第6話 断絶の神物
遺跡の広場奥、祭壇のさらに奥へと進む。
町区画にあったような罠は見当たらない。
俺━━商人の胸元の欠片が微かに脈打ち、進む方向を示す。
アリス━━魔導師は少し不安げに言った。
「誘導されているようです。罠がないのではなく、通す相手を選んでいる感じがします。」
フォック━━騎士は周囲を警戒したまま歩く。
やがて広めの家ぐらいの黒の石でできた石室が見える。それは砂漠の町の中で、異様な存在であった。他の家は土壁やあっても木造住宅の中で、ただ一軒だけ無機質であった。簡素な平屋でありながら、どこか歪みのない均整を持つ。
入り口はない。
罠も無いようだ。魔力探知を全開にして慎重に中に入る。
中は暗いのでフォックが松明を持つ。
中には松明をかける所が数ヵ所あるので、罠を確認しながらつけて回る。
中央に石でできた大きな箱が置いてある。その大きさは大の大人2人が縦に余裕で入るほどであった。ただ、宝飾はなく墓にしては大きすぎると感じた。
手前には台座がある。その台座に古い何かが刻まれている。
アリスが近づき目を細めたが、すぐに首を振る。
「これは人の言語ではありません。」
俺も見てみる。確かに線と点が中心で言語というよりは記号。全く見たことのない物だった。
ラジレス━━魔導師がみる。瞳がゆっくり閉じられる。
……少し考えた後、目を開け小さく息を吐いた。
「……仕方ないな」
彼は右手に杖を静かに立て、左手に直径20cmぐらいの球状の“何か“を持っていた。
透明であるはずのそれは、輪郭だけが現実に残されたように浮かんでいる。視線を向けた瞬間、光でも闇でもない“何か”が網膜を削る錯覚に襲われる。
俺は思わずそれから目を逸らした。
そして詠唱を始めた。
聞いたことのない言葉が石室に響く。左手の“何か“から眩い光を放ち部屋全体を放たれる。空気が一瞬、音を忘れたように沈黙した。
目の前の人間だったはずのラジレスの背から、神話でしか見たことのない羽が徐々に広がる。頭上には輪が浮かび、左手の球体が脈打つたびに光が現実を塗り替えていく。理解しようとする思考が、甘く溶けるように奪われていった。
「「神」」
俺とフォックが同時に叫んだ。
アリスは薄々感づいていたのだろう。先に膝をついていた。
俺達も膝をつく。
"神"
この世界では誰もが知る存在。この星を作り管理する者達の総称。何かあった際に人の姿を借りて地上に現れるという。
この遺跡は神が動く程の重要な物だったとは……
もしかしてこの遺物の欠片も神の物なのか?
それにしてもラジレスが神であることに全く気付かなかった。
年のわりに異常に冷静で達観していたが、会話は普通であったし表情も人のそれであった。どうすれば気付けたのか、今でもわからない。
今までの行動に無礼がなかったか考える。俺の人生はここまでなのかもしれない……
光の粒子が文字の周囲に集まり、古い刻印がゆっくり浮かび上がる。空気が震え、祭壇の紋様が淡く発光する。
詠唱が終わると、ラジレスは文字を見て言った。
「“施しは均衡を壊す”」
大きな箱の蓋が開き、柄の無い3メートルくらいのハサミが動くたびに部屋全体を揺らす地響きが起こしながら下からゆっくりと上がってきた。
異様なほど巨大な刃は静かに閉じていた。それはまるで空間そのものを切り取る為だけに存在するかのようだ。持ち手の無い異形は、人の手で扱う事を拒絶しているかのようである。
静寂の中、その存在だけが時を拒み続けていた。
俺の持つ遺物の欠片が共鳴し浮き上がる。
ラジレスがそれを見て目を細める。
左手の“何か”はいつの間にか無くなっていた。ただ背中の羽と輪っかはまだある。
「やはりか」
俺はあまりの事に動けなかった。色々な言葉が浮かぶが全く言葉にならない。
やがてラジレスが全員に言う。
「確かに私は神だ。ここにある神物に用があって来た。そなた達に危害を加えるつもりは一切ない。止戦賢神の名の元に誓おう。出来れば……今までと同じ対応を頼む。」
神の二つ名だろうか。この誓いの事は全くわからないが、存在を消されるとかは無いことは伝わった。
全員顔を見合わせながらゆっくり立ち上がった。
俺はラジレスに恐る恐る神物の事を聞いた。
「……このハサミのようなものは何なんでしょうか。」
ラジレスはしばらく、柄の無いハサミを観察してから答えた。
「神物の一種だ。断絶のアーティファクト……関係や契約、因果の結びつきを切り離す道具だ」
アリスが好奇心に駆られてのか、躊躇なく魔力を通して神物と言われたハサミを解析する。
……この人に恐怖心はないのだろうか。そして興奮気味に解説する。
「術式構造を見る限り、個人間の契約だけではありません。血縁、誓約、義務、そういう“結びつき”全体を対象にしています」
ラジレスが頷く。
「正確には因果線の切断だな。おそらくその遺物の欠片を合わせれば発動するだろう。」
全員の視線が俺に向く。
「これは安全ですか? 使わないという手はないですか? この遺物の欠片は神の物ですか? ならお返しします。」
俺は動揺して質問を重ねてしまった。
俺は遺物の欠片を胸から外し、ラジレスに渡そうとする。
ラジレスは俺を諭しながら優しく答える。
「私はこの神物が目的だから、これを使うかどうかはトライセル、お前に任せる。この遺物の欠片は親族の願いが強いのか、血縁者であるお前が使うべきだろう。私は適任ではないようだ。おおよその検討でどのような物かは知っていたが、この目で見るまでここまでの物とは知らなかった。……安全かどうかはわからない。だが、使用するなら最善を尽くそう。」
ラジレスは俺の遺物の欠片を見ながら、さらに続けた。
「その欠片は神の物ではない。人の思いの結晶だ。ただ、その欠片には先祖の思いが強いようだ。人の思いが絡み合っている。今は安定しているが解放してあげた方がいい。この神物はそれだけの力がある。ただ、解放するには神物を発動する必要があるようだ。発動にはそれなりの契約や関係性を解消する要件が必要である。……あとは察しがつくだろう。」
俺は少し考える。
先祖から受け継いだ遺物の欠片を見る。魔力がなくただ古い石である。真ん中にくすんだ青の宝石がみえるが価値のあるものには見えない。
ただ、ラジレスが嘘をついているようには見えなかった。
それなりの要件で真っ先に思い付くのが前の仲間達との関係……
関係を完全に断つべきだろうか。
ただ、先ほど見た光景が脳裏に浮かぶ。罠の町で混乱する元パーティ。責任の押し付け合い。キリアンの言いかけて飲み込まれた謝罪。
ただ、映像で見た魔導師の涙が気になる……
それ以上に先祖の願いを果たすべきだと感じた。ここまでこれたのはこの欠片の導きに他ならない。
あの追放も必要な事なのだろう。
アリスが静かに言う。
「使いますか?」
俺は神物を見た。今まで生きてきて多くの事が起きた。死ぬような経験も沢山してきた。その度に何かに守られているような気配はしていた。直感だが今まで先祖に守られていたのだろう。
今その恩を返すべきではないのだろうか。
……決心がついた。
「終わらせます。前との仲間達の関係を断って、先祖の思いを解放します。」
フォックが俺を見るが、何も言わない。
俺が断絶のアーティファクトに触れた瞬間、祭壇が起動した。
光が細い線となって空間に広がる。ラジレスが一言だけ告げる。
「警告しておく。完全断絶したあとは一からの関係に戻るぞ。」
アリスは言った。
「後悔しない判断を」
俺は頷く。
次の瞬間、宙に浮くような感覚に襲われる。胸の遺物の欠片が青い光を放つ。
俺は立ったまま気を失った。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
第6話ではラジレスの正体を明かし神物の説明という本作の大きな転換点を描きました。
ひと言:ラジレスは新人で初めての任務です。これでも彼の中ではテンション高いです。
次回は前のメンバーとの過去を描きながら神物使用の代償を描きます。




