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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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最終話    約束のキャンプ

 ジュンは妖精湖にある世界樹の前にいた。

 ノーアとの戦い後も、返す宛てがない腕輪を、持っていたのである。

 ジュンはその腕輪を、世界樹の根元に埋めてから見上げた。

「ありがとうございました。腕輪はお返しいたします」

 返事はやはりなかった。


 あの戦いから、ジュンは一度も世界樹の声を聞いてはいなかった。

 ジュンは世界樹に触れて、そっと魔力を流した。

「あれから百五十年。どうかお元気で……」

 そう言うとジュンは、もう一度世界樹を仰いで、湖畔に転移した。


「お久しぶりね。いつ見ても、ジュン様のその若さはずるいわ」

 ジュンは寂しげに笑った。

「クレアもよくそう言っていた。分けてあげたいよ。先日、孫を老衰で亡くしたんだ。慣れているはずなのに寂しかったよ」


「それで、戒めの森からでてこなかったのね」

 ジュンは静かにうなずいた。

「ミゲル様やジェンナ様。そしてクレアも眠っているからね」


「寂しくなるわ。でも、止めないわよ。私はいつもジュン様を見ていたから……。助けてくれてありがとう。見守ってくれてありがとう。あなたに会えて……、幸せだったわ」

 ハンカチで涙を抑える彼女を、ジュンは優しく見つめた。


「ミーナ、もう一人で大丈夫だね?」

 ミーナは困ったようにほほ笑んだ。

「あの人が迎えにくるまで、いい子にしているって約束をさせられたもの」

 ジュンは約束をさせた人物を、懐かしむように笑った。

「ほんとうに心配だったんだろうね。約束が最後の言葉だなんて聞いた事がない」


「ええ。でもあの人らしいでしょ? 私の胸にはまだ、たくさんの愛があるわ。だから、ちゃんと待っていられるの」

 ミーナは幸せそうにほほ笑んだ。


 ジュンはノーアとの戦いの後で、自分の寿命をあと百五十年と決めたのである。

 突然姿を消して、混乱を招く事は避けたかったのだろう、カイのまねをする事にしたようだ。

 先日、家族や親しい者にだけ、カイやシオンと同じように、神界に行く事を伝えたのだった。


 それが皆に受け入れられたのは、百五十年を経た今でも、その姿は十八歳のままだったからに他ならない。

 ジュンは百五十年の間に愛する人や大切な人々を見送った。


 三人の王子たちは、それぞれ、最後までジュンの大切な友人だった。

 第三王子だったリックは、兄が王位につくと領地をもらって城を出た。

 その後、家族を持ち小さな領地を豊かにした。


 ダンは、王位に就くと大胆な改革を行い、城に勤務する者の世襲を撤廃した。

 税金の徹底的な見直しにより、所得税の徴収方法が変更されて、貴族のほとんどが爵位を返上し、謀反は火だねが小さいうちに摘み取られたのである。

 国が安定すると、ダンは妻と二人で田舎に住み、穏やかな余生を送った。


 一番仲間を驚かせたのは、兄を支えると言っていたレオだった。

 彼はその座を弟に譲ると、王家の籍から離れ、婿養子に入ったのである。

 その相手はミーナだった。二人は仲むつまじい夫婦だった。

 レオは息を引き取る間際まで、ミーナを片時も離さなかったが、最後に残した言葉は‘約束だ。俺が迎えにくるまで、いい子で待っていろよ’だったのである。


ジュンはクレアとの間に四人の子をもうけた。全種使いの三人の息子は、ギルドを守り、赤、緑、青の石が付いた短剣を受け継いだ。孫もまた親の跡を継いでいる。

 一人娘はアルトロア国の国母になった。


 クレアの最期の場所は、朝露が残る花畑だった。

 食卓に飾る花をつんでいて倒れたようで、まるで良い夢でも見ているかのように、優しい笑みと思い出だけを残して旅立ったのである。


 闇蜘蛛のメンバーの中で長寿であるはずのパーカーとマシューは、任務中の事故で亡くなったが、後のメンバーは引退をしてそれぞれ、天寿を全うした。

 拠点は昔のままだが、その住人の中に初期メンバーはもういない。

 永遠の命を持つシルキーは、老衰で旅立つミゲルに付き添って、早くに逝ってしまったのである。


 ジュンは、カイがこの世界で初めて建てた、戒めの森にある家の庭に、モーリス家の墓を建て、納骨堂を作った。

 その横には、身内のない闇蜘蛛の墓も作った。

 寿命の短い人族のワトは家族を作らなかった。コラードの家系は家と墓を持たないので、カリーナはワトとともに、今はそこに眠っている。


 魔人族であるコラードは長命だが、生涯、主はジュン一人だと言い張り、拠点から戒めの森に移ったジュンについてきた。

 闇蜘蛛はコラードの息子が継ぎ、孫も優秀な執事になった。

 コラードは先日。ジュンの旅立ちを聞かされ、使い切れない程の退職金をもらったが、カリーナが眠る墓のそばで、暮らす事を望んだのである。


 戒めの森の結界を張り直すのは、モーリス家の当主の勤めである。

 先祖が眠る場所は、これから子孫が眠る場所になる。結界と同様に維持してほしいと子供たちに語ったジュンだが、ミゲルの骨を海に流す事が、どうしてもできなかったのが本当のところだろう。


 モーリス家の当主は本邸に住み、仕事も多忙である事から、ジュンが去った後の、森の家と墓の管理はコラードが当主により、正式に依頼されたのである。

 神界に行くために、森の家をでるジュンにコラードは言った。

「ジュン様、旅のご無事を願っております。行ってらっしゃいませ」

「コラード。今までありがとう。行ってきます」

 ジュンはコラードをまっすぐに見つめて、そう言った。



 ジュンは竜王の住み処を訪れていた。

『ジュン! 元気だった?』

「もう、シロとは呼べないな」

『そう呼んでくれるのは、ジュンだけになったね』

「もうじき、竜王になるんだろう? がんばれ」

『まだ、子供は作らないから、先の話だよ』


 シロは父親である竜王と同じように、水竜を番いに選んだ。

 初めての子が竜王になる子であれば、シロは番いを失う事になるのである。

 それと同時に父親も失うのであれば、子供を作る事に二の足を踏むのも理解ができる。


『困った奴だ。それだけ黒くなったのだ。相手の覚悟は決まっておるだろうに』

 竜王はシロを見てそう言った。

 黒くなっても、頭を寄せて甘える姿に、ジュンは小さく笑った。


「新しいシロに会えないのは少し残念だったかな。シロ、お別れだ」

『うん。父さんに聞いたから、会いにきたんだ。いつか、ジュンと同じ匂いの人間がくるのを待っているよ。父さんがそうしたようにね』

 ジュンはシロの顔に、ただ黙って頬を寄せた。


『それでは、行こうか。いつものように石に入るのだろ?』

 ゆっくりと立ち上がった竜王を見上げて、ジュンは答えた。

「はい。お願いします」


 竜王はジュンに見せるかのように、世界を一巡りしてから、上昇した。

 ジュンは眼下の景色をただ、見つめていた。

 跡を継ぐ者たちへ残す物は、全て残してきた。

「大きな家族の肖像画。僕が残した一番好きな物かな」

 ジュンは思い出したのか、満足そうな笑みを浮かべた。


 ノーアと戦った後で、ジュンは一人の貧しい絵師と出会った。

 彼が描いたジュンの肖像画は、とても素晴らしく、それは拠点に飾られた。

 彼はその後、ジュンを描いて有名になったのである。


 その絵師が晩年、ジュンの家族の肖像画を描いてくれたのである。

 その肖像画は歴代の作品の中でも一際大きく、本邸の踊り場には飾る事ができなかった。

 しかし、ジュンはその絵がとても気に入ったようで、とうとう本邸の階段横にある部屋を二つも取り壊し、そこをギャラリーにして飾ったのである。


 竜王が石ころテントを置いた場所は、本当に何もなかった。

 島と呼ぶには余りにも小さいそこには、竜の白い大きな骨だけがあった。

「あの骨は……」

『竜王は絶命すると発火するのだ。その火は燃え尽きるまで、決して消えない。死期が近づくとこの島にくる理由が分かるだろう?』


 ジュンは竜王の顔を見つめた。

「竜王だけなの?」

『竜王だけが母親の命を奪って誕生する。最後にその罪を償うのだと、伝えられている。儂もここに来るのは、そう遠くはないだろうな』

 

「シロが寂しがります。できるだけゆっくりと来てくださいね」

『ああ、そうしよう。ジュン、楽しい日々をありがとう』

「竜王、お世話になりました。送ってくれてありがとう」

 竜王はその大きな翼を広げて、立ち去った。


 ジュンは大きく息を吸い込むと叫んだ。

「不死身の能力をお返しにきました!!」


 次の瞬間。ジュンは河原に立っていた。

「待っていたぞ、淳。ほら、ぼうっと立っていないで、火をおこせよ」

 そう言ったのは、見覚えのあるテントの前にいる快だった。


「うん。何を作るの? ここはどこ? 快はなぜここにいるの?」

 快は愉快そうに笑って言った。

「俺は淳との約束を果たすために待っていた。なぁ、キャンプをしようぜ? クローメが材料を用意してくれたんだ。焼きそばを死ぬほど食う予定だったよな?」

「うん。食べる前に快が死んじゃったけどね」


「済まないな。焼きそばがトラウマになってしまったか?」

「さすがにキャンプには行けなかったよ。でも焼きそばは大丈夫だった」

 淳は日本の製麺会社の名前がある袋を見て、小さく笑った。

 肉や野菜とともに炒めた、焼きそばのソースの香りに、二人は顔を見合わせた。


「懐かしいな。うまそうだ。いただきます」

「うん。食べよう。ああ、こんなのも用意してくれたんだ。好きだったよね?」

 それは、米国企業の黒い炭酸飲料だった。

「こんなに甘かったんだな?」

「これも焼きそばも喉に詰まるって、初めて知ったよ」

「久しぶりだからな。だが、うまい」


 二人は成長期の男子ほど食べる事はできなかったが、それでも、楽しみにしていたあの日の食事を堪能したのであった。

「ふぅ。食ったな」

「うん。後片付けはここの川で洗っていいの?」

「いや、そこの木箱に入れておけと言われたぞ」


「そうだよね。ここって神界でしょ? 川なんてあったんだ」

「ないよ。イザーダが俺たちのキャンプ用に作ってくれたんだ。ひょっとしてこれが(さん)()の川か?」

「死んだら、先祖が迎えに来るとか、まだ来てはいけないとか言うあの場所?」

「マジで言ってるの? 大事故や大災害が起こったら、対岸が花火大会のような人混みになるじゃないか?」

 快はあきれたように笑った。


「だよね。しかも有料だよ? その金はどこで使うんだろう?」

「淳の質問のセンスが微妙なのも、変わらないな。神様を地上で接待したりするんじゃないのか?」

「快の答えのセンスだって、変わってないじゃないか。でも(さい)の河原って、三途の川のかわらだろう?」


「親より先に逝った子供が、親を思って石を積むんだろう? 鬼が蹴散らして、完成はしないんだっけ? 作りたいのか?」

「鬼の相手は面倒そうだから、遠慮しとくよ」

「面倒と言いながら、いつもやるのが淳だからな」

 二人の間には、それぞれ百年と百五十年以上の時が流れていたが、二人の関係はあの夏の日までと、少しも変わってはいなかった。


「ところで、快は両親やお姉さんに会えたの?」

「いや。魂の行き先は違うらしい。淳は日本の家族に会いたいか?」

「いや、幸せに暮らしていると思っていたい。不幸だと知っても何もできないんでしょ? うちは大丈夫。僕が掛けた苦労や心配以上に大きな事って、そうそうないだろうからね」

「まあな。うちもつらい思いをさせたからな」


 それから二人はイザーダ世界の思い出を語りあった。

 それが短いのか、長いのかは時間が存在しない場所では分からない。

 ただ、分かっていたのは、始まりには終わりがあり、終わりの先には始まりが待っている事だけだった。


「さあ、行こうか淳。いつかまた巡り会えるといいな」

「快。二度目の人生をありがとう。きっとまた会えるよ」


 イザーダ神の作りだした河原は、三途の川ではなかったが、そこには石が積み上がっていた。

 その景色と二人の体は静かに消えていった。


 小さく光る魂が二つ。ただ一カ所を目指して飛び立った。









皆様のブックマークや評価や感想に励まされ、最終話まで書く事ができました。

お読み頂き、ありがとうございました。


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