番外編:いまからでも遅くないこと
第三巻(最終巻)発売記念の番外編です。
三巻の内容を匂わす描写があります。ご注意ください。
もう一人の自分と再会したのは、半年後のことだった。
前回とは異なり、彼女は純白の衣装を纏っている。
こころなしか、表情も明るくて――イーディスは「すべてが終ったあと」だと直感した。
「六代目の聖女になったの?」
だから、イーディスはこう問いかけた。
すると、彼女は照れくさそうに頬を赤らめる。
「あまり自覚はないですけど……まだまだ私には足りないことも多いですし」
「謙虚ね。とりあえず、座ったらどう?」
私は近くにあった椅子に座るように促した。
ここが夢の世界だと知っているので、ある程度思い通りにすることができた。本来は死ぬところだったアキレスの命を繋いだことで、人の夢に介入する力を手にしている。こんな力、使い道はないと思っていたし、積極的に誰かに言いふらす気にもなれないけど、このときばかりは良かったと感じた。
「それで……クリスティーヌのこと、どう思う?」
自分も対面に腰を降ろし、椅子に座った少女に質問を投げかける。
この質問をしたかったのは、他でもない――ちょっとした確認だった。異なる世界の自分も、彼女に振り回されていたはずだ。そうでなければ、自信なさげに聖女などやらないし、わざわざ夜会で魔王に評されているであろう貴族たちを集めるようなことをしない。
きっと、もう一人の自分もクリスティーヌに好感を持っていない。
そのうえで、同じ結末を迎えたのか――にわかに興味があった。
「クリスティーヌ様ですか?」
ところが、予想に反して、もう一人のイーディスはきょとんとした態度だった。
「綺麗だなって思います」
「……それだけ?」
私は目が点になってしまった。
たしかに、クリスティーヌは美しい。それは、最初から分かり切っていることである。出会った瞬間から、彼女ほど美しい人を見たことがないと思ったし、それは魔王討伐の旅を通し、王国中を巡り、数年経ったいまでも変わらない。
他にないのか? と、まじまじと見つめていると、彼女は頬を掻きながら笑った。
「いまさらって感じですよね。でも、本当に飛び抜けて美しくて、胸に迫るほど切なくて……私、ちょっと憧れちゃったんです」
「憧れる……?」
「……そりゃ、彼女を嫌に思った時期もありましたよ。だけど、いまはいいんです」
彼女は爽やかな口調で言葉を続けた。
「私もウォルターさんや神官様の手伝いができたらいいなって思ってるんです。でも、覚えることが山積みで……だから、クリスティーヌ様に手紙で相談しているんですけど、いつも『なってないわね』って叱られてしまいます。でも、ちゃんと返事とアドバイスをくれるんですよ。それから――……」
「返事……アドバイス……?」
ここで、イーディスは悟った。
いま、目の前にいる自分は、まったく異なる結末を迎えたのだと。いったい、どこをどうしたらそうなったのか、にわかに信じがたくて、その先の言葉を上手く聞き取ることができなかった。
「えっと……あなたは、違うんですか?」
こちらの愕然とする気持ちに気づいたのか、もう一人のイーディスはおずおずと尋ねてくる声で、ようやく我に返った。
「……事情が違うようね」
まさか、クリスティーヌが過去の記憶をすべて失ってしまったとは口が裂けても言えなかった。
「……ここまでにしましょう。もう会うことはないかもしれないけど、幸せな人生を送ってね――あなたも、クリスティーヌ様も」
それだけ言うと、イーディスは席を立った。
もう一人の自分が辿った結末も気になるが、そこはぐっと堪える。早く自分の世界に戻らないと――新たな後悔ばかりが沸き上がりそうだった。
「あ、あの! そちらの私とクリスティーヌ様もお元気で!」
背中に声をかけられる。
イーディスは軽く手を挙げ答える。だけど、どうしても――気になってしまい、一度だけ振り返った。もう一人の自分は大きく手を振り、こちらを気遣うように笑っていた。
どちらの人生が正しかったのか。
自分ともう一人の自分の選択、どちらが良い結果に繋がったのか。
それは、いまの自分には決められない。
いまの自分の結末を悔いて、嘆くことしかできない。だけど、それでも――命だけは助かった。それは喜ぶべきことだと自分に言い聞かせ、納得させる。
「また、お会いしましょう!!」
しかしなぜだろう。
いまも背後で手を振り続ける彼女が、とても羨ましく思えた。
※
ふと、目が覚める。
夢の残り香を味わいながら、イーディスは隣に目を向ける。ウォルターが心地よさそうな寝息を立てていた。
ウォルターの仕事は忙しい。昨日は閣議が深夜まで続き、服を着替える間もなくベッドに倒れ込んで寝入ってしまったのだ。いまの彼に必要なのは、とにかく睡眠である。イーディスは彼を起こさないように、息を潜めて立ち上がり、するすると自分の机の前に座った。早朝の薄青色に染まった部屋のなか、ぼんやりとした明かりを頼りに手紙のセットを用意する。羽ペンにインクを浸し、さあ書くぞと生きこんでみるものの、なかなか書き出しが思いつかない。ぽた、ぽた、とインクが待ちくたびれたように垂れるばかりである。
「……どうした?」
そのとき、後ろから眠そうな声が降ってきた。
「ウォルターさん!?」
「いきなり起きたから、トイレにでも行くのかと思えば……誰に出す手紙だ?」
ウォルターは若干不機嫌そうに尋ねてくる。
「……クリスティーヌにあてる手紙です」
「あの女に?」
これには、彼も意外だったらしい。寝起きで吊り上がっていた目は緩み、ぽかんと口を開けている。
「お前、あまり考えないようにしてたんじゃないのか?」
「……だけど、向き合わないといけないと思って」
そう、自分は羨ましかったのだ。
クリスティーヌのことを親しげに語る姿に、少しの寂しさを覚えたのである。
「いまからでも、仲良くなりたい。虫の良い話だし、すべてを思い出したときに許してもらえるとは思えないけど……」
六代目の聖女として、イーディス・ピルスナーとして、自分の人生を歩むのだから、いま、この瞬間に悔いるような選択をしたくなかった。あとで、さんざん後悔したとしても、自分の考えられる最善を尽くしたい。
「……それが、お前の選択なら止めねぇよ」
ウォルターの手がポンっと肩に乗った。
私もこくりと頷いて返す。
朝の日差しが、薄暗い部屋を照らし出す。
広い部屋には、かりかりとペンを走らせる音だけが響いていた。
「払いの聖女」最終巻!
宇都宮ケーブルテレビ・ミーティアノベルス様から9月5日より、Amazonを始めとする大手電子書籍サイトにて配信開始しました!
表紙のイラストは、6町しろ先生に描いていただきました!
1巻のおどおどしていた空気とは一変し、聖女として、人として成長した彼女を描いていただけて幸せです!!
番外編を読んでくださり、お気づきの方もいると思いますが、なろう版とは異なる展開、かなり違った結末になっております。
すべてを明かすことはできませんが、大きく変わったのは2人です。
1人は清いまま美しい結末に到達し、1人は完全に消滅します。特に、最終話における前者の登場人物とイーディスが繰り広げる会話は、私の一番お気に入りです。あの光景を美しく感じていただけたら幸いです。
また、電子書籍版限定の番外編も書き下ろしています。
ジャンル恋愛にふさわしい糖度全開の短編になっておりますので、そちらも楽しんでいただきたいです。
また、なにかの機会に番外編を書き下ろそうと思います。
そのときは、またよろしくお願い致します!




