツボじゃねえか。あっちがどういう理由でこっちを攻めくるかは知らねえが、長期戦になりゃあ不利になるのはあちらさんだ。ここは亀よろしく手足引っ込めて動勢を伺うのが得策よ」



忠良がそう説明して部下たちを引き止める間に、例の雷光のような衝撃が三度襲った。次に当たったのは馬を繋いだ厩舎で、土台から文字通り根こそぎ払いのけられて馬たちが悲鳴を上げて逃げ出して行った。打って出る足も失った陸奥軍はいよいよ閉じこもって籠城戦にかけるしか手が無くなってしまった。



そんな恐慌状態に陥った勿来関(なこそのせき)の様子を、山の頂上から「八幡神」は瞬きもせずに凝視する。



「ふん、篝火を消して灯りを最小限に止めたか。さあ連中どう出るかな?こちらに攻めにくるもよし、下の本隊を攻めるもよし、そのまま籠城するもよし。ふふ、こちらを攻めれば下から本隊が押し寄せる。下を攻めればその時はこちらが逆落としで一気に砦を抜くまでよ。籠城するなら……その間に下の村々をごっそり蹂躙するとしようか。陸奥国府の本隊が到着するまで早くても一刻半はかかろう、それまでの間に好きに選べ。いずれにせよ、貴様らに面白い思いはさせぬぞ」



頼義の姿をした「八幡神」が呵々(かか)と笑う。その心底戦を楽しんでいる姿に、隣で待機していた影道仙は何か空恐ろしい気配を感じた。



「ところで、何でお主はわざわざこんな所にまでノコノコついてきたのだ?女子供が来て見て楽しい場でもあるまい」



「八幡神」が青白く光る瞳で、なぜか自分について来た彼女を見つめた。影道はその妖しさに吸い込まれるような気分になりながらも必死に正気を保って答えた。



「だ、だって……そりゃあ金ちゃんも()()ちゃんも心配だけど、一番心配なのは頼義さまだもんっ!」


「心配?たかが方術師ふぜいが『神』の身を案じるなぞ笑い草だわ」


「ちがうもんっ、頼義さまは暫定ご主人さまで、私はただの陰陽師だけど、それ以上に……それ以上に、()()()()()は私の友達なんだから、心配するのは当たり前でしょっ!!」


「…………」



あまりにその答えが予想外だったのか、「八幡神」は一瞬あっけに取られた顔をしたが、やがて



「いつから()()()()()呼ばわりし始めたんだお前?」


「今から!!」



顔を真っ赤にして叫ぶ影道を見て、「八幡神」は今度は皮肉抜きに心の底から笑い声を上げた。



「なにようっ!?友達の心配するのがそんなにおかしいですかっ!?」


「いやすまんすまん、笑って悪かった。そうか、そういうふうに言ってくれる人間がおるのだな、この娘にも……そうか、それは良かった……」



急に「八幡神」が真顔になってしみじみとした表情になる。



「うむ、では心配してくれる友のためにもここは一丁こちらから仕掛けるとするかな。頼義(こやつ)の閉じこもった心をこじ開けるにはあの小僧の存在が不可欠だからのう」



そう言って「八幡神」は立ち上がる。



「って、一体なにをするんですか?」


「こちらから打って出る」


「はあ!?」


「あちらの様子をのんびり眺めていてはラチがあかぬからな。そうともなればこちらから動いてサッサとカタをつけてしまおう。あやつらに少し痛い目に見てもらい、小僧と丹の姫を取り戻す」


「いやいやいや!なに言ってるんですか!?打って出るって、コッチはハチマンさまと私の()()()()()()()()()んですよ!?」



影道が本気の涙目で慌てる。そもそも攻城戦において戦力を二分するなど愚の骨頂である。物量で押し切らねば堅牢な砦は落とせない。なので今回「勿来関」を攻めるに当たって陽動部隊を編成する際に悩みどころだったのがその人数だった。可能な限り最小人数で行けるのが理想ではあったが、本体の戦力を削ぐ事なく、かつ作戦遂行に十分な人数を確保するにはどれくらいの人員を割けば良いのか悩みどころだった。


結局下手な人数で行くよりは「八幡神」単独で行動したほうが早いという結論にいたり、今ここにこうして「八幡神」と影道の二人で砦の陸奥軍の気を引くべく奮闘していたのである。単身だった故に頂上への到達も敵に気づかれる事なく素早く済み、ここまでの所は無事作戦通りに進んでいる。


それも「八幡神」という超常の破壊力を持つ神威があってこその陽動である。ところが「八幡神」はさらに攻め入ると言う。こちらからたった二人で関を落とすなぞ正気の沙汰では無い。



「何を言うか。お前がついてきてくれたからこその攻勢ではないか。大陰陽師安倍晴明お墨付きの魔術師なのであろうお前は?頼りにしておるぞ」


「えっ?えっ!?ええーっ!!!???」


「ではな、後詰めは任せたぞ」



そう言うや否や頼義……「八幡神」は切り立った岩肌を駆け下り、勿来関目掛けて真っ逆さまに飛び込んでいった。

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