第45話 金洞の秘密
死ぬ。
本気で死ぬ。
戦闘ではない。労働である。
社長宥子がサイエスと現実世界を爆速で往復している間、私は現実側の工房に縫い止められていた。
化粧品会社Crema。
社長は宥子。
副社長は私、容子。
肩書きは立派。
だが実態は。
量産機。
容器設計、試作、改良、量産ライン構築、耐薬品試験、落下テスト、ポンプ圧の微調整、パッキン再設計、金型修正。
終わらない。
永遠に。
「もう無理……」
机に額を押しつけた瞬間、背後に冷たい気配。
「副社長?」
鬼の微笑み。
社長のそれは慈愛ではなく、経営者のそれだ。
「ちょっと休憩を……」
「休憩? 売上が呼吸みたいに自然に入ってくる世界線なら考えるけど?」
正論という名の凶器。
「私、サイエス往復込みで三倍働いてるんやけど?」
反論できない。
だから決めた。
逃げる。
◆
気付けば私はサイエスの空の下に立っていた。
メディションホールから電動スクーターを召喚。
エンジン音が心を軽くする。
装備確認。
ドラゴンフライ改。
M85。
洛陽住藤原国広。
「今日は暴れる」
目的はストレス発散。
冒険者ギルドで依頼を受ける。
ゴブリン討伐。
正直、物足りない。
だが今は派手に爆ぜたい。
◆
ヨルズの森。
スクーターで突入。
魔物を轢き、蹴散らし、弾丸で沈める。
風が頬を切る。
最高。
森の奥でゴブリンの巣を発見。
「原始的すぎやろ」
その瞬間。
<せやね>
振り向く。
赤白
紅白
サクラ
そして雰囲気を飛ばす楽白
なぜいる。
「帰れ」
<<<嫌>>>
即答。
私は溜息を吐き、戦闘指示を出した。
手榴弾投擲。
爆音。
ゴブリンの群れが溢れ出る。
ドラゴンフライ連射。
刀で斬る。
カルテットも暴れる。
楽白は念話は出来ない。
だが“雰囲気”を飛ばす。
焦燥。
怒気。
混乱。
ゴブリン達の動きが乱れる。
そこを糸で絡め取り、爆ぜさせる。
完封。
――のはずだった。
洞窟奥から重い足音。
武者ゴブリン。
レッドゴブリン。
そしてオーガ。
「だからボス戦あるって言ったやろ!」
戦闘は長引いた。
硬い。
弾丸が弾かれる。
罠を仕掛け、誘導し、爆破。
だが決定打に欠ける。
その時。
空気が変わる。
楽白の“雰囲気”。
それは言葉ではない。
圧。
威圧。
世界の色が一瞬薄まる。
オーガの足が止まる。
蛇ちゃんズが麻痺毒を叩き込む。
サクラが爆弾を投下。
「退避!!」
轟音。
衝撃波。
静寂。
勝利。
◆
洞窟奥。
そこは異様に整然としていた。
金塊。
宝石。
武具。
「ゴブリンの財力ちゃうやろ」
奥に王座。
そして壁。
巨大な羊皮紙が貼られている。
近付く。
息が止まる。
世界地図。
詳細。
都市名。
未踏破区域。
魔境指定地。
鉱脈らしき印。
魔素濃度の推定値。
社長の持つ簡易地図とは別物。
情報量が違う。
「これ……戦略兵器やん」
頭が高速回転する。
新素材。
未知の植物。
希少魔石。
容器強化。
新ライン開発。
ブランド拡張。
Cremaの未来図が一瞬で塗り替わる。
容子の役目は容器。
だが素材が変われば設計は無限に広がる。
耐魔素容器。
自己修復ボトル。
魔力保持機能。
夢が膨らむ。
「社長、腰抜かすでこれ」
洞窟内を徹底回収。
金剛石。
エメラルド。
古代装飾品。
全て収納。
最後に地図を丁寧に剥がす。
折れぬよう、傷付けぬよう。
それは単なる紙ではない。
未来だ。
◆
帰還後、私は工房に戻る。
社長が振り向く。
「何しに行ってたん?」
私はにやりと笑い、羊皮紙を広げた。
空気が凍る。
沈黙。
数秒後。
「……副社長、これ本物?」
「ガチ」
社長の瞳が獲物を見つけた猛獣のそれに変わる。
「やるで」
その一言で全てが決まった。
Cremaは次の段階へ進む。
容器と中身。
容子と宥子。
役割は違えど、目指す頂は同じ。
金洞で手に入れた世界地図。
それは単なる戦利品ではない。
新たな事業戦略。
未知領域への挑戦。
そして、私達の未来そのもの。
労働地獄?
上等。
どうせ働くなら、世界を獲る側で。
私は工具を握り直す。
次に設計するのは、ただのボトルじゃない。
世界を封じ込める器だ。




