第130話 神と怨霊の会談
夜のビル屋上。
ネオンが瞬く都市の空を背に、風に髪をなびかせて立つ女神が一柱。
阿迦留姫命|。
海を越え渡来した光の姫神は、腕を組んだまま、こちらをじろりと睨んだ。
「……宥子」
「はい?」
「悪霊を連れて来るな」
即答である。
背後で漆黒の鎧を纏う皇霊――|アベル・フォン・ミスト|が、わずかに眉をひそめた。
「悪霊とは心外だな」
「心外も何も、瘴気ダダ漏れや」
屋上のコンクリートがミシリと鳴る。
私は両手を上げた。
「まあまあ。今から更生プログラムや。紹介状欲しいねん」
「誰にだ」
「菅原道真公|」
その名を出した瞬間、阿迦留姫命|が鼻で笑う。
「よりによって天神様か。難儀やな」
「学問都市作るねん。適任やろ?」
アベルが小声で呟く。
「その者は強いのか」
「元人間で、死後に神格化。怨霊から天神へ昇華したレジェンドや」
アベルの蒼炎が揺れる。
「……興味深い」
「取り次いでくれるなら――」
女神はにやりと笑った。
「楽天|で買い物させろ」
「は?」
「通販だ。あれは便利だ。前回ログイン切れた」
私は頭を抱えた。
「選んでええけど、予算あるで」
スマホを差し出すと、阿迦留姫命|は光の指で高速スクロールを始めた。
「これも良いな。酒。つまみ。限定醸造……」
「ちょ、無限にカート入れんな!」
「神は制限を嫌う」
「うちの給料二十万や!」
ぴたりと手が止まる。
「……社長なのに二十万か?」
「上は金持たん主義や」
「清貧すぎぬか」
結局、二十万ギリギリまで酒と珍味で埋め尽くされた。
「……満足か?」
「うむ」
そして指を鳴らす。
空間が歪み、光の道が開く。
「天満宮へ案内する」
◇
静かな境内。
月光に照らされた社殿の前で、一柱の神が待っていた。
烏帽子姿、静かな眼差し。
菅原道真公|。
「……異世界版の私か」
開口一番、それだった。
「は?」
「そなた、学問都市を築く気だろう」
「話早いな!?」
道真公の視線がアベルへ向く。
アベルは息を呑んだ。
「……人が、本当に神として祀られている」
「左様。信仰は力となる」
蒼炎が揺れる。
「我は王家を滅ぼしたい」
静かな殺意。
道真公は頷いた。
「その気持ちは分かる」
「分かるんかい」
「私もかつては怨霊と恐れられた」
私は慌てて割って入る。
「ちょ、待って! ここ日本! 天照大神|祀られてるから王家滅ぼしたらアカン!」
道真公が咳払いする。
「……それは困る」
アベルは腕を組む。
「天照大神が祀られているならば、全面衝突は得策ではないな」
「やろ!?」
少し考え込み、アベルが言う。
「では、死なぬ程度に呪えば良い」
「ほどほど呪詛!?」
道真公が静かに頷く。
「学業不振、経済停滞、軽い腹痛程度ならば問題あるまい」
「基準ガバガバや!」
だがアベルは乗り気だ。
「それで手を打とう」
私は頭を抱えたが、全面滅亡よりはマシだ。
やがて話題は学問へ移る。
経済構造、貨幣制度、学術振興。
アベルの目が輝く。
「……弟子にしていただけぬか」
道真公が微笑む。
「志は悪くない」
私は咳払いする。
「待った。弟子入りはええけど、うちと従魔契約せなあかん」
アベルが眉をひそめる。
「従魔だと?」
「管理上必要や。暴走防止」
沈黙。
やがてアベルは深く息を吐いた。
「……従魔で良い」
「即落ち!?」
「学問の道を得られるならば、些事だ」
道真公が扇を広げる。
「契約を」
私は魔法陣を展開した。
「従魔契約」
光の鎖が結ばれる。
レベル451の巫女と、レベル1892の皇霊。
異様な主従。
だが成立した。
◇
転移。
本来はサイエスへ戻るはずだった。
だが繋がったのは――王都の自宅。
「なんでや!」
「座標が王都固定だ」
アベルが冷静に言う。
私は車のキーを掴んだ。
「しゃあない。飛ばすで」
夜道を爆走。
ミスト公爵領へ。
助手席には、元皇太子にして未来の神候補、そして従魔。
「この世界、面白いな」
「まだ序章やで」
学術都市建設。
夫婦神奉斎。
王家軽度呪詛。
課題は山積み。
だがアベルの瞳に、かつての絶望はない。
代わりにあるのは――知への渇望。
車は闇を裂き、ミスト領へと走った。
神話の続きを書くために。




