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丹生都姫、目を覚まさずの事

一先ずは危機は去ったということで、頼義たち「鬼狩り紅蓮隊」一行に思わぬ休息の時が訪れた。またいつ「悪路王」が新たな端末を送り込んでくるか知れたものではないが、とりあえず見張りに待機していた常陸国軍の兵士たちを一旦送り返し、自分たちも一度国府に戻って国司代行である父常陸介頼信に事の顛末を報告し、今後の対策を練る事とした。ただ一人佐伯経範だけは身を隠すがてら「山の佐伯」たちの様子を伺いに行くと言って隊から一時離脱した。



「次会うときは『山の佐伯』たちとともに参ろう。彼らもまた立つ時かもしれぬ」



経範はそう言い残して一人筑波山麓を目指して去って行った。可能性は低いかもしれぬが、あれだけの不可思議な魔術を使う「山の佐伯」たちの協力を仰ぐことができるならばこの上ない頼もしい助力ではある。



「沙汰が決まるまで手元において監視しとくんじゃなかったのかい?」



金平が皮肉交じりに頼義に言う。



「今は一人でも有用な手勢が欲しい。朝令暮改のようで我ながら手際の悪さを実感していますが致し方ありません。万が一経範どのが逃走して罪を償わないようであれば私もその責を負って腹を切りましょう。あ、もちろん腹心の配下であるお前もとうぜん追腹を斬る事になりますからね」


「えっ!?」


「だからそうならないようにもし彼が二心を抱いた時は死ぬ気で追いかけてくださいね、うふっ」


「…………はあ」



珍しく頼義が金平に意地悪だ。


国府に戻った頼義たちはそれぞれに独自の判断で行動を起こしていた。常陸介頼信の許可をもらって国衙にある書庫に一度目を通したいと申し出た影道仙(ほんどうせん)はそれ以来ずっと書庫にこもったきりで何日も顔も合わせていない。。何か「悪路王」と「丹生都(にうつ)姫」に関する手がかりや対処法などがないかこの際徹底的に調べつくそうと意気込んでいる。


同時に彼女は式神を頻繁に飛ばして師匠である大陰陽師安倍晴明と連絡を取ろうと試みている。晴明の居場所は陸奥に入ったという情報を最後にふっつりと途絶えていたが、彼の思惑がどこにあれ、一度彼に会って今回の騒動に関する助言を請いたいというのが影道仙の正直な気持ちだった。


頼義は父頼信に「悪路王」に関する報告をした後、父を助けて国軍の配備や「悪路王の再来襲に対する備えの手配に奔走している。


残された金平はというと、別段何をするでもなく、日がな一日()()……「丹生都姫」と呼ばれた人ならざる存在の少女の世話に明け暮れていた。


本来ならば手慣れた女房などに任せておきたいところだったが、なぜか()()は金平以外の他人になつかず、無理に預けてもひどくむずかるだけで一向に大人しくしてくれない。おかげでこの数日というもの金平は毎日この少女の世話係として、「鬼狩り」の将とは思えぬほど穏やかでのんびりとした時間を過ごしていた。


今も()()は金平の背中で()()()()に揺られながらすやすやと寝息を立てている。寝る子は育つと言うが本当によく寝る子で金平も助かっている。もう夜泣きをするような年頃でも無いだろうが、それでも夜中にぐずることもなく大人しくしていてくれるのはありがたいことだった。


今回の騒動が収まったら、この子の処遇はどうするべきなのか。それは金平にもわからない。まさか自分が引き取って育てるわけにもいくまい。自分のような人間の元で育てば、その先に待つのは「鬼狩り」としての修羅の人生だけだ。そんな思いをこの子に押し付けるわけにもいくまい。だから、これ以上情が移らぬうちになんとか……



()()……?」



金平は背中の少女に声をかける。返事が無い。まだ良く寝ているのか、いや……


金平はその時初めて()()の異変に気がついた。



「おい、()()……()()!!」



金平がいくら呼びかけても体を揺すっても彼女は目を覚まさない。まさか……!?金平は慌てて彼女の口元に耳を寄せる。幸い息はしている。だがひどく浅い。身体もまるで水を浴びたように冷え切っている。金平は()()の両手をさすりながら何度も彼女の名前を呼び続けた。


()()は目を覚まさない。


金平は()()を抱きかかえると一目散に国庁に駐留している医師の元を目指して駆け出した。元々そういう嫌な予感はあった。だが考えないようにしていただけだった。だがやはりその予感どおりの事が当然のように起こってしまった。


()()が筑波山のあの洞窟でうつぼ船の中から目覚めてから何日経っていたろうか。あの時夜空を照らしていた満月はもうすっかりその身を細め、新月の到来を告げようとしていた。その間中彼女は一切の食事をしていない。今まではそれでもさしたる変化も見られなかったのだが、いや、確かに彼女はよく眠っていた。一日の半分以上は寝て過ごしていたのではないか。草木のように日の光を浴びていれば育つわけでもあるまい。彼女は日一日と着実にその体内の活力を消費し続けていたのだ。眠る事でかろうじてその消費を抑えていたのだろうが、ついにそれも限界がきた、とう事なのだろう。



「くそ。つ!!なんで俺は……そんなことにも気づかなかった!?」



自分自身に悪態をつきながら金平は医師を求めて走った。だが医師に見せたところでどうなる?普通の子供ならいざ知らず、医師に不死の仙薬の化身であるこの子を治療できるのか?考えれば考えるだけ不安の種は増すばかりだった。そんな焦りを振り払うように金平は全速力で駆け込み、薬師(くすし)場の扉を力任せに蹴り飛ばした。



「きゃーっ!!」



中にいた医師らしき白衣の人物が子猫のような悲鳴をあげて飛び出して行った。



「あ、おっおい!!患者だ、子供が病気なんだって、おい、なんで逃げやがんだよコラ、戻って来いや殺すぞこの野郎!!」



殺すぞと脅されて戻ってくる人間もおるまい。金平は薬箪笥の並んだ部屋に一人残されて呆然としてしまった。



「ほいほいほい、なんじゃいお若いの、お子がご病気かな」



逃げた若い医師と入れ替わるように髭面の老人が部屋にひょっこりと入ってきた。



「お隣で大声をあげる者がおるかと思って見てみればありゃまあこりゃあ立派な御仁で。いかがされたかな」



髭まみれの老人は黒目がちな目をクリクリと動かしながら金平と()()とを代わる代わる見比べた。



「子供の方だ。あんた医者か!?急にぐったりとして動かねえ。いや、どこが悪いってわけじゃあねえんだがとにかく弱ってるんだ、なんとかしてやってくれ!!」



おやおや、と言いながら老人は少女を引き取ると寝台に寝かせ、額に手を当ててふーむと何やら深く考え事をしているような仕草をする。



「いかんなこれは。実にいかん、大変まずい」


「!?」



老人が金平に背を向けたままつぶやいた。



「このままではこの少女は明日にでも動かなくなるであろう。由々しき事じゃ」


「な、なんだと!?どうすりゃあいいんだ!?」


「さて困ったのう、ここでは対処してやれんわい」


「ど、どこならできる!?どこに連れて行けばいいんだ!?」



慌てた金平は声を枯らすような大声で老人に詰め寄った。



「そうさなあ、さしあたり……」



そう言いながら老人が振り返る。



「陸奥までご同行願うというのはいかがかな、坂田金平、鬼狩りの武者よ」



老人……安倍忠良がニヤリと口を歪めて笑った。

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