第63話 旅する美
王都アルディアの朝焼けは、いつ見ても美しい。
けれど私は、その景色をゆっくり眺める立場ではない。
なぜなら――私たちは冒険者だからだ。
容子、Sランク冒険者。
肉球の斧を振るい、魔物を討ち、依頼をこなす。
それが本業。
Cremaは、副業……のはずだった。
「副業の売上ちゃうで、もう。」
馬車の荷台で宥子が笑う。
「副業や。」
「基礎化粧品、洗髪剤、今月の卸し分完売やぞ?」
言われんでも知っとる。
アンナが帳簿を閉じる。
「王都アルディア分は完売。次は港町ラシェールの商業ギルドです。」
そう。
私たちは工場も店舗も持たない。
冒険者だから。
依頼が入れば移動する。
魔物討伐、護衛任務、遺跡探索。
その移動先で――卸す。
◇◇◇
港町ラシェール。
潮の香りと喧騒が入り混じる街。
私たちは依頼達成報告のついでに、商業ギルドを訪れた。
「Cremaの納品ですね?」
受付の目が輝く。
すでに美の魔法薬で名は売れている。
基礎化粧品。
洗髪剤。
潮風で荒れた肌に効くと評判だ。
「今回は湿気対策強化版です。」
私は木箱を開ける。
中には魔力刻印入りの瓶。
港町仕様。
塩害に強い配合。
「助かります! 前回分は即日完売でした!」
宥子が小声で言う。
「移動販売みたいやな。」
アンナが首を振る。
「違います。正式卸しです。」
そう。
販売はその土地の商業ギルド。
価格統一。
値引き禁止。
私たちは納品し、契約確認をし、次の依頼へ向かう。
◇◇◇
山岳都市グランベル。
今度は寒冷地。
「乾燥防止強化型です。」
基礎化粧品は油分調整済み。
洗髪剤は静電防止仕様。
商業ギルドの担当者が感動している。
「なぜ土地ごとに変えるのですか?」
私は簡単に答える。
「同じ肌はないから。」
冒険者として各地を回る。
空気の違い。
水の違い。
肌の荒れ方の違い。
それを知っているからこそ作れる。
◇◇◇
夜、野営地。
焚き火の横で私は調合器具を広げる。
「依頼帰りに調合て、ようやるわ。」
宥子が呆れる。
「売れてるうちはやる。」
アンナが穏やかに言う。
「無理は禁物です。」
「無理ちゃう。」
本音を言えば、少し無理やけど。
でも楽しい。
魔法薬で整える“素”。
衣装で整える“形”。
Cremaは、戦場を知るブランドだ。
◇◇◇
そして最近――
「衣装はまだですか?」
と各地の商業ギルドで聞かれる。
美の魔法薬で築いた信頼。
それが次への期待を生んでいる。
「試作はある。」
私は小さく答える。
軽量防御ドレス。
温度調節マント。
依頼中でも着られる実用美。
ただし。
「卸しは限定数や。」
宥子が釘を刺す。
工場は持たない。
店舗も持たない。
移動先で卸す。
だからこそ希少。
◇◇◇
王都アルディアへ戻った夜。
リオン・ドミトリーとの定例報告。
「各地で評判は上々だ。」
「在庫は?」
「常に不足気味だ。」
私は肩をすくめる。
「増やせません。」
「分かっている。」
リオン・ドミトリーは笑う。
「それが価値だ。」
◇◇◇
翌朝、また依頼が入る。
砂漠都市への護衛任務。
「次は乾燥地帯やな。」
宥子が笑う。
私は頷く。
「砂対策配合、考えな。」
アンナが帳簿を閉じる。
「到着後、商業ギルドへ連絡します。」
冒険者だから、止まらない。
移動する。
戦う。
納品する。
Cremaは、旅と共に広がる。
王都アルディア発。
だが今は、旅するブランド。
工場もない。
店舗もない。
あるのは、私の手と魔力。
そして各土地の商業ギルドという拠点。
焚き火の火が揺れる。
「まさこ、寝ぇや。」
「もう少し。」
調合瓶の中で魔力が淡く光る。
戦場帰りの手で作る、美の魔法薬。
それがCrema。
明日もまた、別の土地へ。
卸しながら、戦いながら、縫いながら。
私たちの旅は、まだ終わらない。




