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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百二十六話 竜王の墓場

「ジュン。聞かねばならぬ事があるのじゃ」

 ミゲルの真剣な声に、ジュンは目を閉じてうなずいた。

 意識のない間に、ジュンの体に起きていた事を聞かされて、ジュンは小さく息を吐いてから口を開いた。


「あの時の僕を支えていたのは、気力だけでした。全ての関節から力が抜けていくようで、立つ事も危うくなり、頭の上から徐々に凍り付いていくような、寒気に襲われた僕が感じる事ができたのは魔力だけでした。僕はそれを全部、剣に練り込みました」


 ジェンナは眉間にしわを寄せて尋ねる。

「なぜ、自分に回復魔法を使わなかった?」

「あの戦いは、僕が優位に立っていた訳ではありません。僕が負ける事があったら、イザーダ軍が戦う相手です。彼らが勝てるようにするべきですよね? ただ途中から、人でしかない僕が、神を相手にする理不尽さに腹が立ってきたんです」


 ジュンの言葉にジェンナがうなずく。

「確かにねぇ」

「だから、ちょっと文句を言ったんです」

 ミゲルが首をひねる。

「誰にじゃ?」


 聞かれたジュンも首をかしげた。

「神様を作った方?」

 ミゲルはあきれたように聞いた。

「……それで?」


「真っ黒な空間で‘すまぬ。迷惑をかけた。詫びだ……’って言う声を聞いたんです。そうしたら小さな光が見えて、それがどんどん大きくなって、冷たかった体が温かくなってきて、気持ち良くって寝てしまいました。すみません」

 ジュンはゆっくりと、思いだそうとするかのように、時々、視線を動かしながら話した。


「今は体調に異常はないかい?」

 ジェンナの心配そうな声に、ジュンは笑顔を向けた。

「ありませんよ。変わった魔法を掛けられたようですが、今は普通に紙でも手が切れますからね」


(嘘を言ってごめんなさい。手の傷はすぐに勝手に塞がったんだ。これをモーリス家に残す訳にはいかないよね。魔力が高いだけでも特別扱いだよ? 不死身になったらって考えるだけでも恐ろしいよ)


「あんな魔法を使える者など、聞いた事もないねぇ。あれば、治療師は楽ができるだろうがねぇ」

 ジェンナの言葉にミゲルは言った。

「魔法は術者が離れると消えるからのぉ。闇魔法のムシ以外は、見た事がないのでのぉ。ジュンの体を幾度か見たが、あの治療魔法は残っていなかったのぉ」



 ジュンは竜王に会ってお礼を言いたいと、あれから初めての外出許可をもらって、竜王の元にやってきた。

 ジュンは竜王と、互いにノーアとの戦いに勝利したことを喜び合い、シロにもお礼を言いたかったようだが、彼は水竜の島に出掛けていて、留守だった。


 ジュンは自分の体に起こった事を、竜王に話した。

『呪いや祝福などの、後から付けられた物は遺伝はしない。だが、言わぬ方が良いだろうな。人は身の丈も考えずに欲に走る。魔力が高い者は長生きをする。ジュンが長生きをしても、誰も不思議には思わないだろう』


 ジュンは憂鬱な顔でうなずいた。

「この迷惑な贈り物を、捨ててしまう方法はないのかなぁ」

『あるには、あるのだが……。人生を終わらせる時でいいだろうな』


 ジュンはその返事を、想像してはいなかったのだろう、竜王を見つめる。

「どう言う事ですか?」

『カイはどうやってこの世界にきて、どうやって神の元に行ったと思う?』


 ジュンはカイがこの世界にきたことは、知っていたが、その方法に疑問を持った事はなかったのである。

「神に送ってもらって、迎えにきてもらったのでは? 僕はミゲル様のところに届けられたんですけど。あぁ、カイはモーリスの初代か……」


 竜王はうなずくと言った。

『カイは、男と二人で竜王の墓場からこの世界に入ったので、竜王の墓場から帰ると言っていた。ジュンもおそらくその場所からこの世界に入ったのだろう』

「僕は来た時の記憶が、全くないんです」

『カイと違って戻る必要はないからな。記憶は要らなかったのだろう』


 ジュンは一応うなずいたが、その場所が気になるようである。

「竜王の墓場とは?」

『竜王はそこで眠りにつく。その場所に行けるものもいないので、その名になったのだろう。竜王の墓場は空にある。カイは来た場所に戻る転移魔法が使えたから、戻れたのだろう』

 転移の魔法はジュンもよく使うので、理解はできたようだが、どうやら腑に落ちない事があるらしい。


「なぜ竜王以外は行けないのですか?」

『空にある穴が竜王以外には見えないからだ』

 竜王が口にした言葉に、ジュンは首をかしげた。

「穴ですか?」


『そうだ、その穴の向こうに島がある。何もない島だ。生き物もいない。ただ、竜王だった物の骨があるだけだ。カイは生死の境の島だと言っていたがな。苦しまずに楽に死ねるらしい』

「なんでそんな島があるんだろう?」

 ジュンはいよいよ難しい顔になっていく。


『儂は我らの死に場所だと、カイに出会うまで疑った事がなかった。だが、カイやジュンが現れた。神の元に行く必要がある、カイみたいな奴がいるから島はあるのかもなぁ。カイが去った後、何度も島を探したが、カイの遺体はなかった。それが答えだろう?』


 カイがいない以上、竜王も憶測の域を出ている訳ではない。

「僕は神に、帰る約束はしていませんけどね?」

『頼みもしないのに、不死身にされたんだぞ? 脳と心臓を離さなくては、死ぬ事はできないんだぞ?』

「うは、考えるだけでも痛そう。でもなんで知っているんですか?」


『なんで知らない? カイは不死身だったんだぞ? 儂と二人の秘密だったがな。カイは神の頼み事を引き受けた、そして百年生きる約束があっただろう?』

 竜王の話を聞いて、ジュンは大きなため息をついた。

「そうですよね。確かに成功が約束されていた訳じゃないし、誰にも言えないのはよくわかる。僕はまた秘密を抱えなくてはならない。うんざりですよ」


 ジュンの恨めしそうな顔を見て、竜王は首をかしげた。

『便利な体だと気楽に思っていればいい。カイはそう言っていたぞ。何から何まで、一つの隠し事もなく話す必要がどこにあるのだ? 人は他人の秘密を知りたがるが、それを生涯守る覚悟は薄い。余計な荷物を背負わさないのも、情というものだと思うがな』


 ジュンはしばらく黙り込んでいたが、元気に顔を上げた。

「……そうですね。付いてしまった呪いだか、祝福だかにクヨクヨしても始まりません。不死ではないと分かったら、逆に便利かも知れませんね。そう思う事にしますよ」


 竜王は優しく目を細めた。

『ところでジュン。クレアは笑ってくれたか?』

 ジュンは驚いて竜王を見た。

「え? 僕の(つが)いになってくれそうなんですよ。大事な人なんです」

『意識がなくても思うほどにな?』

 赤くなったジュンを竜王は楽しそうに見つめた。



 それからジュンは、拠点と特務隊以外には出掛ける事ができなくなった。

 災害の後片付けに目途が立ち、復興が順調に進んでいるせいもあるだろう。

 イザーダ軍にいた兵士たちの話に、吟遊詩人の豊かな脚色も加わり、ジュンは救世主や英雄扱いで、ギルドには式典の招待が後を絶たない始末である。


「僕がなんで身動きが取れなくなるのぉ? 指名手配されているみたいだよ」

 不満げに告げるジュンに、コラードが平然と言う。

「それだけの事をなさいましたので、当然かと思います。相手は魔物ではなく神だったのですよ? 命懸けで守ってもらった感謝はしていただきたいものです」

 ジュンはコラードをポカンと見つめた。

「してくれなくてもいいよ? むしろ、無視して。忘れてよぉ、頼むからぁ」


 そこへ、王子たちからヘルネーの離宮への誘いがきた。

 出歩きたくてウズウズしていたジュンは、いそいそと出掛けて行った。


「どうしたんだ、英雄殿。随分と暗い顔だな」

 レオが言うと、リックがからかうように言う。

「今や時の人どころか、歴史に名を残す人だよね」

「何か悩み事かい? よければ相談にのるよ?」

 ダンは優しくジュンを見た。


「外出禁止を言い渡されたんだ。色々な式典に呼ばれていてね。どこか、一つに出席する訳にはいかないでしょ。その辺をウロウロすると、罠に掛かるから動くなと言われたんだ。ひどいでしょう?」

 三人の王子たちは、しばらく笑ってから言った。


「そりゃあ、ジュンが隠れているから見たいんだ。一度、姿を見せてやればいい」

「レオ、言ってる事は分かるけど、どうやってさ」

 リックの問いにダンはニコリと笑った。

「ジュン、結婚式をしなよ」


 ジュンは首をかしげた。

「金貨一枚払って届けるんでしょ? 金貨はあるけど?」

「違うよ。王族は教会で皆の前で届けるんだよ。それが式だよ」

 ダンの言葉にジュンが言った。

「高い所から、国民に手を振ったりするのかと思っていたよ」


 リックは笑って言った。

「それは、戴冠式だよ。王子はたくさんいるんだよ。全員が手を振ったら、国民はあきちゃうよ? 第一、王妃が一人ではない国はどうするのさ」

 ダンはさらに続ける。

「どこかで式をあげて、どこかにお忍びで旅行に行くのはどう?」


「忍んでねぇだろ? それ忍びって言うのかよ」

 レオは楽しそうだが、ダンはいたって真面目に話しているようだ。

「そう。ジュンのお忍びは安全が確保されているだろう。まず、王家や貴族は自国で事件があってはならないと考える。おまけに後ろにギルドがついていては、誰が手を出せる?」


 ジュンはうんざりした顔で言った。

「それって見せ物だよ」

「うん。そこが狙いだからね。どこにでもふらりと、気楽に現れると思わせるのさ。例えばめったに市井に降りない私は歩いていると凝視される。でもリックは違うだろう」


 ダンに言われて、リックはうなずく。

「まぁ、知り合いに声は掛けられる程度かな。レオなんか世界中のどこにいたって、誰も驚かないよね。すごく目立つ容姿で大声なのにさ」

 レオは鼻の横をポリポリかいて上を見た。

「俺は誰に話し掛けられても、返事や挨拶はするぜ? 知ってる奴を見かけたら、目だけでも挨拶は交わすしな。ありがたみがないと言われるな。本当に王子かと聞かれる事も多い。ジュンには王子の自覚が足りないと言われるしなぁ」


「誰にも褒められていないよ? 気がついている?」

 あきれるリックに、ダンはため息をつく。

「ごめんね、ジュン。レオはお手本にはならない……」

 ジュンは小さく笑って言った。

「でも、一緒に旅をしていて、嫌な視線を感じた事はなかったよ。レオは気さくだから、国民から好かれるのかもね」


「結婚式は真面目に考えてみるといいよ。隠れていると探したくなるのは確かだからね。かと言って仕事柄、いつまでもそうしてはいられないだろう?」

 ダンの言葉にジュンは言った。

「無人島に行って、クレアと二人で暮らすかなぁ」


 リックは小さく笑った。

「どこの国の無人島? それはそれでまた、大騒ぎになるよ?」

 ジュンはがっくりと肩を落とした。







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