闇落ち王子は幽閉塔を使いたい
前半はレオナード視点。
後半はリリアーナ視点です。
序盤はコメディ寄りですが、最後は甘いです。
王宮、第一王子レオナードの執務室。
そこに、第二王子ルキウスがやって来て、開口一番こう言った。
「兄上。今度、幽閉塔を使わせていただけませんか」
二人の間に沈黙が落ちる。
しばらくの間、部屋の空気が完全に止まった。
レオナードはしばらく何も言わず、目の前の弟を見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……一応聞くけど、理由は?」
「リリーと話し合いをするためです」
「……幽閉塔で?」
「はい」
ルキウスは、まったく悪びれる様子もなく頷く。
(な、何を言っているんだ......?)
しかも真顔で。
「少し喧嘩をしまして」
「普通に部屋で話せばいいじゃないか」
「いや、誰にも邪魔されたくないのです」
淡々とした返答に、レオナードは眉間を押さえた。
(絶対に話し合いだけで済む顔じゃない)
ゆっくりと息を吐き、改めて問いかける。
「……本当に話し合うだけか?」
ほんの一瞬。
ルキウスの視線が、わずかに揺れた。
「…………はい」
レオナードは机を叩いた。
「だめだ!!!」
「兄上が今、苦戦している案件……あれを手伝うと言ってもですか」
「……っ」
一瞬、言葉に詰まる。
確かに喉から手が出るほど欲しい助力ではある。だが――
先ほどの“間”を思い出し、即座に首を振った。
「……それでもだ」
「少し、揺らぎましたよね」
「少し黙ってくれないか」
そのとき、執務室の扉がノックされた。
入室してきた従者は、王子二人が揃っているのを見ると、一瞬だけ目を丸くする。
「リリアーナ・フランヴェール公爵令嬢より、謁見の申し入れがございます」
「ほら来たじゃないか。ちゃんと話し合え」
正直、胸を撫で下ろした。
これでこの厄介事も終わる――そう思ったのだが。
「いえ……その」
従者が、どこか言いにくそうに言葉を濁す。
レオナードは嫌な予感を覚えた。
「なんだ」
「謁見を申し入れられたのは――」
一拍。
「レオナード殿下に、でございます」
沈黙。
(……なぜこのタイミングで!?)
次の瞬間。
ルキウスがすっと腰の剣に手を添えた。
空気が変わる。
先ほどまでの軽さが嘘のように、張り詰める。
「待て」
レオナードは即座に制した。
ルキウスの目が、細くなる。
「兄上」
「待て」
「なんでしょうか」
「お前、その殺気をどうにかしてくれ」
「そんなつもりは全く」
「全くに見えないんだが?」
淡々とした声の奥に、明らかな圧が滲んでいる。
レオナードはこめかみを押さえた。
「とにかく僕がリリアーナ嬢から話を聞く。お前は大人しくしていろ」
「ですが幽閉塔の使用許可を......」
「だから、それはだめだ!!」
ぴしゃりと断言する。
しばらくの沈黙ののち、
「………わかりましたよ」
ルキウスは、渋々といった様子で手を下ろした。
――ただし、その視線の鋭さは、まるで緩んでいなかった。
リリアーナ嬢に会うため、応接室へ向かおうと扉に手をかける。
その直前で、ぴたりと動きを止め、ルキウスの方へと振り返った。
「……絶対におとなしくしているんだぞ」
「わかっていますよ」
変わらぬ無表情で、ルキウスは頷く。
(……本当に、大丈夫だろうか)
こうして僕は、リリアーナ嬢の話を聞くこととなった。
***
王宮応接室。
リリアーナは挨拶を済ませると、開口一番にこう言った。
「ルキ様の様子がおかしいのです」
「......そうだろうね」
「え? 殿下にも何か言っていたのでしょうか」
「少し喧嘩をしたとは聞いている」
「えっ......?」
あれって、喧嘩だったの......?
確かに最近ルキウス様が、膝枕に来なかったり、擦り寄ってきたりしなくておかしいとは思っていた。
今日もその相談のはずだった。
もしかしたら、他に甘える相手でもできたのかと探りを入れようと、殿下に謁見を申し入れたのだけれど……。
言葉に詰まる私を、殿下はじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。
「......リリアーナ嬢に、自覚はなかったようだね」
「はい、お恥ずかしながら……。ただ最近ルキ様が甘えてこなくなったので、他に相手でもできたのかと心配で……」
「そんな心配は、全くいらないと思う......」
殿下は眉間を押さえながら告げた。
「まずは、お互いに気持ちを話し合うといいと思うんだ……」
その時、応接室の扉が勢いよく開かれる。
「……兄上。随分と楽しそうですね」
現れたのは、ルキウス様だった。
「ル、ルキ様......!?」
「お前、大人しくしていろとあれほど......」
レオナード殿下がため息をつく。
「リリーもこの前から兄上のことを褒めたり、今だって会いに来たり……なんなんだ」
「ええ......!?」
もしかして最近様子がおかしかったのって、それが原因……!?
先日、ルキウス様が政治について話してくださった。
その時に殿下の功績を聞いて、「殿下はすごいのですね」と返しただけなのに……。
それよりもルキウス様だって、嬉しそうに話していたじゃない!
「あれはただの日常会話では......?」
「そうは、見えなかった」
「もう! ルキ様、いつも言っているじゃないですか。私はルキ様が一番で、他は誰でも同じだって!」
勢いのまま口にした瞬間、ルキウス様の頬が赤く染まる。
「リリー……」
小さく、私の名前を呼ぶ。
「もう、拗ねていたのですね?」
私は歩み寄り、その頭を優しく撫でた。
すると、先ほどまでの棘が嘘のように消え、彼は大人しくなる。
一連の様子を見ていたレオナード殿下は、しばらく口を開けたまま固まっていたが、やがて我に返ると呆れたように呟いた。
「……もう、勝手にしてくれ……」
(幽閉塔の心配をしていた自分が馬鹿らしい)
そうして、部屋を後にする。
――その時にはもう、二人は完全に自分たちの世界に入っていて、殿下の退室に気づくことすらなかった。
レオナード殿下が去ったあと。
応接室には、私とルキウス様の二人きり。
「……リリー」
少しだけ低くなった声で名前を呼ばれ、顔を上げる。
次の瞬間、ぐい、と腕を引かれた。
「きゃっ……」
気づけば、そのままソファへと押し倒される形になる。
至近距離で見つめられ、思わず息を呑んだ。
「兄上に会いに来た理由……まだ聞いていないが」
「え、ええと……それは……」
さっきまでの拗ねた様子は消えているのに、瞳の奥にだけ、消えない熱が残っている。
逃げ場を失ったような距離に、心臓がうるさく鳴った。
「他に、甘える相手ができたのかと……少しだけ、心配で……」
正直に言えば、ルキウス様の目が、すっと細められる。
「……誰が?」
「え?」
「そんなの、できるわけないじゃないか」
低く、静かな声。
「俺がこんな風になるのは、リリーだけだ。他はあり得ない」
そう言って、額に軽く口づけを落とされる。
「……っ」
熱が一気に上がる。
「ル、ルキ様っ……最近、甘えてくださらなくて、寂しかったんですよ……!」
「……拗ねていただけだ」
あっさりと認められ、思わず目を瞬かせる。
「だって、リリーが兄上の話ばかりするから」
「そんなにしていません!」
「していた」
即答だった。
むぅ、と頬を膨らませると、くすりと小さく笑われる。
そのまま、するりと肩を抱き寄せられた。
「……だが、もういい」
「え?」
「ちゃんとわかったから」
そう言って、今度は頬に口づけが落ちる。
「リリーは俺のものだって」
「も、ものって……」
言葉に詰まる私をよそに、ルキウス様は満足そうに目を細めた。
「だから、今日は存分に甘えていいか」
「……ふふ、はい」
私はそっと、その頭を抱き寄せる。
まるで子どものように、素直に身を預けてくるルキウス様の髪を、優しく撫でた。
「本当に、手のかかる方ですね」
けれど、その声はどこまでも甘い。
彼は満たされたように、静かに目を細めていた。
こうして今日もまた――
病弱令嬢は、王子を甘やかす。
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