第47話 信用度ゼロ
私は怒っている。
だがその怒りは、さきほどまでのような燃え盛る炎ではない。
もっと冷たい。
もっと鋭い。
――信用していない。
それだけだ。
◆
セブール冒険者ギルドの空気は、張り詰めたままだった。
オークキングの大剣が机に横たわり、私の提示した戦利品は床に広がっている。
牙。
皮。
粗悪武器。
一万匹規模の討伐の末路がこれだ。
ダリエラは腕を組み、私を見ている。
「王都へ報告を上げよう」
そう言ったのは彼女だ。
だが私は、その言葉をそのまま受け取るほど甘くない。
「報告書は今夜まとめる」
そう続けたとき、私ははっきり理解した。
――任せられない。
「いや」
静かに、だがはっきりと私は言った。
「王都への報告は、私がする」
一瞬、空気が止まる。
ダリエラの目が細くなる。
「どういう意味だ、宥子」
「言葉通りや」
私は大剣を肩に担ぐ。
「私は社長や。自分の命に関わる案件、他人任せにはせん」
周囲がざわめく。
王都冒険者ギルド本部への直接報告。
それは地方ギルドを通さぬ、いわば“飛び級”の通達だ。
「地方を信用していないと?」
ダリエラの声は低い。
怒っている。
だが私は怯まない。
「してない」
即答だった。
ギルド内の空気が凍り付く。
「一万規模の集団。統率あり。キング出現。警戒情報ゼロ」
私は一歩近づく。
「これで信用しろ言われても無理や」
ダリエラの拳がわずかに握られる。
「隠蔽するつもりはない」
「する気がなくても、結果的に薄まる可能性はある」
私は淡々と続ける。
「地方の失態は、地方で小さくまとめたい心理が働く」
沈黙。
誰も否定しない。
「私はその“心理”を信用してへん」
正直な言葉。
ダリエラはしばらく私を見つめ、やがて静かに言った。
「……私を疑っているのか」
「個人やない」
私は首を横に振る。
「構造や」
組織は自己防衛をする。
それは悪ではない。
だが私は経営者だ。
損害を最小化するための甘い報告書など、断固拒否だ。
「王都への正式報告は、私が直接出す」
「地方を通さず?」
「通さない」
ギルド内がざわつく。
これは事実上の宣戦布告に近い。
ダリエラは長く息を吐いた。
「王都は厳しいぞ」
「望むところや」
私は即答する。
「危険度再評価。警戒レベル引き上げ。監査」
一つずつ挙げる。
「必要や」
ダリエラは目を閉じ、数秒黙る。
やがて目を開いた。
「……好きにしろ」
その声に、悔しさと諦めが混じる。
私は頷く。
「好きにする」
大剣を背負い、踵を返す。
背後から声が飛ぶ。
「宥子」
振り向かない。
「無事でよかった。それだけは本心だ」
一瞬だけ足が止まる。
だが私は振り返らない。
「黒字になってから言うて」
扉を押し開ける。
外の光が差し込む。
◆
宿へ向かう石畳の道。
身体は重い。
魔力はほぼ空。
身代わり人形を一体失った感覚は、地味に堪える。
あれは保険だ。
経営で言えば最終防衛資産。
それを切った。
それでも得たものは素材の山。
笑えない。
宿の前に立つ。
深呼吸。
扉を開ける。
部屋に入り、装備を外し、椅子に沈み込む。
天井を見上げる。
「……報告書、書くか」
私は鞄から書簡用紙を取り出す。
王都冒険者ギルド本部宛。
件名:セブール近郊草原における大規模魔物集団発生および統率個体確認の件。
事実を淡々と記す。
一万規模。
統率。
オークキング。
身代わり人形消費。
警戒情報未共有。
感情は挟まない。
数字と状況のみ。
それが一番効く。
私は宥子。
社長。
戦場でも交渉でも、そして報告書でも。
甘さは切り捨てる。
信用は、実績で積むものだ。
現時点で、ダリエラへの信用残高は――ゼロ。
だから自分で動く。
自分で守る。
ペンを走らせながら、私は小さく呟いた。
「次は黒字にする」
戦場でも。
交渉でも。
そして、組織相手でも。




