エピローグ
「お、可食部位に関する本か。自分の身体に興味が出てきたの?」
いつもの公園で、いつものブランコに乗りながら、私は青山君といつものように会話する。
「うん。いつか私も免許を取って、自分でもみあげ料理作ってあげたいんだ」
「へえ、いい夢だな、応援するよ」
「へへ、ありがと♪」
「もみはやっぱもみ揚げが一番だけど初心者ならなますも悪くないな。刺身ってのもいいかもしれない。素揚げも美味いけど……ああでもこれはもう初心者の領域じゃないし……」
私にはまだよくわからぬ事をぶつぶつと呟く青山君を横目で見ながらくすくすと笑う。
結局、両親の不和は収まった。
このもみあげも、どうやら許容してくれたみたい。
全く昔通りってわけにはいかないけれど、それでも少しずつ平穏な時間が戻ってきてくれた。
それがたまらなく嬉しい。
家族の絆に亀裂を入れた私のもみあげが……家族のかすがいとなってくれたのだ。
もちろん、彼の協力あってこそのことだけれど。
結局、青山君のことはよくわからなかった。
なんでその若さで難関の可食部位調理師免許を持っているのか、とか、どうして私にお節介を焼いてくれたのか、とか。
問い詰めたときに一度だけ、
「家族がね……ちょっと」
なんて言いかけて口を濁したのが唯一の成果である。
一体彼の家族がなんだというのだろう。
とても気になる。すごく知りたい。
「そう言えば三年の宮部先輩って知ってるかい?」
「え? ああ生徒会の? そりゃ名前くらいは……でもなんで?」
宮部先輩と言えば生徒会の副会長ですっごい美人だって評判の人だ。
黒髪ロングストレートで才色兼備、ただちょっと校則にうるさいところが玉に瑕、みたいな。
「あの人……可食部位持ちだよ」
「え? ホント!?」
「その事で悩んでるみたいでさ……でもなかなか接点がなくって。ねえ西浦さん、彼女とアポ取る事ってできる?」
「え? え? えええええええ?!」
この場合私はどう返事をすればいいのだろう。
否と言えば彼をきっと失望させてしまう。それは嫌だ。
でも是と言えば好感度は上がるかも知れないけれど、もしかしたら副会長まで彼に……!?
「あ、ちょっと、西浦さん?!」
「ちょ、ちょっと用事を思い出したんだ、またね!」
呆然とする彼を置いて脱兎の如く公園から逃走する。
推論でものを考えるのは危険だ。だからこういう時の乙女には戦略的撤退だってきっと許されるはずである、たぶん。
あ~あ、憂鬱。
副会長のこと、しっかり調べておかなくっちゃ……
……私の名前は西浦知子。友達からはトモって呼ばれてる。
十四歳、中学二年生。
特技はもみあげが食べられること。
目下、恋する乙女である。




