第29話 アトリエに居た時の話
アトリエ――正確には、私こと琴陵容子専用メディションホームに籠った瞬間、世界は私のものになった。
静寂。
広々とした空間。
整然と並ぶ工具と素材。
そして、ちょこんと作業台の端に乗っている子蜘蛛の楽白ちゃん。
「よし。今日はお揃いの服を作ろうか」
ぴょこん、と楽白ちゃんが跳ねる。
意思疎通は完全ではないけれど、なんとなく雰囲気で分かる。たぶん今のは「やったー」だ。
◆◆◆
まずは楽白ちゃん用。
大きさは拳の半分ほど。ころん、としたフォルムがたまらなく可愛い。
「小さっ……尊い」
糸はもちろん楽白ちゃん自身のもの。伸縮性は抜群。多少成長しても着られる設計にするつもりだが――
「モンスターの成長速度、分からないんだよねぇ……」
気付いたら一晩で倍サイズ、なんてこともあり得る。
だから私は二着作ることにした。今ぴったりサイズと、少し大きめサイズ。
慎重に型紙を引き、極細針で縫製ラインを計算する。八本脚の可動域を妨げないデザイン。背中側は魔石を埋め込める余白を確保。腹部側は柔軟性重視。
「完璧……!」
そして二玉分の糸を、私の好きな深い青紫の染色液へぽちゃん。
じわり、と色が浸透していく様は芸術だ。
すぐには縫えないので、その間に自分用のデザインも描く。楽白ちゃんとリンクコーデ。蜘蛛モチーフをさりげなく取り入れたケープ付きワンピース。
端切れ、装飾パーツ、ボタン候補を箱にまとめ、デザイン画も一緒に収納。
「よし、次」
◆◆◆
次は――金の匂いしかしない作業。
宥子が売りまくるであろうアクセサリー制作だ。
台座に刻印する。
――Heart of Solas
私のブランド名(仮)である。
そこへ今回獲得した黄色の魔石(研磨・カット済み)をはめ込む。
魔力を込める。
……ぴきん。
「あ、これ一回分だ」
どうやら魔石が小さすぎたらしい。発動回数は一度きり。
「冒険者向けかなぁ……? でも可愛いし戦闘で邪魔かも」
悩んだ末、方向転換。
「貴族向けにしよ」
私は台座の周囲にビジューを配置し、光を反射する角度を計算しながら豪華さを演出した。小粒の魔石を散らし、中心の黄色を引き立てる。
この指輪が後に高位貴族令嬢の命を救い、製作者捜索騒動に発展するなど、この時の私は知る由もない。
◆◆◆
そこからは怒涛の制作ラッシュ。
ネックレス。
バレッタ。
ピアス。
イヤリング。
指輪。
アンクルレット。
腕輪。
特にイヤリングやピアス、アンクルレット、腕輪は華奢でシンプル重視。だが中身はゴリゴリ性能。
回復。
攻撃力アップ。
防御力アップ。
追撃魔法。
魔力補助。
「重ね掛けすれば疑似魔法使いになれるよね、これ」
魔力を持たない冒険者には喉から手が出るはず。
問題は――
「無名なんだよね、私」
絶対値切られる。
その辺は宥子に任せるが、ボッタクリされないよう忠告は必要だ。
私は付与魔法別に巾着へ収納した。
巾着を見て、ふと思う。
「ギルドのお姉さん達、筆箱持ってなかったな」
ペン立てはある。でも羽ペン。
……チャンスでは?
女性ギルド職員=情報源。
情報=儲け話。
私はボールペン50本、100枚綴りメモ帳を用意。もちろん可愛いノート型。
ペンケースは余り布で一点物。全部違う柄。
「限定品って響き、大事」
生産ギルドには卸したが、商業ギルドはまだ。正直、買い叩かれそうで怖い。売り込みは宥子に丸投げ予定。
必死で全部作り終えた瞬間。
ドォン!!
扉(精神的な)が開いた。
◆◆◆
「ちょっとこの高性能な服はどうしたの!?」
息を荒げた宥子が、私の作った服を掴む。
「私が作ったよ。楽白ちゃんは蜘蛛地獄の幼体だったみたいでね。その糸で織ったらこの性能」
ボタンは特に自信作だと伝えると、
「特許は!? 出したの!?」
目が完全に¥マーク。
引く。
「まだ。でも次にサイエス行ったら取る」
「売ろう! 街で見た防具より性能上! 軽い! お洒落! 絶対売れる!」
「生産の目途が立ったらね」
私は釘を刺す。
「糸は楽白ちゃん頼り。大量生産無理」
このままだと完成品が消える。
しかし宥子は止まらない。
「蜘蛛地獄捕獲して糸回収すれば良いじゃん!」
金の亡者モード。
「通常個体5メートルだよ? 拠点も無しに契約? 討伐して糸確定? リスク高すぎ」
私は冷静に切り捨てる。
「今は私達の分で十分。余剰だけ売る。それまでは市場に流さない」
沈黙。
数秒後。
私は宥子をメディションホームから強制退去させた。
◆◆◆
静寂が戻る。
「ふぅ……」
作業台に視線を落とすと、青紫に染まった糸が乾いていた。
「さぁ、続きやろうか。楽白ちゃん」
ぴょこん、と跳ねる。
私は針を持ち、魔力を込める。
これはまだ始まり。
私のブランド。
私のアトリエ。
そして、私達だけの最強装備。
金の匂いを嗅ぎつける姉の足音を遠くに感じながら、私は今日も創作に没頭するのだった。




