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金平経範、筑波山に向かうの事

坂田金平は鬱蒼と生い茂る樹海を目の前にして呆然とした。つい先日来たばかりなのに、緩やかに開けたのどかな田園風景が広がっていた筑波山の麓は、以前とは打って変わって昼なお暗い密林にその姿を変貌させていた。湿った空気の中を栗の実ほどもある羽虫が飛び交い、遠くで聞いた事も無いような獣の鳴き声がこだましている。



「マジか……これを一人で登れと?」



金平はウンザリと言った顔で天を仰ぐ。なんでまた自分一人こんな目に会う事になったものだか。


陰陽師影道仙(ほんどうせん)の指示により、金平と佐伯経範(さえきのつねのり)は前人未踏の霊峰である筑波山に登るように命じられた。なぜ筑波山なのか、筑波山に何が待っているのかといった説明は時間が無いからと一切されぬままに早々に出立を余儀なくされた。金平は大いに不平を言ったが、頼義の強い願いに負けて結局その足ですぐさま筑波郡衙まで立ち戻り、そこで山登りの装備を整えて急ぎお山に入る予定だった。


異変が起こったのは今まさに出発しようとしたその時だった。物々しい装備に身を固めた常陸国つきの軍兵が郡衙の仮庁舎を訪れ、その場にいた役人たちをかり出して筑波一帯に突如発生した森の焼き払いを実行しようとしたのだ。



「バカな!!なんととんでも無い事を、その様な事をすれば()()が黙っているはずがなかろう!!」



佐伯経範が大慌てで兵士たちを取り抑えようとしたが、兵士を率いている在庁官人らしき人物が



「自分は国司代行たる常陸介様より直々に任務を委託されおる。邪魔立て無用」



とにべなく経範を退け、構わずに森に火をつけようとし始めた。



「お待ちを!どうかお考え直しを、()()()()()()()()()のでござる、どうかお考え直しを!」


「ならん」


「そこを、曲げて……!」


「退がれ下郎!田舎豪族風情が中央より派遣されておる我らに口出しするとは無礼千万。田舎者は田舎者らしく辺境の田畑でも耕しておれい!!」


「こ、この……すっとこどっこいがあっ!!」



必死の説得も通じず事の成り行きを止められなかった経範は怒りのあまり指揮官であるその男を力の限りの勢いでポカリと殴りつけてしまった。満月の光の加護を受けて最高潮の力を発揮する今の経範の一撃である。それをモロに食らった在庁官人の男は「あ〜れ〜」という声と共にはるかかなたにまで吹っ飛ばされてしまった。仰々しい重装備姿が幸いしておそらく死ぬことは無かったろうが、それでも周囲にいた兵士たちを驚かせ、かつ激昂させた事は想像に難く無かった。



「貴様あ、我らの行動を邪魔立てするかこの不届き者め!!」



などと怒号が飛び交い経範を取り押さえようとする。



「何おう貴様らあ!!中央の者だからと言っていい気になりおって、我ら土着の民を侮るなよ、()()()()()どもめがあ!!」



などと言いながら経範も襲いかかる兵士たちをバッタバッタと投げ飛ばしていく。完全に頭に血が上ってしまっている。


それを眺めながら金平も思わず絶句してしまった。自分もたいがい気の短い、火の着いたヤカンのようにすぐに沸騰する性質(たち)であるが、初めて会った時の事といい今といい、この経範も相当なものである。自分も他人の目から見たらこの様なザマなのであろうか、そう思うと金平は思わず「人のふり見て我がふり直せ」と言わんばかりに我が襟を正してしまった。



「金平!私はちと用ができた。すまぬが筑波山へはお主一人で参られるが良い!」


「勝手なこと抜かすなこのバカー!!」


「なあに、こいつらを一人残らず放り投げたらすぐにでも追いつくゆえ、取り急ぎお主は先に向かえ」


「あーもう、このうすら単細胞が!!死ぬなよ猫の旦那!!」


「誰が猫だ誰が!?」



大捕物のドサクサに紛れて呑気な会話を交わしながら、金平はその場を切り抜けて結局一人で筑波山に赴く羽目になった。経範に次会う時、彼の首が那珂川の河川敷に晒し首になっていない事を祈ったが、よく考えてみれば満月の事である、その心配は彼には無縁である事を金平は思い出し、つくづく便利なものよと場違いな感心をしてしまった。


さて、以上のような経緯があって金平は一人でこの筑波山の入り口まできては見たものの、お山への入り口はびっしりと立ちつくした樹木の壁に遮られて()()()()の一つも見当たらない。まるでお山自体が人間(ヒト)の立ち入る事を拒んでいるかの様である。


それもそのはずで、もともと筑波山の「男体山」と呼ばれる側の峰は人が立ち入ることが禁じられた「不入(いらず)の山」であった。どうやら慣習的な禁忌であると同時に、実際に守護結界を張られていて、迂闊に人が紛れ込んでもお山の中には入り込めないように霊的な保護がなされているらしかった。



「えーっとお、そういう時は……なんてったっけな……」



金平がブツブツ独り言を呟きながら背嚢をごそごそと探り、何やら紙切れのようなものを取り出した。金平は別れる前に「お山に入る時にあるいは必要になるかも」と影道仙(ほんどうせん)から手渡されたその紙切れに書かれている文言を読み返し、それを書かれている通りに読み上げた。



「なになに……『三山神(サンザンジン)三魂(サンゴン)ヲ守リ通シテ、山精(サンセイ)参軍(サングン)狗賓(グヒン)去ル』かしこみかしこみ〜」



金平は書かれている呪禁の言葉を意味もわからずに繰り返し三度唱える。別段何も起こらない。周囲を見回してみても扉が開いたり道が現れたりするようなことは無かった。



「なんでえ、なんの役にも立たねえじゃねえかあのインチキ占い師め」



と、その場にいない陰陽師に向かって悪態をついた。その瞬間、瞬きしたほんのわずかな視界の途切れめがあったのか、気がついたら金平の目の前にさっきまでは存在しなかった山道が一本、音もなく現れていた。



「!?」



金平は全く気配も見せずに突如現れた一本道の存在に気づいて目を丸くする。一体いかなる魔術でもって今のような現象が起こりうるのか。金平には全くわからない。



「まあいいか」



驚きはしたものの、それに怯んで後ずさりするようなこともなく、金平は現れた山道を堂々と一人歩いて山の奥へと歩いて向かった。

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