プロローグ①
――力が欲しかった。
故郷を貪り尽くされたあの日から、ずっと力が欲しかった。
そして自分には才能があった。竜や魔獣を狩り続けて、世界でもたった十三人しか与えられていない『魔弾』の称号を得るほどには。
だが、その才能ゆえに深刻な問題が彼にはあった。どれほど優れた機体でも、全力の戦闘を行えば、彼の持つ精霊素の出力と反応速度に機体が耐えられないのだ。
それは彼にとって大きな悩みであり、生存面においては重大な問題だった。
――これでは不充分だ。
とある学術都市にて、錬金学の天才と呼ばれた少女に彼が告げた台詞だった。
彼女が造ってくれた試作機に乗った時の所感である。
物静かな彼女は怒っているようにも見えたが、さらに奮起してくれた。しかし、それでも完成した機体は彼の望むモノではなかった。従来の精霊機兵を遥かに上回る性能だったが、その機体でも彼の技量と出力に耐えることは出来なかった。
彼女には申し訳なかったが、こればかりは不充分と言わざるを得なかった。
現代技術の最高峰であっても、自分が望む精霊機兵は得られない。
だからこそ、彼――ユージン=アサルトはここに来たのだ。
言ってしまえば、『御伽噺』に縋ったのである。
「――旅立ちの時だ。ユージン=アサルト」
そうして地下大神殿――『星核宮殿』の祭壇にて、彼女が厳かに告げる。
「私の知識と錬金術の粋を以って、お前の望む機体はようやく完成した。あの機体ならばお前が抱える問題は完全に解決することだろう」
その姿は、まるで少女のよう。
錬金学の開祖にして、偉大なる大魔法使い。
悠久の寿命と、不老の肉体を持つという半神半人族の最後の生き残り。
知恵の女神と称され、世界最大の宗派によって神格化された偉人でもある。
――その名をトワイライト=イジュアールといった。
例えば、人が体内に宿す精霊素を動力にする鋼の巨兵・精霊機兵。
例えば、重力制御により、空を翔ける巨大なる都市船・天都舟。
現代においても驚異的なそれらの技術を生み出し、天敵が闊歩する世界で人類が生き抜くための基盤を造ったのが知恵の女神であるとイジュアール聖教は伝えていた。
(……女神と呼ばれるのも納得だな)
まさに今、伝承の中の存在と対峙しながら、ユージンはそう思う。
手には錫杖。額には王冠に似た黄金のティアラを着けて、白い法衣を纏う彼女の姿はあまりにも美しく、計り知れない神秘性があった。
ただ、イジュアール聖は、亡者のように次々と知識と技術を懇願する民たちを恐れ、地中深くの大神殿に身を隠したと伝承にはあった。それがこの場所、星核宮殿だった。三百年も前のことだ。ユージンが子供の頃に聞いた御伽噺の一つである。
だが、たとえ、それが御伽噺だったとしても、精霊機兵の母であるイジュアール聖ならば、あるいは自分が満足する機体を与えてくれるのではないかと考えたのだ。
「もう行くがいい」
イジュアール聖は、錫杖を天――地上の方へと向けた。
「この暗がりに、もはや用もないだろう」
「……お前はどうするんだ?」ユージンがそう尋ねると、
「これまでと何も変わらない」
彼女は錫杖を下ろし、淡々とした眼差しを向けて答えた。
「この深き地の底にて、いつか朽ちることを夢見て悠久を生き続けるだけだ」
「……そうか」
ユージンは双眸を細めた。
(そうだな。お前ならそう答えるか)
右の拳を強く固める。そうしてユージンは一歩踏み出した。
「イジュアール聖。お前は俺の力が完成したと言ったが、それは間違いだぞ」
「……なんだと?」彼女は眉根を寄せた。
「何を言う。あれは完成だ。製造に一年半もの年月をかけた私の最高傑作だ。稀代の操縦士であるお前に相応しい機体だ。私の《アトラス》を超える存在はこの世にはないはずだ」
一拍置いて、彼女は言葉を続ける。
「《アーススフィア》を増設した上で運動性能は落とすなというお前の無茶な要望にも応えてやった。あの機体ならば、お前も十全に実力を発揮できるはずだ」
「そうだな。確かに《アトラス》は最高の機体だ。だが」
真っ直ぐな眼差しで、ユージンは彼女を見据えた。
「それでも未完成なんだ。《アトラス》には最も重要なものが足りていないんだ」
そう言い切って、ユージンは彼女へと右手を向けて強く握る。
「お前だ」
「……なに?」彼女は再び眉をひそめた。「私だと? どういう意味だ? アサルト」
少し困惑した様子で尋ねてくる彼女に、ユージンは小さく息を吐いた。
(やれやれ。竜狩りだけが俺の生き甲斐、すべてだと思っていたんだがな)
ドン、と固めた拳で自分の胸を打つ。
(こんなにも勇気がいるものなのか)
静かに心を鼓舞させて、
「……そのままの意味だ。完成にはお前が足りないんだ。《アーススフィア》は俺だけのために造ってもらったモノじゃない。俺が日和る前に言うぞ」
ユージンは告げる。
「俺はお前を愛している」
数秒の間。二人だけの神殿に沈黙が降りる。
そして、
「…………え?」
ややあって、知恵の女神と称される偉人の唇からそんな声が零れ落ちた。
ユージンは「……ふう」と息を吐いてから、言葉を続ける。
「俺が星核宮殿に辿り着いて二年。お前のことも、その心の奥に秘めた途方もない孤独も少しは察しているつもりだ。だからこそお前をもう一人になんかさせたくない。くそ。やはり言葉が日和ってくるな。情けない。もうはっきり言うぞ」
そうして、未だ呆気にとられている彼女にユージンは告げるのであった。
ありったけの想いと勇気を込めて。
「お前が愛しい。お前のすべてが欲しいんだ。どうか俺と共に生きてくれ」
――と。




