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八幡軍、勿来関を攻めるの事

常陸国軍襲来の報を受けて安倍忠良たち陸奥一党は急に色めきだってバタバタと忙しく動き出した。報告によれば常陸軍は東の海岸沿いを進行しているとのこと、その数は約千人ほど。数でいえばさほどの脅威ではないが相手の真意が読めない。本気でこちらに攻めてくるのか、それとも先の「丹生都(にうつ)姫」をめぐる争奪戦に対する抗議の意でもあるのか。忠良は続く斥候の報告による敵の詳細を確認するまでは迂闊には動かず、待つ事に決めた。


東からこの「勿来関(なこそのせき)」を攻めるのであれば狭くうねうねと曲がりくねった隘路を進む必要がある。伸びきった隊列を鴨撃ちにするのは容易い。まさか相手がそんな愚策を取るとも思えない。考えられるのはそのまま海岸線を北上し、山の麓を迂回して陸奥国内側から関を攻める道だ。


本来「勿来関」は北方の夷狄を警戒するために作られたものだ。当然その備えは「北」に向けられていたのだが、長い年月の間に蝦夷の脅威も薄まり、関としての役割はもっぱら陸奥と常陸の間に対して注意が注がれていた。そのため今では警戒の目は「北」ではなく「南」に向けられている。


当然その備えもみな南向きにあつらえられているのだ。そこを見越してあえて逆に北方から攻め入るという考えは大いにありうる。



「ふん、都育ちの坊々どもが思いつきそうなこった。教科書どおりってやつか?」



安倍忠良が不敵に笑う。敵の攻め筋を見越した忠良はすぐさま矢継ぎ早に指示を飛ばす。命令を受けて部下たちが着々と迎え撃つ支度を整える。



「今となっては北への備えなぞ無用の長物と化しちゃあいるがよ、それでも砦は砦よ。本来北への対抗のために建てられたものだ、そう易々と南下を許すような構造にはなっちゃあいねえよ」



後続の伝令が続く。やはり予想どおり敵は迂回してそのまま北方の扇状地に陣を張るつもりのようだ。



「おあつらえ向きだな。あそこにいる限りこちらからは丸見えだ。高さの利もある。マヌケが、儂らのことをマジでなめきってやがるのか中央の連中は?千かそこらの軍勢で落とされるようなタマかよ。おい伝令!あっちからの連絡は何にもねえのか!?何か言ってきたって良さそうなもんだろ?」



忠良が伝令に激を飛ばす。だが伝令士は常陸軍からは宣戦布告も訴状の一つもないとのことだった。



「妙だな……?じゃあアイツら何のためにあそこに陣取ってやがる。そのまま突っ立ってるだけじゃあ陸奥国府の本隊と挟み撃ちになって()()()()じゃねえか、何企んでやがる?」


「……あの連中を甘く見るなよ。誰が指揮してるか知らねえが、親父さんにせよ()()()にせよ、定石通りの戦ばかりを仕掛けてくるとは限らねえぞ」



忠良の後ろで金平が呟く。屋内からでは深い樹々に遮られて常陸軍の様子は伺えない。



「おうダチ公、元部下としてどう思う?奴さん何考えてやがる」



忠良が顎をしゃくりながら金平に意見を促す。まるでもう金平がこちら側についたとでもいうような態度だ。



「誰がダチ公だ誰が。へっ、どうもこうもねえよ。頼信の大殿が仕切ってるんなら、一見不利に見えるあそこに陣を張るって事に必勝に意味があるんだろうぜ。頼義(アイツ)の指示だってえんなら……」


「なら?」


「……知らねえよ」



金平は何かを言いかけたが途中で口をつぐみ、プイと横を向いてしまった。忠良も察して無理強いにそれ以上のことは言及しない。



「へっ、まあ言えねえ事は言えねえやな。裏切り者にも三分の理ぐらいあろう。さて、ともすると……」



忠良がそう言いかけた瞬間、関役場全体が衝撃に揺れた。



「ななっ、何だあっ!?」



忠良が大慌てで外を見る。中庭があったはずの場所はポッカリと大穴が開き、池に引いていた水路からその穴に向けて水が流れて行く。その水が焼け焦げた地面に触れてじゅうと音を立てて白い水蒸気を発していた。



「こ、こいつは、あの……!?」



忠良に戦慄が走る。忘れもしない、金平を迎え入れる時にあの河原で食らった閃光、手持ちの弓兵の半分を吹き飛ばした謎の雷撃に違いなかった。



「バカな、どこから……!?」



忠良は思わず周囲を見回す。目に見える範囲に敵陣の気配はない。さらに遠くを見回す。その南方、勿来関に張り付くように南に面した小山の頂上から青白い光が瞬くのが見えた。


再び屋敷に衝撃が走る。今度は本館の屋根が吹き飛び、四散した屋根瓦が外にいた兵士たちに礫となって襲いかかる。混乱した場内はなすすべも無く阿鼻叫喚の様を呈していた。


続いて山の頂上から音も無く無数の弓矢と石飛礫(いしつぶて)が勿来関めがけて襲いかかった。



「別働隊だと!?ヤロウ、ちゃっかり高所を押さえてやがったのか!!本体に目が行っている隙をついて西から登ってきやがったのか!?」



部下たちが騒ぐ。南面の山を知れずに陣取るには先ほど説明した東からの狭い切り通しを通るか、もしくは前日金平たちが渡ってきた川を越えて西から北上する道しかないはずだった。しかし今の今である。つい先だって東の海岸線を進む本隊の存在に目がそれたそのほんの一瞬の隙にあの頂上まで一気に奇襲隊を登らせたというのか。



「くそっ、名乗りを上げもせずに問答無用で攻撃してくるとは卑怯な!!しかしこれだけの速度だ、奴らもそう数は多く移動できぬはずだ。構わず蹴散らしてくれよう!!」



血気にはやる副将たちが怒りに歯ぎしりを立てて兵士たちに号令する。



「待て!」



その勇み足を安倍忠良が大声で制して止めた。

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