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影道仙、神降ろしの神事を語るの事

河内源氏の棟梁、左兵衛(さひょうえの)少尉(しょうじょう)源頼信に長女が誕生した。「すゞ子」と名付けられたその娘は、長じるに連れて不可思議な能力を見せて父頼信を驚かせた。


彼女の瞳は、目を合わせた男性を()()()にし、意のままに従わせる異形の力を有していたのだ。


何かの呪いか、源氏の古い血統の発露なのか、原因は知れなかったが、このままこの娘を放置しておけばいずれ当家に災いをもたらす事になる。頼信はその事を兄である春宮(とうぐう)(ごんの)大進(たいしん)頼光に相談した。話を聞いた頼光は姪であるすゞ子を陰陽博士安倍晴明の元に連れて行き、その魔性の力の根源を探らせた。


晴明が言うには、やはり太古の神の血統の顕現であり、彼女は生まれつき「彼方(かなた)」と呼ばれる異界への「道」と繋がったままこの世に誕生したのだと言う。この異界の力を正しかざる事に使えば、彼女はたちまち「鬼」となってこの世に大いなる災厄をもたらすであろう、とも晴明は付け加えた。


晴明は即座にこの娘の命を絶つ事を勧めたが、それを聞いた頼光、頼信兄弟は晴明すら想像していなかった大それた事を言い出した。



「その『道』を通して娘の身体に神霊を降ろし、この者を『鬼狩りの将』として育てる」



二人の申し出に、さしもの晴明も驚きを隠せなかった。大きな戦乱も無く、文字通り平安な御代であるものの未だに鬼神、怨霊、魑魅魍魎の類は滅することは無く、対する頼光ら「鬼狩り」の武者たちもそれぞれに歳をとり、また出世していったためにもはや前線に出て戦うということも無くなって久しい。次世代の「鬼狩り」の育成は彼らにとって必須の課題ではあった。


とは申せ、自らの娘であり姪であるこの少女を平然とそのための供物とする兄弟の非情とも言える意志の強さと底の知れなさに晴明は感心した。そんな事をすればこの娘はもはや姫としての平凡で穏やかな一生とは無縁な修羅の道を歩ませる事になる。それでも父である頼信は「鬼」としてこの場で殺すよりも「鬼斬り姫」として生かす道を選んだ。


平素、他人の人生などにかけら程の興味も持たぬ晴明に少しばかりの好奇心が沸き起こった。


かくして大陰陽師安倍晴明は自ら精進潔斎し、五穀を絶ってその身を清めると三日三晩に及ぶ長い術式に取り掛かった。


いかな晴明といえども、人の身に「神」を降ろすなどという大事業は行ったことがなかった。太古より受け継がれる最も古い「神降ろしの儀」、だが実際に本物の「神」をその身に降ろした実例など晴明ですら見たことも聞いたことも無かった。それだけでは無い、もし降臨する「神」が邪なる禍津神(まがつかみ)であるならば晴明は自身の手で世界を滅ぼす邪神を呼び寄せることになってしまう。聖なる「神」を呼び出せるなどという保証はどこの誰にもできないのだ。


だが晴明には勝算があった。確信と言ってもいい。なぜなら「道」はすでに開けているのだ。あとはその「道」に正しい神霊をお呼びたてするだけである。晴明は生涯最高の儀式となすため、一心に術式を唱えた。


そしてその甲斐あって、ついに「神」は少女の中に顕現した。



「……とまあ、(わたくし)がお師匠様から聞き及んでいることはそんなところですかね」



こちらから聞いているわけでもないのに影道仙(ほんどうせん)は勝手に頼義……かつて「すゞ子」と名付けられた少女……の内に秘めた神秘を解説する。好き勝手に喋る影道仙に金平はむすっとした表情で顔を背けるが、当の本人である頼義はふむふむと頷きながら笑みを浮かべて聞いている。気がつけばあれだけ海岸線を埋め尽くしていた陸奥の安倍忠良軍の船団は一艘の姿も無く姿をくらましていた。あの一瞬の間にいつの間にか退散していたものらしい。「八幡神」は彼らの存在には気にも止めていないようだった。



「それが『八幡神』……歴代の皇族と源氏の血統を守護する聖霊とな……」



話を聞いていた佐伯経範が恐れ入ったというふうに大げさに頷いた。



「なるほど、そのような秘密の事情がおありであったか。目が見えぬという身でありながらあれだけの身のこなし、只者ではないとは踏んでおったが、よもや八幡様の化身であったとは奇縁よのう」



経範がそう言ってまた何度もふむふむと頷き返す。経範の家系にとっても「八幡神」の存在は他人事では無い。家祖である藤原秀郷は二荒山(ふたらさん)の邪鬼である「百目鬼(どうめき)」を討つに当たり、他ならぬ「八幡神」の助力を得てその討伐を行なっている。



「げ、またその手の話かよ。お前ホントにどこにでも顔出しやがるのな」



金平はウンザリとした表情で頼義の顔を見る。「彼方」より「八幡神」の神霊を呼び寄せ、その力と知識を借り受けることができる頼義は、その力を使うときは完全に「八幡神」と同一化して「八幡神」そのものになる。その彼女が金平の視線を笑みで受け返した。



「当然よ。『彼方』より俯瞰して眺めればこの八島の国とて一望の元であるからな。しかしお前も相変わらず口の減らない奴よ。少しは『神』である『私』に敬意の一つも見せぬか」


「うるせえ知るかバーカ、んなこたあどうでもいいんだよ、アレはどうなんだよアレは!?テメエの一撃でめでたくお陀仏になったのか!?」



金平が色々な感情を誤魔化すように空を指差して怒鳴った。その指の先には先ほどの「八幡神」の神弓の一撃でその動きを止めた「悪路王」が今だに身動き一つせずに沈黙している。



「いや、ダメだ」



頼義……「八幡神」はやれやれといったふうに両手を上げて答えた。



「アレはダメだな。『私』の力では手に負えん」

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